48.精神を操る魔法
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「君は魔力を吸収する時に、私の感情も流れ込んできたと言っていたね」
カインさんの口調は飽くまで穏やかで、責めるようではなかった。僕が頷くと、カインさんは小さくため息をついた。気分を害したのかと思ったけど、違うのは次の言葉で分かった。
「妻はそんな事一つも言わなかったんだよ。7歳の頃から亡くなるまでの30年間一度も言わなかった」
寂しそうな、でも悲しそうな表情だった。
「7歳の時に妻と出会って、魔力暴走を起こすところを救ってもらった。その後、王命で私たちは婚約したんだ」
辺りが薄暗くなってきて、カインさんは灯りのスクロールを取り出した。
少し離れたところでパージ達もスクロールを使ったのか、灯りが揺れたのが見えた。
「7歳の頃から3日に1度、彼女は欠かさず私の魔力を吸収する事を命ぜられた。その為の婚約だった」
奥さんの魔力吸収の能力は他の誰とも違い、カインさんの魔力を安全に吸収する事ができる人だったから、仕方ないのかもしれないけど――そんな事の為に婚約なんて。
「で――でも、カインさんは奥さんを愛してらしたんですよね」
奥さんの事を話すときのカインさんは、いつもとても幸せそうだった。
「出会った頃の彼女は、とても美しく優しい魔力でね。私はすぐに好きになったんだよ」
カインさんの表情はやっぱり穏やかだった。けど、それはすぐに険しい表情へと変わってしまった。
「だがね。私はある誤解から、彼女を憎むようになってしまった。それでも、彼女が婚約者だったという事は変わらない。私は彼女を憎みながらも、彼女がいないと生きていけなかったから」
僕はこんな話を聞いていいんだろうか。
「すまない。君には聞いてほしいんだ。――前にも言っただろ」
僕の心配を感じ取ったカインさんは、唇に微笑を浮かべて言った。
「私は――バロッティの策略に乗って――いや、これは言い訳かもしれないが――しかし、私はある時期彼女を裏切って他の女性を愛してしまったんだよ」
なんだって。真面目で誠実そうなカインさんが浮気って――いやでも。
「でも、婚約は魔力吸収の為でカインさんは嫌々婚約していたんですよね」
よくある話だ。僕が読む漫画や小説は八割がこんな設定だからおかしくなんてない。
「婚約は、子供だったとはいえ私の意思を尊重したものだった。王命とは言え、私が彼女との婚約を望んだから、婚約は成立したんだよ」
「でも、そんなの子供の頃の話じゃないですか。大人になったら気持ちだって変わりますよ」
「そう。変わってしまったんだ。私は彼女を憎むようになり、彼女はまるで私の母上のように感情を一切出さずに私と接するようになった。私はますます彼女を疎むようになっていたよ」
カインさんの青い瞳は伏せられて見えなかった。けど、声がとても悲しそうだ。
「そうして私は17歳の時に一人の女性に会った。貧民街の女性だったが、とても美しく気立てのいいよく笑う人だった。彼女を愛するようになって、ますます妻の事はないがしろにしていた。けれど、妻は一度も3日に1度の務めを嫌がらず、粛々と役目をこなしていたんだよ。」
あ――魔力吸収の時には感情が流れ込んでくるって事に顔を曇らせたのはそう言う事だったのか。
奥さんは、ずっと自分を疎んで憎んでいたカインさんの心を知っていたんだ。そして、他の女性を愛していた事も。
「すみません。僕が不用意に言ったせいで」
「違うんだ。シゲルを責めたかったわけじゃない。そうじゃないんだ」
僕の謝罪に、カインさんは慌てて否定してくれた。
「それでも妻はずっと私を支えてくれていた事は紛れもない事実だし、結婚してから今までも、私は妻一筋だからね。その気持ちもきっと伝わっていたんだと思うと、少しは救われた気分になれたんだ」
「伝わっていますよ。大丈夫です」
だって、カインさんの奥さんは、ゆっくりと時間をかけてカインさんの魔力を吸収していたんだ。きっと結婚してからは、それまでよりゆっくり吸収していたに違いない。
そんな気がするんだ。
「私の当時の醜聞は社交界にもすっかり広まっていてね。その事を知る人間が今は生きていないのが幸いなほど、私は本当に情けない男だったよ」
苦笑いを浮かべて、カインさんはそう言うと、すぐに真顔に戻って、低い声で続けた。
「それで思い出したんだ。私と彼女――イレリアにかけられていた魔法について」
え――?
カインさんが教えてくれたのは驚くべき事実だった。
バロッティはその女性にカインさんの魔力を込めた魔法陣を仕込み、カインさんの魔力に反応するよう仕向けた。
そして、同時に――その、愛する二人が愛を交わした時だけに触れる場所に、カインさんがイレリアさんを愛するように魔法陣を仕組んでいたんだそうだ。
通常ならそんな事にはならないのだろうけど、その女性には魅惑の能力があり、バロッティによってその能力は最大限に引き出されていたらしい。
そして、何年もかけて二人が偶然出会うように計画を立てて、見事にそれは成し遂げられた。
「カインさんそれって――『魔法陣の研究』に書いてた精神を操る魔法――」
僕の言葉にカインさんは小さく、だけど力強く頷いた。
「バロッティ兄弟とアンジェロが繋がっているとは思えない。しかし、アンジェロのあの魔法――あれは、パウロを凌ぐ。気を付けるんだ」
カインさんの言葉が言い終わらないうちに、結界の向こうから地鳴りのような衝撃音が聞こえてきた。




