21.不機嫌なパージ
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「シルヴィア嬢の魔力量は見て分かる通り、エスクード侯爵家の中でもかなり大きい。剣術の腕前もそれなりだと聞いている」
アーノンさんの言葉に、シルヴィアさんは少し自慢気に胸を張っている。
パージはずっと眉間に皺を寄せたまま黙ってアーノンさんの話を聞いている。
「私の事はシルヴィアと。同じパーティですもの」
シルヴィアさん――シルヴィアの言葉に聞こえよがしに舌打ちをして、パージは席を立った。
「僕は父さんの言う通りにします」
そう言って部屋に向かおうとするパージに、僕も慌てて席を立って追いかけた。
いつもの不機嫌とは明らかにに違う態度が心配だったんだ。
「飯……食い損ねたな」
僕が追いつくと、立ち止まったパージは振り向かずに言った。
「この時間ならまだ屋台が開いてるし食いに行くか」
「アーノンさんはいいの?」
僕の言葉は耳に届いていないのか、パージは足早に宿屋の扉に向かって歩き出した。
この世界の一日は長い。
それでも、到着した時に見えていた夕陽はすっかり陽を落としていたのに、町を突き抜ける街道沿いには煌々と明かりが灯り、町は活気づいていた。
「新種の魔獣が出たってのに、賑やかなんだね」
パージの背中に向かって声をかける。
さっきから10分くらいずっと話しかけても、パージは返事をしてくれない。
「ねえ、パージ。僕ずっと独り言になってるんだけど?耳、聞こえてるでしょ」
さすがの僕もイライラして足を止めて大声を出した。
食いに行くかって言ったのパージなのに、なんでずっと無視するんだよ。あと、いつご飯を食べるんだよ。ずっと歩いてるじゃないか。
「悪い」
やっとパージは脚を止めて僕を振り返ってくれた。
「もう少し行った所に、うまい串焼きがあるから」
それだけ言うと、また前を向いて歩き出す。
話しかけるなという空気が背中から漂う。でも、僕に一緒にいてほしいのも感じる。わがままな奴だな。
それでも、今更宿屋に引き返すのも道がわからないし、他に何か食べようにも僕はお金を持っていないから、パージについて行くしか選択肢のない僕は、渋々ながら黙ってパージについて行った。僕はお兄さんだからね。折れてあげるよ。
シルヴィアに会ってから――いや、シルヴィアと一緒に大森林に行くと聞いてからパージはずっと機嫌が悪い。シルヴィアの何が気に入らないんだろう。
アーミットの村で亡くなったハンター見習いだった人も女の人だって言ってたから、女の子がハンターになるのを嫌がっているわけじゃないのは確かだ。
貴族だからかな?この世界の貴族ってどんなのかわからないけど、やっぱり貴族は平民の敵なんだろうか。
そんな事を考えているうちに、目的の店に着いたらしく、パージは美味しそうな串焼きを4本買ってきて2本を僕にくれた。
メインストリートの脇に入った、公園のような場所にはぐるりと屋台が囲っていて、その近くには木でできたテーブルや椅子が並べられていて、さしずめ屋台村といった所か、さっきの酒場と同じように色々な人で賑わっていた。
僕はパージが串焼きを買った屋台の近くのテーブルに腰を下ろすと、さほど待たずにパージが手に薄いパンを2つ持って戻ってきた。
「これと一緒に食うとうまい」
そう言って1つを僕に渡すと、パージも座って串焼きにかぶりついた。
串焼きは何かの肉を焼いただけのようだけど、脂がのっていて美味しそう。
現に、パージもとても美味しそうに食べている。
「冷める前に食えよ。村では滅多に食えないチコーって飛べない鳥の肉だ」
勧められるままに、僕はチコーの串焼きを口に入れた。
食べ慣れた鶏肉の味が口の中に広がる。
塩と胡椒といくつかの香辛料で焼いたそれは、完全にではないけど、僕の世界の鶏肉とほとんど同じ味だった。
「お――おい、どうした。なんで泣いてる」
パージに言われて、初めて僕は涙を流している事に気が付いた。
「あ、あれ?なんでだろう。――これ、僕の世界にもあった鶏肉に味がとても似ていて――僕……僕、なんでこんなところにいるの?」
考えるよりも先に言葉が出ていた。
そうだよ。なんで僕はこんなところにいるんだよ。
「僕は会社から帰る途中で、明日はみちると約束をしていて、みちるは僕に大事な話があるって――もしかしたら僕の……僕の子供を妊娠しているかも知れなくて……なんで僕、みちるのそばにいないんだよ。なんでこんなところにいるんだよ」
堰を切った思いは止められない。
ずっとどこかぼんやりと、これが夢なんじゃないかと思っていた。
あの声が、アベル王子のあの声が大丈夫だって言ったから、大丈夫だって思い込もうとして、現実だなんて思いたくなくてずっと心のどこかで夢だって思おうとしていた。
そうしないと、崩れてしまいそうだったんだ。
周りは僕の知らないものばかりで、段々現実を忘れられた。いつの間にか夢に浸るようにこの世界にいる事を受け入れていた。
でも、それは現実を見ようとしなかっただけだ。
この味が僕を現実に引き戻したんだ。僕は逃げているだけだった。何も受け入れて何かいなかったんだ。
「泣くな。お前は逃げちゃいない。――前も言ったろ」
いつの間にか隣に座ったパージが僕の頭を抱いて、引き寄せた。
4日も草竜を走らせていたから土臭くて埃っぽい。
でも、なぜかすごく安心する匂いだった。
「俺達が必ずお前を帰らせてやる。――なのに、あのお嬢様のせいで回り道させられたと思うと腹が立つぜ」
え?パージの不機嫌の理由ってそこだったの?
僕の為に怒ってたって事……?
「それだけじゃないけどな。――まあ、それは俺の問題でもある」
驚いて泣き止んだ僕の頭を胸元から離すと、パージはテーブルに肘をついて頭を抱え込んだ。
「俺さ、騎士になるのが夢だったんだよ」




