37.歴史の謎
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王子の魔力暴走によって帝国が滅び、王国に平和が訪れたかのように思えた。
しかし、それは仮初の平和に過ぎなかった。
王子の死後から15年が経とうとした頃から、王国では謎の病によって幾多もの死者が相次いだ。
初めに倒れたのは皇太子殿下だった。
年若い皇太子殿下は、胸が苦しいとおっしゃった数日後にお亡くなりになった。
次に王妃が倒れられた。
トバル王が崩御なされた後、アベル王子の御子であるセツ王子が王位に就かれた。
30年の間に、王国の民は半数以下になってしまった。
同時に、他国でも同様の事象が起きるようになっていた。
50年が経った頃、ようやくそれがアベル王子の魔力によるものと気が付いた。それまで気が付かないほどに、ゆっくりとしかし確実にアベル王子の魔力は世界を包み込んでいた。
魔力に適応できない者は、身に馴染まぬ魔力に蝕まれ次々と死んでいった。
初めに適応したのは植物、そして、動物だった。
森は魔力を含み、人の住めない土地へと変貌したが、そこに住む動物たちはいち早く魔力を持つ生き物へと進化を遂げた。
魔力を持つ獣たちと魔力を持たない人間は、立場が逆転してしまった。
住む土地を追われ、命を脅かされ、100年が経とうとする頃には人々は小さな集落で寄り添い生きるので精一杯だった。
アベル王子の魔力を受け継いだセツ王と、その子らは、人々に魔力の扱い方を教えて回った。
しかし、それでも魔力を持たない人々は魔力に耐えられず死んでいった。
僅かでも魔力を持つ者達は、その血を絶やすまいと子孫を育んだが、脅威は魔力だけではなかった。
100年前とは全く様相の違う世界がそこにはあった。
これを止める為には、大森林に行かなくてはならない。
トバル王を止められなかった私に唯一できるのは、魔力の根源たる王子を止める事だけだ。
帝国の首都があった場所は、たった100年しか経っていないと言うのに深い森に覆われていた。
かつての栄華は見る影もなく、昼なお暗く木々に覆われ、見た事もない獣達がアベル王子を守るように徘徊していた。
王子の肉体はそこにはなく、しかし魂はその場所に囚われたまま御座した。
アベル王子の魔力を止める事はできなかった。
しかし、アベル王子は私に預言を賜った。
王子は私に申された。異世より王子の身が、王子の魂を解き放つと。
人類は粛清を受けたのだ。
だが、再び立ち上がる時、世界は全く異なった発展を遂げる。その世を迎えるために、王子は私に新たな役割をお与えになった。
――――
本当はもっと複雑に書かれていたけど、まとめるとこうだった。
現代の文字については、ジュノアさんが文明を失った人々に教えるために作ったものらしい。
古代語が表意文字なら、現代の文字は表音文字だ。教本も何も無くなってしまった世界で、何百通りとある文字を覚えるより、アルファベットのように30文字ほどを覚えて組み合わせる方が簡単だと思ったそうだ。
失われることがわかっている古代語よりも、後世に残る可能性の高い文字で子孫にメッセージを残したんだ。ジュノアさんはとても賢い人だったんだと言うのがわかる。
僕の話を聞いて、カインさんを始めとした全員が唖然とした顔をしていた。
「文明が滅んだのは魔力のせい――」
パージの声がシンとした部屋に響いた。
「確かに、アベル王子の頃は魔力を持つ者の方が少なかったとは聞いてはいたがね。驚きだ」
カインさんも溜息を漏らす。
でも、ちょっと待ってよ。
「そう言えば、文明は一度滅んだんですよね。なんで所々アベル王子の伝承がの凝っているんですか?」
「王家のおかげさ。文字も文明も失われた後、王家は口伝でアベル王子の話を繋ぎ続けたんだ。王家の者である証として、王家の者は同じ話を一言一句違わず覚える事が義務付けられている。一度は滅びかけたアンドレア王家が今もあるのは、王家の者が物語を継承し続けた結果とも言える」
何千年もの間、同じ話を一言一句同じ通り伝えていくと言うのはどれだけの苦労があったんだろう。
「ジュノアの子孫である我々も、その正当性を確認するため、同じ話を継承しているんだよ」
だからアベル王子の話は今でも語り継がれているんだと、カインさんは教えてくれた。
きっと、ジュノアさんがそうするようにしたんだと思う。アベル王子の血族を絶やさないために。
ただ、もう一つだけわからない事がある。
『トバル王を止められなかった』って書いてある部分だ。
僕はあの夢を思い出していた。
砦で孤軍奮闘するアベル王子とジュノア師。
帝国の攻撃が和らいだあの時に現れたのは兄のトバル王だった。
夢はそこで途切れている。でも、何故だか、わかる。
あの時、何かがあったんだ。
「その辺りの考察は後日にしよう。今はこっちが優先だ」
カインさんの言葉に、アーノンさんもパージも頷く。
そうだ。僕達――僕は大森林に行く事を最優先に考えなきゃいけないんだ。
逸れた意識をもう一度地図に向け直す。
僕の為にアーノンさんもパージも、カインさんまでもが大森林に行ってくれるんだ。余計なことを考えちゃダメだ。
「ここまではおおよそ10日。狩猟小屋があるのもここまでだ。これから先は野営になるが――大丈夫か」
「騎士隊の遠征では屋根がある所に寝られる方が珍しかったよ」
地図を指差しながらアーノンさんが尋ねると、カインさんは爽やかな笑顔で答えた。
上等の寝間着にふかふかのベッドで眠るのが当たり前みたいな外見をしているのに、野営の経験があるなんて……。
「酷い時には木の枝に体を縛り付けて寝た事もある。気にしないでくれ」
人形みたいに綺麗な顔したこの人が、木の枝に体を括り付けて寝ている姿を想像すると、申し訳ないけど笑ってしまう。
「一度など、高台だと思って安心して寝ていたら大雨に見舞われて、危うくおぼれ死ぬところだったって話もあるよ」
僕が笑いを堪えているのに気付いて、カインさんは小声でこっそり教えてくれたけど、アーノンさんとパージにも聞こえていたようで、二人とも神妙な顔で頷いている。
そんなハードな環境とか聞いてないよ……。
大雨で溺れかけた話は元自衛隊の友人の実話です




