31.強襲
「アンジェロ――と言ったのか。その男は」
豪奢な外観に比べて、質素というか最低限の装飾品だけで飾られたその部屋は庭に面していて、全てガラス張りの天井まである扉から見える庭の木や花が綺麗だった。
庭が華やかだから室内を質素にしている辺り、この部屋を作った人のセンスが窺える。
そんな部屋で僕とアーノンさん親子、カイン様とシルヴィア、そしてカイン様にどことなく面影は似ているけど、淡い茶色の髪でブルーグレーの瞳をした辺境伯様と、その弟の町長さんという面々が座り、先日のシニストロの樹海の件を報告していた。
「はい。私がバロッティと言いましたが、否定も肯定もしませんでした。――しかし、あの髪色は間違いなくバロッティですわ」
シルヴィアの言葉に町長は静かに頷いた。
「バロッティを住まわせたノクトの村の記録によると、アンジェロという人間は確かに存在していました」
「いました――とは」
カイン様の問いかけに、町長は手元の資料をめくってみせた。
「アンジェロという男は10年前に亡くなっています」
町長の話では、バロッティ元伯爵の妻や愛妾、そしてその子供達を含めた一族は、バロッティ事件の後、処刑を免れる代わりに公国の北にあるノクトの村に一堂に集められ軟禁生活を余儀なくされた。80年の間、一族は村から出る事は許されず、そこで木を切ったり貧しい畑を耕す生活を強いられていたらしい。
――いくら犯罪者の身内だからって酷い話だ。
もっとも、最近では害意がない事が確認された人は、監視付きではあるけど村の外で生活する事が許されていたそうだけど。
問題のアンジェロが死亡したというのは、10年前に村の外れの山で起きた崩落事故が原因だと言う。
山で木を伐り出す仕事をしていたアンジェロは、崩落事故に巻き込まれて亡くなったそうだ。
崩落事故は大規模だった為、遺体を全て掘り起こすことはできなかったそうだけど、少なくとも7人が土砂に巻き込まれていくのを、監督していた兵士が見ていたと報告書には記載があった。
村人ではなく、監督の兵士は王国の兵士だった為、信憑性は高いという事でアンジェロは死亡と処理された。
「当時の兵士に再度聞き取りを行いましたが、間違いありませんでした。兵士は全員が見渡せる場所に立っていましたが、地響きがしたと思ったら物見台と作業場の間の地面に亀裂が入り、あっという間に作業場の地面が崩れて、作業をしていた者達が土砂にのまれるのを見たと言っていました」
町長の言葉に、全員が黙り込んだ。
「聞く限りアンジェロの特徴はミケロとよく似ている。――だが、ミケロには子供はいない。あいつは結婚もしていなかったし、何より男色だ」
カイン様が沈黙を破るように吐き捨てるように言った。
ミケロって言うのは、バロッティ事件の犯人の名前なんだろうか。
「それに、ミケロは魔法は使えない。弟のパウロは優れた魔法使いだったが、奴にも子はいないのは確認済みだ」
「ではアンジェロは一体……」
カイン様の言葉に辺境伯が尋ねるけど、カイン様は首を左右に振るだけだった。
再び全員に沈黙が流れたその時、庭に面したガラス戸が弾けるように割れ、物凄い衝撃が僕達を吹き飛ばした。
僕達はガラス戸と反対側の壁に叩きつけられた。部屋の中だったから身体強化もしていなくて、強打した背中が痛い。
幸い頭はぶつけていなかったから、意識はしっかりしていたので全員を見渡すと、パージとアーノンさんはぐったりとしていて、シルヴィアは隣に座っていたカイン様に抱きかかえられて倒れていた。
割れたガラス戸の破片が部屋中に散乱していて、僕やみんなの体にもいくつか破片が刺さっていた。
そして、その破壊された扉があったところに立っていたのは、アンジェロその人だった。
「やあ。私の事を知りたいと思ってね。来てあげたよ」
樹海で会った時と同じように、青みがかった黒い髪を肩に垂らし、黒いローブを着たアンジェロは、穏やかな口調で倒れている僕達に会釈をした。
「黒い髪の少年。君にはまた会いたいと思っていたんだ」
アンジェロの紫色の瞳が僕を見つけると、アンジェロは嬉しそうに目を細めた。
なんで僕なんだよ――って言いたいけど、背中が痛い上に、体に力が入らなくて声が出ない。
「貴様――ミケロによく似たその顔……」
シルヴィアをそっと寝かせながら、カイン様が立ち上がった。この人も吹き飛ばされたのに何で動けるんだよ。
「あんたは動けるのか。やっぱり爺様はしぶとくて嫌だねぇ」
「お褒め頂いて光栄だが、お前は何者だ」
シルヴィアを庇うように、アンジェロの前に進み出たカイン様は、その綺麗な顔に憎しみの表情を浮かべてアンジェロを睨みつけている。
「私がミケロに似ているとか、やめてほしいね。あの大馬鹿者のせいで我々一族は長年不自由な生活を強いられているんだ」
ミケロの名前を口にして、初めてアンジェロの表情が侮蔑の色に歪んだ。
何なんだ。一体僕は今何に巻き込まれてるんだ。
背中の痛みが少しずつ和らいできて、動けるようになったけど、あちこちに刺さったガラスが痛い。治さないと。
「動いちゃダメだよ。私の魔力をぶつけたんだ。君達は今うまく魔力が使えないだろ」
アンジェロの言う通り、魔力乱れている。動けない理由はこれか。
「特に爺様は大人しくしていてよね。下手に魔力を使うと暴走しちゃうよ」
「――何が目的だ。ミケロの敵討ちなら」
「やめてよね」
カイン様の言葉を遮ってアンジェロが声を荒げる。
「あの馬鹿者は自業自得だ。私達は巻き込まれたわけだが、だからと言ってあなた方を恨んではいない」
すぐにさっきまでの穏やかな話し方を取り戻したアンジェロが首を傾げてカイン様に微笑む。カイン様が人形のような綺麗さだとすると、アンジェロはまるで悪魔のような綺麗さだ。禍々しくて、美しいという言葉がぴったり合う。
「私は挨拶と、その黒い髪の少年に会いに来たんだよ」
いや、僕は少年じゃないんだけど。




