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迷宮保険  作者: 井上啓二
第五章 一〇〇〇年王国の怪人
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何が世界を滅ぼしたのか★

挿絵(By みてみん)


 それは畏れ多い出来事(サプライズ)でした。

 一国の女王が先に入幕(入室)されていたうえに、立ち上がって迎えてくれたのですから。

 本来なら拝跪(はいき)して厚遇に感謝し、かつ非礼を詫びねばなりません。

 ですがわたしは、眼の前で歓待の表情を浮かべる女性があまりにもマグダラ陛下に瓜二つなことに驚かされて、硬直してしまったのです。


「……マグダラ陛下……」


 唇から零れた呟きに、自縛が解かれました。

 ハッと我に帰り、慌ててその場に膝をつきます。


「ご、ご無礼を」


「ふふっ、曾祖母(おばあ)さまに似ていますか?」


 頭を垂れたわたしの上から、可笑しげな茶目っ気の含まれた声が響きました。

 そうしてようやくベルキ陛下がマグダラ陛下よりもまだお若く、わたしに近い年齢だということに気が付きました。


「どうか顔を上げてください聖女エバ。ここは身分のない “円卓の間” です。さあ、席にお着きになって。話したいこと・聞きたいことがたくさんあるの」


「はい」


 そこまで仰っていただいては、わたしも腹が据わります。

 顔を上げて立ち上がり陛下と向き合います。

 長く素直な亜麻色の髪と、黒瑪瑙(オニキス)のような瞳。

 エルフのように整っていながら、人族(ヒューマン)の活力を溢れさせる美貌。

 背はわたしよりも高く、一六〇センチ後半ぐらいでしょう。

 瀟洒でありながらも華美ではない、それでいながら統治者の威厳を示すラベンダーのデイ・ドレスを柔らかくまとっています。


「……聖女エバ・ライスライト。やっと、やっとお会いできた……」


 ベルキ陛下の表情から茶目っ気が失せ、黒い瞳に万感の思いが浮かびます。


「あなたのことは曾祖母マグダラや、マグダラの近習らの言い伝えを、幼きころより繰り返しきかされてきました」

 

「わたしも陛下にお会いできて光栄です」


「ふふっ、だから頭を下げないで。ここは “円卓の間” だといったでしょ」


 再び頭を垂れたわたしに、陛下の声に無邪気さが戻ります。


「かの英傑女王ですら対等に扱ったあなたを、どうして彼女の影すら踏めぬわたしが下に置くような振る舞いができましょうか」


「ご謙遜です。この新たなリーンガミルの発展と平穏を見れば、陛下がマグダラ様に比肩する為政者であることは紛れもありません」


 そして、わたしはこう続けました。


「……地下迷宮の湖岸に築かれた一〇〇年の都。この時代にきてわたしは初めて希望を見た気がするのです」


「あなたはわたしたちにとって、その何倍もの希望よ……エバ」


 ベルキ陛下の声がわずかに震えます。


「――お座りになって。そして話をしましょう。現在のこと、過去のこと、なにより未来のことを」


 わたしに席を勧めると、ベルキ陛下は円卓に向かって何事かを呟きました。

 魔法の円卓は対話するのにちょうどのよい直径(大きさ)にまで縮小し、十三脚あった椅子は二脚を残して片付けられました。

 わたしは今度こそベルキ陛下が着座するのを待ってから、腰を下ろしました。

 羅紗の感触が柔らかく、久しく忘れていた “座り心地の良さ” を思い出します。

 侍女(メイド)――隙のない所作から見てマグダラ陛下をお守りする “メリッサさん” と同じ身辺警護役の御庭番でしょう――が、ティーワゴンに載せてお茶を運んできました。

 洗練された作法でお茶の支度がなされます。

 鼻腔いっぱいに広がる芳醇な香り。


「あ、この香りは!」


 立ち昇る懐かしい芳香に、不敬にも高まります。


「これは “動き回る蔓草ストラングラー・ヴァイン” のお茶ですね!」


 それはこの迷宮の中層に群生する植物系の魔物 “動き回る蔓草” ――人の頭ほどもあるその大粒の葡萄の香りでした。


「“聖夜の茶(ノエルティア)” と呼ばれています」


「ノエルティア……ノエルさん」


「そうです。“災禍の日” に曽祖母さまと共に “悪魔王” に立ち向かった英雄ノエル。彼女が考案したお茶だそうですね」


「はい。彼女が “動き回る蔓草” の葉っぱから考え出してくれました」


「そして、あなたが侍女(メイド)たちを集めて迷宮にカフェを開き広めた」


「ええ。でもそれもノエルさんがいてくれたからこそです」


 “緋色の矢” の先輩回復役(ヒーラー)、ノエルさん。

 男神カドルトスに帰依する、お茶好きの穏やかな僧侶(プリーステス)

 彼女もマグダラ陛下と共に……。


「聞かせてください。陛下の仰る “厄災の日” に、一〇〇年前に何が起きたのかを」


 カップを受け皿に戻して表情を改めたわたしに、ベルキ陛下からもまた柔和だった気配が消え去ります。


「お話します。それこそが曾祖母から代々受け継いできた、わたしの使命ですから」


 若き女王はそういってひとつ息を吐き、語り始めました。


「始まりは “狂君主(マッドオーバーロード)トレバーン” の失踪だったと伝えられています」


「トレバーン陛下が失踪!?」


「そうです。絶対的な支配者の突然の失踪で “大アカシニア神聖統一帝国” は混乱に陥りました」


「続けてください」


 それは女王に対して失礼な物言いでしたが、話の内容の衝撃に頓着する余裕は霧散していました。

 あのトレバーン陛下が失踪ですって?

 

「それだけでしたら時の宰相――名宰相として今も謳われる “トリニティ・レイン” でしたら収拾することもできたでしょう。しかし異変はそれだけにとどまりませんでした」


「なにが……起こったのです?」


飛蝗(バッタ)です」


「飛蝗?」


「記録では “南東から熱き風と共に黒雲のごとき飛蝗の大群が押し寄せ、実りという実り、緑という緑を食い尽くした” とあります。飛蝗の通り過ぎた地は瞬く間に不毛となり果て、家畜は死に絶え、疫病が蔓延し、大飢饉が世界を襲いました」


「南東から飛蝗の群れ……疫病……悪霊パズズ……」


 古代アッシリアの大気と悪霊の王。

 疾病と飛蝗を司り、南東から熱く乾いた風と共に訪れる。

 アカシニアでの呼び名は、“災禍をもたらす者(メイルフィック)” ……。


「なにが原因で彼の魔神が蘇ったのか……そこまでは不明です。しかし “パズズ” が世界を滅ぼしたのは紛れもない事実。“災禍の日” と名付けられたあの日、曾祖母は世界を救わんと彼女のもとに参集した多くの英雄・勇者を率いて天地をつなぐ巨大な竜巻に向かって進軍し……還ってはきませんでした」


「……」


「エバ、曾祖母さま(マグダラ)からの言伝を、一言一句違えずに伝えます――


世界(アカシニア)の命運は聖女の帰還にかかっている。万難を排して在るべき(ところ)へ還ることを希む』」


 ――以上です」


 自分の意志とは関係なく、まったく預かり知らぬところで世界の命運が託されていました。



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― 新着の感想 ―
トレバーンの失踪、アンドリーナが拉致ったのかと思いましたw
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