47.いよいよ明日
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日が暮れる前に安全な寝床を探すのは慣れたものになっていた。
魔獣に襲われる心配がないのなら適当なところでいいんじゃないかと言ったら、アーノンさんにめちゃくちゃ怒られた。
「昼間は大人しくても夜行性の魔獣だっている。そいつらの気性がどんなものかもわかっていない。ましてや、アンジェロがいつ襲って来るかわからない状況だ。気を抜くなとさっきも言っただろう」
すみません……。
「あまり怒ってやるな。アーノン」
頃合いを見てカインさんが助け舟を出してくれたので、お説教タイムはそこまで長くならなかった。この二人意外と仲がいいんだよね。
でも、確かに昼は穏やかでも夜になったらわからないもんね。結界を張るって言っても、油断しちゃいけないよね。敵は魔獣だけじゃないんだから。
「あっちに岩陰がありました。十分横になれる広さもありました」
周辺を探索に出ていたパージが戻ってきて、僕達はパージの見つけた岩陰に今夜の拠点を構える事にした。
パージが見つけてきた岩陰は、張り出した岩の窪みで4人が大の字に寝ても平気な広さがあった。
結界を張って、寝床を作った頃には辺りは夕焼けになっていた。
「うまくいけば明日はアベル王子の元に辿り着ける。――お前の世界に戻る手立てが見つかるといいな」
携帯食で簡単な夕飯を終わらせて一息ついた頃、アーノンさんがいつものように僕の頭に手を置いて、そう言ってくれた。
そうだ。明日はいよいよアベル王子に会える。多分昼にもならない時間には到着する予定だ。遂に元の世界に帰れる。
みちる――ずっと考えないようにしていたけど、忘れたわけじゃなかった。
こっちに来て随分時間が経過した。
みちるは大丈夫だろうか。こっちに来て随分時間が経ってしまった。元の世界との時間の流れが同じだとすると、安定期に入った頃だろうか。
優しいみちるの事だから、中絶なんて選択はしないと思う。よくテレビでそう言う話が流れる度に憤りを露わにしてたもの。でも、シングルマザーとして生きる事は簡単じゃない。きっと、今頃すごく怖くて不安な日々を過ごしているんじゃないんだろうか。
申し訳なさにみちるの顔を思い浮かべると、何故だかシルヴィアの顔が浮かんできた。
え……。
僕は慌ててカインさんの顔を見た。
僕の視線を感じたのか、カインさんは剣を手入れする手を止めて僕を見て微笑んだ。
シルヴィアによく似た綺麗な顔だ。
そうだ。毎日この顔を見てるんだよ。こんな一目見ただけで忘れられないくらい綺麗な顔が毎日そばにいたら、嫌でも記憶も上書きされるわ。
僕はドキドキする胸を押さえて肩で息をした。
「どうした。体調が悪いのか」
アーノンさんが心配そうに覗き込む。グレーの瞳が僕を気遣っているのがわかる。
この人は最初からずっと、僕をこうして心配してくれていた。あったかい手で僕の頭を撫でて――本当の父さんよりも父さんみたいに。
僕は頭に置かれたアーノンさんの手を両手で握って、そっと胸元まで下げた。
「アーノンさん。本当にありがとうございます。僕、アーノンさんをパージがいなかったら、この世界で生きてこれたかどうかもわかりません」
「何しんみりしてるんだ」
後ろからパージが僕の頭をくしゃっと撫でた。
「だって。もしかしたら今日で――」
言いかけた僕をパージが後ろから抱きしめるように抱えて、アーノンさん程大きくない手で僕の口を塞いだ。
「お前は俺の弟だ。俺達の家族だ。一緒にいようがいまいがそれは変わらない」
「ぼ……僕の方が年上――」
パージの言葉に、僕は泣きそうになった。――いや、泣いていて言葉が続けられなかった。
元の世界で過ごした時間に比べると、圧倒的に短い時間なのに、密度は断然こっちの世界の時間の方が濃い。
元々希薄だった家族との思い出より、毎日一緒に過ごしていたパージ達との思い出の方が色濃く浮かび程に。そんな彼らが僕を家族だと言ってくれる事が嬉しくて、別れる事になるのかと思うと悲しくて、情けないけど涙が次々と溢れ出てくる。
「私も君の友人として加えてくれるかな」
僕達と少し離れて座っていたカインさんが剣を脇に置いて微笑んだ。
「君は私に大事なことをわからせてくれた。感謝している」
空のように青い瞳が僕を真っすぐに見つめていた。
「僕なんて得体の知れない人間を、大貴族のカインさんが友達って言ってくれるなんて、畏れ多い……です」
さっきの事もあって、シルヴィアに見つめられているような気になって、なんだが恥ずかしい。
「生まれなど関係ない。愛情も、友情も、身分など関係ないんだよ」
カインさんの口調は爽やかだったけど、その言葉はとても重く、カインさんの深い感情が込められているかのように感じた。
アーノンさんが僕の涙を拭ってくれて、カインさんに向き直った。
「シゲルに伝えたいことがあるんだな」
「すまない。アーノン」
アーノンさんの言葉に、カインさんが答えると、アーノンさんはパージの腕を掴んで立ち上がった。
「心配ない。何かあってもスクロールがある」
結界から出て行こうとしたアーノンさん達を止めようとしたけど、アーノンさんは胸元から結界のスクロールを取り出して、ひらひらと僕に見せて結界を出て行った。
「人払いをするような真似をしてすまない。だが、これは君にだけ聞いてほしかったんだ」
申し訳なさそうにカインさんが項垂れて言った。
「私の――妻の事だ」




