40.大森林は甘くない
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旅が平和だったのはライオウまでだった。
大森林の奥に進むにつれて、パージもアーノンさんも動きに精彩を欠くようになっていた。
これまで、ほぼ喰らわなかった魔獣の攻撃だって受けるようになっていた。鎖帷子がなかったら致命傷だったかもしれないって言うくらいの一撃だってもらった事もある。
平気そうに振舞っているけど、カインさんも心なしか苦しそうだ。
それほどまでに、大森林の魔力は濃さを増していた。
僕はというと……平気だった。
初めの頃は慣れない魔力の圧力に息苦しさを感じていたけど、アーノンさんが僕の魔力は大森林に似ていると言った通り、次第に体が慣れてきたみたい。
ライオウとの戦いから3日。
予定していた行程よりも、遅れているのはわかっていた。
「アーノン達は戻った方がいい」
ステゴサウルスみたいな魔獣相手に苦戦しつつも、倒したカインさんが遂に口にした。
もちろん、アーノンさん達も戦った。だけど、一番魔獣を攻撃していたのはカインさんだった。
そして、今はみんな僕の結界の中でステゴサウルスの脇に座り込んで休憩中だ。
魔獣と戦う度に、こうやって休憩を取る時間が増えている。確かに、これ以上進むのはアーノンさん達の負担が大きいし、危険な気もする。
「俺達はシゲルを守るって約束したんだ」
パージが喘ぐように言った。わかってる。その気持ちがわかってるから、僕からは言えなかった。
「今のお前たちではシゲルを守るどころか、守られる側に――いや、足手まといになるんじゃないのか」
冷静な口調でカインさんが返す。でも、僕は知ってるんだ。カインさんも限界に近いって。
なんで僕だけ平気なんだろう。
アベル王子の現身とか、そういうふわっとした理由じゃなくて、ちゃんとした理由があるはずなんだ。
――魔力の根本を感じてごらん
ふと、アンジェロがあの時言った言葉が頭をよぎった。
魔力の根本……。
魔力は魂と対になっている。人それぞれに生まれ持った魔力の量は違う。これがこの世界の魔力の認識。
なら、この世界で生まれたわけじゃない僕はなんで魔力があるんだ。なんで魔法が使えるんだ。
漫画や小説なら「チートだから」で説明はつく。
でも、ここは現実だ。なにより、僕はギフトをくれた神様とやらにも会ってない。
ただ突然この世界に来て、魔法が使えた。
魔法――魔法陣を使う事もあるけど、僕は魔法陣を使わなくても使える。なんでだ?
理論がわかってるからだ。
現代の科学知識――なんて偉そうなモノじゃないけど、酸素があるから火は燃える事ができるとか、そういう一般常識があるから、魔力と言うエネルギーを介して影響を与える事ができる事がわかっている。魔法ってのは魔力をエネルギーとして動く論理だから。
魔力をエネルギーって考えるなら、人間は電池みたいなもんだ。電池は使ったら消耗するけど、回復するのは人間が知らないうちに周囲の魔力を吸収してるからだよ。それはなんとなくわかってたんだ。
つまり、吸収しきれないエネルギーが周囲にあって、内外の圧力差が生まれてるから苦しいんだよ。
なら、なんで僕は苦しくないんだ。
それだけの魔力量だって言うのは納得がいく。でも、なんだろう。それだけじゃないような気がするんだ。
だって、それだと僕の魔力はこの大森林の魔力を合わせたよりも多いって事になる。
流石にそれはないのはわかる。僕だって大きい魔法を使ったら魔力がごっそりなくなるのがわかるし、魔力が無くなると倒れたりもする。
もし僕の魔力が大森林と同じだけなら、そんな事になるはずがない。
「魔力の根本……」
僕は無意識に呟いていたみたいで、座り込んでいたカインさんが僕を振り返ったのが見えた。
疲れているのが顔色からわかる。
大森林に入って15日――あり得ないほどの強行軍でみんなまともに休んでいない。
魔力の圧力が強くなる上に、奥に来れば来るほど魔獣だって大きく強くなっているんだもの。
「魔獣――そうか」
答えが見えた気がする。
「魔獣だって――?」
パージが剣を構えて立ち上がろうとする。
「ごめん。そうじゃないんだよ」
僕は慌ててパージの剣をそっと下ろさせて、もう一度座らせた。
「パージ達はこんなにつらいのに、魔獣達が平気な理由が分かった気がしたんだ」
「どういうことだい?」
カインさんが僕の顔を覗き込むように尋ねる。だいぶ見慣れたとはいえ、その綺麗な顔のアップは僕の精神衛生上よくないのでやめてください。本当に。
でも、こういうところをシルヴィアが見たら喜ぶんだろうな。シルヴィア元気かな。
――何を考えているんだ。こんな時に。
「この辺の魔獣は確かに魔力は大きいです。でも、アーノンさん達でも倒せる程度の魔力なんです」
「――そうか。俺達より魔力が大きいわけではない。大きければ倒せるはずもないのだしな」
アーノンさんが驚いたように口を開いた。
「そうなんです。むしろアーノンさん達の方が魔力は大きいんです」
「なら、何故魔獣達はこの魔力の圧力に耐えれるんだ」
さっきカインさんを押しのけたからか、カインさんはアーノンさんの肩にもたれるように腕をかけている。
「あいつらは基本的に魔力を身体強化に全振りしています。でも、人間みたいに精密な魔力制御はできていないんですよ」
「つまり――?」
「魔獣は常に魔力を周囲に溢れさせているんです。その上で同じだけ魔力を吸収しているんですよ」
僕の言葉にカインさんが驚いて「魔力を――?」と小さく呟いた。
カインさんにとって、魔力を溢れさせることは魔力を暴走させるのと同じ事だから、とんでもない事だっていうのはわかる。でも違うんだよ。
「僕はこの世界に来た時、魔力の制御なんてできなかったんですよ。でも、魔力が暴走する事はなかったんです」
「それは君がアベル王子の現身――」
「だからじゃありません」
僕はあの頃を思い出した。
身体強化の修行をするまで、僕の魔力は周囲に溢れていたんだ。でも、枯渇するような気配はなかった。同じだけ周囲から魔力を吸収していたから。
「ここの人達はみんな魔力を体から出さないようにしていましたけど、そうじゃないんです。息をするのと同じで、魔力も吸ったり吐いたりして循環させればいいんですよ」




