回り始めていた運命★
「ここにおいででしたか――初めて御意を得ます、聖女ライスライト様。わたしはリーンガミル聖王国筆頭近衛騎士、レ・ミリア・ファーシオン。陛下がお待ちです。どうぞこちらへ」
いつかどこかで……。
そう、いつかどこかの迷宮で出会った気がする妙齢の女性騎士が、左胸に手を当て頭を垂れました。
最大限の敬意を払って見せる美麗の騎士の出現に、わたしの混乱はいや増すばかりです。
(落ち着いて……落ち着くのです……むしろ彼女の口にした言葉こそ、現在の状況を矛盾なく説明する、唯一無二の答えではないでしょうか)
「わたしは……死んではいないのですね?」
一聴すると間の抜けた問いを、至極真面目にします。
ですが、それですべての疑問が氷解するはずです。
レ・ミリア……と名乗った女性騎士は聡明な方らしく、すぐに質問の意図を悟ったようで、
「もちろんです。本当に危ないところでしたが既の所であなたは救助されました」
わたしは大きく、本当に大きく息を吐きました。
つまりここは一〇〇年後の未来のアカシニアの “龍の文鎮” 。
そして……。
「生き残っていたのですね、“呪いの大穴” 以外でも……」
ここでも人類は生きながらえていた。
それどころか、リーンガミル聖王国が存続している。
「“迷宮” という独自の支配者と理を持つ場所故にでしょう――詳しい説明は陛下がしてくださります。さあ、こちらへ」
レ・ミリアさんがうながします。
うなずき、追従しかけてふと立ち止まり、わたしを見上げるアナベル=アンに、
「あとでまたお話しましょう。あなたの曾祖母さんの話を詳しく聞かせてください」
「はい、聖女さま!」
「わたしのことは、エバと呼んでください」
「はい、エバさま!」
そのやり取りに在りし日のアンとの交友を思い出し、涙が滲みそうになりました。
彼女とも、そっくりのやり取りをしました。
思い返せば、なんと温かく充実した日々だったのでしょうか。
“青春” という青臭い言葉が、輝いて響くようです。
涙をこらえて、笑みを返しましす。
聖女は、そこに希望を見る人々に、決して涙を見せてはならないのです。
わたしは小さなアンと約束を交わし、その場を離れました。
レ・ミリアと名乗った騎士に伴われて、迷宮に湖畔に築かれた街を歩みます。
聞きたいことは山程ありました。
迷宮の湖畔に築かれたこの新しい都のこと(女王陛下がいらっしゃるのですから、ここが新しいリーンガミルの王都なのでしょう)。
さらには、その陛下ご自身のこと。
そしてなにより――。
そしてなにより……一〇〇年前のあの日に何があったのか。
わたしの大切な人たちに、いかなる運命が訪れたのか。
皆、マグダラ陛下と円卓を囲んだ人たちです。
記録や伝承が残っているはずです。
すぐにでもレ・ミリアさんに訊ねたい衝動を、必死で抑え込みます。
レ・ミリアさんから『陛下ご自身が説明してくださる』と告げられた以上、彼女に訊くのは礼を失する行いでしょうし、レ・ミリアさんも困惑するでしょう。
それでもわたしの意識は、彼女に釘付けにされていました。
「わたしの顔になにか付いていますか?」
わたしの無作法な視線に気づいたレ・ミリアさんが、柔らかく微笑みました。
「い、いえ、あなたとは以前どこかでお会いしたような気がして」
顔を赤らめて誤魔化す、わたし。
でもこの人と会った気がするのは確かでした。
既視感があるのです。
「お目に掛かるのは初めてです。ですが……不思議ですね。実はわたしも聖女様とはお会いしたことがある気がするのです」
レ・ミリアさんもまた、不思議そうな面持ちで首を傾げました。
奇妙な符号でした。
わたしだけにとどまらずレ・ミリアさんもまた既視感に囚われていたのです。
「あなたはわたしにとって――ここで生きるすべての人間にとって伝説の存在です。あの “災禍の日” 以来語り継がれ、いつの日かその到来が予言され、皆の希望の灯火となってきたお方。きっといつしか身近な存在になっていたのでしょう」
現実的な答えでした。
わたしはうなずきながらも、ふたつの思いに駆られていました。
(でも、もしかしたら本当に出会ったことがあるのかもしれない。いつか、どこかの迷宮で……)
そして、
(いつの間にか “伝説” になってしまっている……)
わたしは戸惑いと、それ以上の畏れを感じていました。
自分の預かり知らぬところで回り始める、始めていた、巨大な運命の歯車の音に。
(戸惑いも畏れも自然な感情です。呑まれてはいけませんが否定してもいけません。心により大きな不自然を招き寄せてしまう)
これまでの迷宮での経験が、現状をあるがままに受け入れるよう囁きます。
わたしはレ・ミリアさんに気づかれぬよう深呼吸して、囁きに従いました。
「いまこの迷宮街――王都にはどれくらいの人が暮らしているのですか?」
これぐらいの質問ならよいでしょう。
「この一層から六層までで約一〇〇〇〇人です」
「六層まで解放されているのですか」
「はい。“真龍” の慈悲で。当初は一〇〇〇人ほどだった男女が今はここまで増えました」
「一〇〇〇人……ですか」
それは以前のわたしたち―― “リーンガミル親善訪問団” の人数と合致します。
「ええ、英傑王――マグダラ四世の “方舟計画” で選ばれ、“悪魔王” との決戦の前に避難させられた若者たち。わたしの曽祖父や曾祖母などです」
「マグダラ陛下の……」
「はい。マグダラ四世のご英断がなければリーンガミル王国は滅びていたでしょう。ですが……」
「ですが……?」
「いえ、この先は現女王陛下から直接お聞きになった方がよろしいでしょう」
真っ直ぐに伸びる大通り――都大路の先に、一際大きな天幕が見えてきました。
入口に立つ衛兵が背筋を伸ばしてレ・ミリアさんとわたしを通します。
天幕の内は広く、幕天は高く、小さいながらもまさしく一国の王城でした。
しかしまた、過度な装飾なども一切なく、野戦軍の総司令部を思わせます。
“真龍” の加護のもとささやか繁栄を遂げてきたにしても、紛れもなくこの天幕は “乱世” の城でした。
わたしが通されたのは、天幕の一番奥まった幕内でした。
そこは一辺が三〇メートルはある広い正方形の空間で、中央に見覚えのある円卓が置かれていました。
そして席に着いていたひとりの若い女性が立ち上がり、出迎えたのです。
「ようこそ我が城へ、聖女エバ。長いことお会いしたいと思っていました。わたしが現リーンガミル女王 “ベルキ・リーンガミル” です」
魂は血となって受け継がれる――。
マグダラ陛下に瓜二つの女性が微笑みます。







