41.魔力制御と身体強化
お読みいただきありがとうございます
「魔力を解放する――しかし」
カインさんの言いたいことはわかる。
100年近い間、カインさんは魔力暴走の危険性と隣り合わせに生きてきたんだ。その常識を覆すなんて難しいよね。
「問題は周りの魔力と溢れさせる魔力の量なんですよ」
浸透圧の問題だ。周りの魔力が自分の魔力よりも薄い場合は、魔力はどんどん溢れ出してしまう。でも、周囲の魔力の方が濃い場合はそうじゃない。
本来はそうやって魔力を循環させて、体と外の魔力の濃度を一定にするはずが、人間は魔力の薄い場所で生活をするようになったから、自分の魔力が外に出て行くだけで、その結果、魔力暴走を起こしてしまってたんじゃないんだろうか。
それを防ぐために、魔力制御を身につけて魔力が溢れないようにしたんだとしたんじゃないかと思うんだ。
それが仇となって、大森林や樹海のように魔力の濃度が濃い場所では、魔力を溢れさせる事ができないから循環させられないで、苦しいんじゃないだろうか。
「しかし、それは飽くまで魔獣の話だろ」
カインさんは口元を押さえながら、信じられないという表情を浮かべている。
「だとしても、身体強化はどうなる。あれは魔力を体に纏うんだぞ」
アーノンさんが眉間に皺を寄せて僕を見る。非難しているわけじゃないのはわかっている。アーノンさんもパージも僕を信用してくれている。カインさんを案じて、ちゃんと証明しろと言ってくれているんだ。
「実は僕もさっき気が付いたんですけど、僕知らないうちに魔力の制御をやめてたんです」
本当だ。多分大森林の魔力の圧力に耐えきれなくなって、無意識に制御をやめてたんだと思う。だから楽だったんだ。
「なら、魔力制御は――」
パージも首を傾げる。だって、僕は魔力制御もちゃんとできていた。だからここまでみんなについてこれたんだし。
「魔力制御と身体強化は一対じゃないんだよ。魔獣だって身体強化をしているけど、魔力制御はできていないだろ」
僕が言うと、パージはハッとした顔をして、自分の手を見つめた。
「君ができるからと言って、他の人間も――」
「できた」
カインさんの言葉をパージが遮った。
見ると、パージの体からは魔力が溢れているけど、身体強化の時の魔力の膜のようなものはしっかりと張られている。
「な、なんで」
言った僕がびっくりして尋ねてしまった。カインさんも言葉を失って半口を開けてパージを見ている。
「いや、お前ができるって言ったから」
パージは当たり前のようにそう言って、手を握ったり開いたりしている。
僕が言ったからってできるもんなの?
「言われてみたら、魔力制御はずっとしてるけど、だからってその間ずっと身体強化をしているわけじゃないし、別物って言われたら別物だなって」
いとも簡単に言ってのけたけど、常識を覆すのって大変なんじゃないの?
「お前を見てたら常識なんてどうでも良くなるだろ」
パージの言葉にアーノンさんも頷いている。なんだよ、失礼だな。
「でも、確かにさっきまでの息苦しさがない」
その言葉通り、さっきまで辛そうだったパージの表情に、柔らかさが戻っていた。
その日は近くにあった大きな木の洞に寝床を作り、休息を取る事にした。
アーノンさんはパージができるようになると、すぐに魔力の循環のコツをつかんだようだったけど、カインさんはやっぱり魔力暴走を恐れて魔力を解放できずにいた。
辺りが薄暗くなると、パージもアーノンさんも余程疲れていたのか、早々に寝息を立ててしまい、起きているのは僕とカインさんだけになってしまった。
狭い洞の中で、灯りを囲むように僕達は少し距離を開けて隣り合って座っている。カインさんはチュニックと鎖帷子を脱いで、逞しい上半身を惜しげもなく見せつけてくれているけど、その体はエアコンの魔法をかけているにもかかわらず、汗でびっしょりだった。
「ジルダが――妻がいればよかったんだけどね」
疲れたのか、大きく息を吐いて全身の力を抜いて、カインさんは微笑んだ。
胸元に金の鎖にぶら下がった青い宝石のついたネックレスが揺れている。サファイア程濃い青でもなく、ブルートパーズほど淡くもない。カインさんの瞳のような青い宝石だ。
「カインさんも装飾品とかつけるんですね」
僕が言うと、カインさんは眉を少し上げて宝石に手を触れた。
「――これかい?これは結婚する前に妻がくれたんだ」
「そう言えば、カインさんの奥さんは魔力がほとんどなかったんですよね?どうやってカインさんの魔力を吸収していたんですか?」
僕の質問に、カインさんはさっきの力ない微笑ではなく、シルヴィアを見つめるような優しい表情で微笑んだ。
「私も子供の頃に聞いたことがあるのだが、彼女は魔力を体に巻き付けるんだと言っていた。そうすると、体に入りきらない魔力も一緒にする事ができるんだと」
懐かしむようにカインさんは言ったけど、それってすごい事なんじゃないの?
「彼女はあまり優遇された子供時代を送っていなくてね。普通なら当たり前に聞かされる魔力の話も知らずに育った。だからそう言う事ができたんだと言っていたよ」
僕が驚いているのを見て、カインさんは少し寂しそうにそう言った。
「僕の世界でも、親に育児放棄されて育つ子供がいました。――でも、奥さんはカインさんと結婚して幸せだったんでしょうね」
「幸せ――だったと思いたいな」
そう言ったカインさんの表情は、とても寂しそうで苦しそうだった。
カインさんから聞く奥さんの思い出話は、いつも幸せそうで、カインさんは奥さんを本当に愛していたんだと思っていたんだけど……僕はそれ以上尋ねる事ができなかった。




