24.寝不足だけど出発するよ
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次の日は、日の出の鐘が鳴る時間に宿屋の前でシルヴィアと待ち合わせだった。
有難いことにこの4日の旅で早起きに慣れた僕は、眠い目をこすりながら宿屋の前で預けていた草竜を受け取って今日の段取りについて話し合うアーノンさん達をぼんやりと眺めていた。
魔力の回路の修正はものの5分とかからずに終わった。
それはいいのだけど、その後試し打ちしたいと言うアーノンさん親子は、なぜか僕を連れて草竜を30分ほど走らせた町の外れの樹海までやってきて、その辺の魔獣相手にばんばか“試し打ち”をやってのけた。
この世界の時間にして14時――つまり元の世界にして23時だよ。
この世界の人達は15時には寝て4時に起きる。元の世界の時間間隔で11時間ほど眠る。1日が長いからその位寝ないと追いつかないんだと思う。
ちなみに今は夜明けの3時。辺りはまだ薄暗い。昨日寝たのは何と17時。二刻以上も魔獣相手に暴れ倒したこの人達は、魔法剣の修正に満足して朝からご機嫌だ。おかげで僕は睡眠不足ですよ。
あくびをしていると、いきなりシルヴィアの草竜にべろりと顔を舐められた。
「こら――ポッチ!」
シルヴィアが慌てて草竜の手綱を引いて戻そうとするけど、シルヴィアの草竜は僕の傍を離れようとしない。
「名前を付けてるのか?草竜に」
パージが鼻で嗤うのを、シルヴィアはムッとして睨みつけた。
「この子は特別な草竜よ。私達の言葉を理解するのよ」
「はぁ?」
パージは肩をすくめてバカにしたようにシルヴィアを見下ろして、ポッチと呼ばれた草竜を見た。
「草竜は元々群れの頭の命令を聞く生き物だろ。あんたの勘違いだ」
「違うわ」
シルヴィアが大声を出したのを察してか、ポッチは僕から離れるとシルヴィアとパージの間に割って入った。――まるでシルヴィアを守るように。
「ほお。草竜がそのような行動をとるのは珍しいな」
二人のやり取りを見ていたアーノンさんが口を開いた。
パージの草竜は僕とパージがぎゃんぎゃん言い合っている時も無関心だったのけど、ポッチは違うみたいってのは僕にもわかる。
パージだって驚いた顔をしている。
「ひいおじい様のお話は知ってるわよね?」
シルヴィアのひいおじいさんって、先々代のエスクード侯爵だよね。
「確か、魔力が制御できないほど魔力量が多いと聞くが」
「ええ。ひいおじい様はひいおばあ様が魔力を吸収する事で魔力を安定させていたの。吸収する魔力量は膨大で、ひいおばあ様は時々その魔力をひいおじい様の草竜に与えていたそうなの」
アーノンさんの言葉にシルヴィアは嬉しそうに頷いて続ける。
「その草竜はひいおじい様や世話係のいう事を理解していたそうよ。それを聞いて私も欲しくなったの。私のいう事を理解してくれる草竜が」
シルヴィアが嬉しそうにポッチを見ると、ポッチも嬉しそうにシルヴィアに頬ずりするように顔を近付けた。本当に意思疎通できているようだ。
「そう言えば子供の頃に聞いたことがあるな。――しかし、再現せず、魔力が影響するわけではなく個体の差だったという事になったと聞いたが」
「対外的にはそうなっているけど、違うの。ここだけの話だけど、ひいおじい様の魔力が特別だったのよ」
シルヴィアの言葉にアーノンさんは片眉を上げて見せたけど、それ以上は言わなかった。
「つまり、その草竜もお前のひいじい様の魔力を喰わせて育てたってわけか」
パージの言い方はぶっきらぼうだけど、声から意地悪なニュアンスが消えていた。
「ええ。だからこの子は特別なのよ」
「グアー」
シルヴィアに同意するようにポッチも鳴いてみせて、ひと段落したところで出発となった。
「シゲル」
草竜に乗ったパージがいつも通りに僕に手を差し出す。
僕がその手を掴むと、軽々と片手で僕を引き上げて、いつも通りパージの前に座らされた。
「――んはぁっ!!とお――ぐっ」
お腐れ様の悶える声を背中に受けながら、僕達はシニストロの樹海に向けて出発した。
「なんなんだ、あの女は」
世の中には知らない事の方が幸せな時があるんだよ、パージくん。
樹海に到着した頃には、周囲はすっかり明るくなっていた。といっても、樹海はうっそうと木々が生い茂っていて、昼なお暗いという言葉かぴったりだ。
樹海にはいくつかの狩猟小屋が設置されているそうで、その全てに結界の魔法陣が組み込まれていると聞いた通り、僕達が拠点にする小屋にも結界の魔法陣が組み込まれていた。
「魔法陣に魔力を通しておいてくれ。壊すなよ」
アーノンさんに言われて、僕は小屋の壁に描かれた魔法陣に魔力を注いだ。
狩猟小屋を使うハンター達が魔力を注ぐ他に、通りかかったら入れていくというのがルールらしく、魔法陣には色々な人の魔力が入れられてあった。
狩猟小屋は樹海を二刻程度奥に入った場所にあるから、ある程度以上のレベルのハンターじゃないと使えない。これは大森林でも同じなんだってパージが教えてくれた。
草竜を小屋の獣舎に繋ぐと、アーノンさんが草竜に括り付けていた荷物から小さな袋を取り出して僕に渡してきた。
「念のために着けておけ」
袋の中身は革でできた丸盾とパージが付けているような胸当て、そして刃渡り40cmほどの刀身の曲がったククリナイフのようなものだった。
「付けてやる」
そう言って、パージが僕の左手に丸盾を装着してくれて、ナイフは腰に括り付けるように装備する。もちろん、その間シルヴィアは無言で不気味な微笑を浮かべて僕達を見つめていたけど、僕は心の平穏の為にもシルヴィアを見ないようにした。




