44.またお前かよ
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カインさんは次の日にはいつも通り、爽やかな笑顔で「おはよう」と言ってくれた。
魔力の圧力の問題をクリアしたアーノンさんとパージも問題ないようで、僕達は前よりも速いペースで進むことが出来た。
ただ、カインさんは魔力制御の解放ができないままで、進むほどに辛そうに見えたけど、僕がこまめに魔力を吸収する事で何とか回避する事が出来た。
「すまない。私がうまくやれればいいのだが」
何度目かの魔力吸収の時に、カインさんは申し訳なさそうに言ってくれた。
「仕方ないですよ。僕でよければいくらでもお手伝いさせてもらいますから」
そうは言ったものの、カインさんの魔力を吸収しても、あの時のような感情は流れ込んでこなくなった。魔力を吸収する時間はほんの5分程度。その間何も考えないのは簡単だ。
誰だって人に気持ちを読まれるのは嫌だよね。僕も感じないように気を付けてはいたけど。
でも、なんとなくカインさんに心を閉ざされているみたいで、寂しくもあった。
けど、そんな事を考えている余裕はなかった。
大森林に入って18日目の昼まで少しという頃。
僕達は遂に到着した。
帝国の首都があったと思われる辺り。
大森林は全てが木々に覆われて、文明のかけらも残っていなかった。
けど、たった一つだけ砦の跡と思しき石垣だっただろう物が残っていた。
それは太古の預言者ジュノアが書き記した、あの緑の革で装丁された預言書に書き記されていた通りだった。
崩れた石垣から北東に1日進んだ先に、アベル王子が囚われている場所がある。
魔力はこれまで以上に濃くなっていて、アベル王子の存在が嫌という程感じられる。
「あと少しだな」
崩れた石垣を見つめていると、パージが僕の肩に手を置いた。
振り返ると、パージもアーノンさんもカインさんも、微笑を浮かべて僕を見ている。
あの声は僕に自分の元に来いって言った。ちゃんと帰れるって。
でもあの声がアベル王子だって確証はない。
万が一違っていたら?アベル王子じゃなかったら?
僕は勘違いでみんなを危険な目に遭わせてしまっていたことになる――。
「心配かい?」
カインさんが静かに言った。
「不安そうな顔をするな。お前の事がなくて、いつかは大森林の最深部へ挑戦するつもりだった」
アーノンさんも続いた。
「顔に出てるんだよ。心配するな。どんな結果だったとしても、俺達は後悔も非難もしない」
パージが僕の肩に置く手に力を籠めた。
手の温もりが伝わってくる。なんでこの人達はこんなに優しいんだろう。
「ありがとう。僕――」
「素晴らしい友情だね。涙が出そうだ」
お礼を言いかけた僕を遮ったのは、聞いたことがある声だった。
「アンジェロ――」
カインさんが素早く腰に差した剣を引き抜いて構えた。
僕達の後方、10メートルほど先に立っていたのはアンジェロその人だった。
なんでお前がここにいるんだよ……。
僕が言う前に、パージとアーノンさんも剣を構える。
「君が来るのを待っていたんだ――でも、お前らはいらない。ここからは私が彼と進むよ」
そう言って、アンジェロは手を小さく振った。
「みんな、逃げて」
僕が言う前に、アンジェロから発された10本の氷の槍が3人に襲い掛かる。
けど、アーノンさんはそれよりも先に動いて、大剣で氷の槍を全て叩き落した。
「同じ手は食わん」
目で追うのも難しいほどの速さだった。
アンジェロは顔色を変えずに、その顔に微笑を浮かべると、再び手を振った。
さっきと比べ物にならない数の氷の槍が、勢いを増して僕らに降り注いだ。
僕は咄嗟に防御の魔法を展開したけど、3人は剣で叩き落す。
けど、数が多すぎる。
何本かの槍は彼らの肩や腹を直撃した。
「アーノンさん!パージ!カインさん!」
僕は動けなかった。下手に動いて彼らの邪魔をしちゃいけないのもだけど、彼らの動きについて行けない。
「大丈夫だ」
腹を押さえながら、振り向かずにパージが言った。
「お前が作ってくれた鎖帷子――いい感じだぜ」
よく見ると、3人とも服は所々破れてはいるけど、氷の槍は刺さっていない。
「対策済みというわけか」
どこか楽しそうなアンジェロの声が3人の向こうから聞こえる。
「なぜ邪魔をするんだい?ここから先はお前達じゃ力不足だ。彼の足を引っ張るだけのお荷物だよ」
氷の槍が途切れ、カインさんが一気にアンジェロの間合いに入り、下段から斬り上げるのを、アンジェロはいとも簡単にいなした。
その両脇からアーノンさんとパージが同時に斬りかかるも、軽々と後ろに飛び退いて攻撃を避けた。
――こいつ、強い。
カインさんは王国最強の騎士だとシルヴィア言う通り、この大森林でもずっと前衛で戦ってた。アーノンさんとパージだってカインさんと互角とまではいかないけど、近い実力だ。
なのに、その3人の攻撃を同時に受けても一撃も当たらないなんて。
3人の連携攻撃はこの辺りの魔獣でも簡単に倒せてしまう。
なのに、それをずっと躱し続けているアンジェロは何者なんだ。
「なぜシゲルをつけ狙う。お前の目的はなんだ」
何度目かの攻撃を躱されて、カインさんが荒々しい口調で言った。
アンジェロは小さく首を傾げて、アーノンさんの肩越しに僕を見て微笑んだ。
「その少年の魔力は素晴らしい。アベル王子の魔力そのものだ。その力があれば、私の宿願も叶うというもの」
宿願だって――?
「お前の願望の為にシゲルを差し出せってのかよ」
足を止めたアンジェロに、パージが剣に魔力を込めて降りかかる。
例のごとく躱されて切っ先は届かないけど、電撃の魔法が剣から放たれた。
パージから放射状に雷撃が疾り、周囲の獲物を一掃する技。狩の時によくやる範囲攻撃だ。ただ、威力が違う。
これまで見た事もないような眩しさを伴って放たれたその電撃はアンジェロを直撃した――はずなのに、アンジェロはその場に立っていた。無傷で。
「お前達の攻撃くらい対策はしているさ」
くくっと喉の奥で嗤うのが聞こえる。
何なんだよ、こいつは。
攻撃を弾かれたパージは魔力を使いすぎたのか、その場に膝をついた。その肩に足をかけるとアンジェロは軽々とパージを蹴り飛ばした。
「邪魔だよ。向こうで寝てな」
蹴り飛ばされたパージは数メートル離れた場所に叩きつけられ、力なく横たわっている。
「お前――!よくもパージを――」
僕は目の前が真っ赤になるのを感じて、腰につけたククリナイフを手に飛び掛かった。




