第82話「進捗率15%俺の心が折れました」
朝。
俺は目を覚ました。
「…………」
雨は止んでいた。
鳥が鳴いている。
空は青い。
爽やかな朝だ。
「……最悪だ」
晴れている。
つまり。
測量日和。
つまり。
今日も仕事だ。
「先生!」
廊下から門倉の声。
「お目覚めですか!」
「……まだ夢の中」
「本日は予定通り出立できますぞ!」
「悪夢じゃねえか!」
俺は布団をめくった。
足が痛い。
腰も痛い。
肩も痛い。
もはや全身が痛い。
でも。
昨日よりは少しマシだ。
「……まあ、いいか」
俺は起き上がった。
そして。
ふと思った。
「……そういえば」
最近。
見てないな。
あれ。
◇
朝食。
俺は飯を食べながら考えていた。
この世界に来てから。
何度も見てきた。
あの謎のウインドウ。
歴史の進み具合。
タイムパラドックスの危険。
そして。
残り日数。
最初は意味が分からなかった。
いや。
今でも分からないことだらけだけど。
でも。
一つだけ確かなことがある。
俺は。
めちゃくちゃ頑張っている。
蝦夷まで行った。
帰ってきた。
また出発した。
三浦半島を歩いた。
伊豆まで来た。
崖から落ちかけた。
船で酔った。
雨の日まで仕事した。
「…………」
俺。
すごくない?
いや。
すごいだろ。
これ。
もう結構進んでるんじゃない?
「……ふふ」
思わず笑みがこぼれた。
門倉が顔を上げる。
「先生?」
「何?」
「何やら楽しそうですな」
「いやぁ、ちょっとな」
「よいことでも?」
「まあな!」
俺は胸を張った。
「今までの苦労が報われる予感がする!」
「それは何よりです」
ふふふ。
そうだろ。
門倉には見えないけど。
俺には分かる。
今こそ。
確認するときだ。
◇
俺は心の中で呼びかけた。
(……おーい、システム)
――ピコン。
目の前に半透明のウインドウが現れた。
【システム起動】
おっ。
来た。
相変わらず唐突だな。
まあいい。
今日は機嫌がいい。
なぜなら。
いい数字が見られるはずだから。
(そういえばさ、第二次測量ってどれくらい進んだんだ?)
――ピコン。
【第二次測量進捗率:15%】
「…………」
俺は固まった。
……ん?
今。
何て?
十五?
「…………」
俺は目をこすった。
もう一度見る。
【第二次測量進捗率:15%】
「…………」
いやいやいや。
そんなわけない。
表示がおかしい。
きっと。
数字が一つ消えてる。
本当は。
115%とか。
……いや。
115%って何だよ。
測量をやりすぎたのか?
まあいい。
(システム、もう一回教えて)
――ピコン。
【第二次測量進捗率:15%】
「…………」
(……間違ってない?)
【正常です】
(計算ミスとか)
【ありません】
(小数点の位置がずれてるとか)
【ありません】
(実は150%だったり)
【ありません】
「…………」
俺は静かに箸を置いた。
そして。
天井を見上げた。
「……嘘だろ」
◇
「先生?」
門倉がこちらを見る。
「いかがなさいました?」
「…………」
俺はゆっくり顔を向けた。
「……門倉」
「はい」
「俺たち、結構歩いたよな?」
「そうですな」
「三浦半島も測ったよな?」
「はい」
「伊豆まで来たよな?」
「はい」
「崖から落ちかけたよな?」
「それは先生だけです」
「船で死にかけたよな?」
「それも先生だけです」
「…………」
俺は拳を握った。
「こんなに頑張ってるのに!!」
門倉が首を傾げる。
「先生?」
「なんで十五%なんだよぉぉぉ!!」
――シーン。
全員が俺を見た。
郡蔵が口を開く。
「……十五?」
宗平も首を傾げる。
「何のお話でしょう?」
「…………」
しまった。
見えてないんだった。
俺は慌てて笑った。
「いや! なんでもない!」
「……先生?」
「ちょっと計算してただけ!」
門倉が目を輝かせた。
「おお! 朝から測量の計算ですか!」
「違う違う違う!」
「さすが先生!」
「褒めるな! 今は褒めるな!」
◇
出発。
俺は歩きながら考えていた。
十五%。
十五%。
十五%。
頭から離れない。
だって。
まだ八十五%残ってるんだぞ?
「…………」
俺は指を折った。
今までの苦労が。
十五%。
ということは。
この苦労を。
あと何回?
「……えーっと」
十五。
三十。
四十五。
六十。
七十五。
九十。
「…………」
待て。
待て待て待て。
あと五回以上?
今までの苦労を?
「……はは」
笑えてきた。
いや。
笑えない。
全然笑えない。
俺は足を止めた。
「門倉」
「はい」
「ちょっと聞いていい?」
「何でしょう?」
「今までの測量を、あと五回やるって言われたらどうする?」
「…………」
門倉が考えた。
「必要であれば、喜んで」
「…………」
こいつ。
怖い。
「……郡蔵は?」
「地図が完成するなら、やりがいがございますな」
「…………」
「宗平は?」
「学ぶことも多いでしょう」
「…………」
「秀蔵は?」
「精いっぱい務めます!」
「…………」
「慶助は?」
「宿の手配が大変そうですな」
「…………」
まともだ。
慶助だけまともだ。
俺は慶助の肩をつかんだ。
「お前だけは俺の味方だ!」
「えっ!?」
「宿の手配、大変だよな!」
「は、はい!」
「五回もやりたくないよな!」
「いえ、必要でしたら務めますが……」
「裏切り者ぉぉぉ!!」
◇
昼。
休憩。
俺は木陰に座り込んだ。
そして。
再びシステムに話しかけた。
(……なあ、システム)
――ピコン。
【はい】
(これ、本当に十五%なの?)
【第二次測量進捗率:15%】
(ちょっとくらい、おまけしてくれない?)
【できません】
(そこをなんとか!)
【できません】
(十六%にして! 一%だけ!)
【実際の進捗状況と異なる表示はできません】
「…………」
冷たい。
門倉より冷たい。
いや。
門倉はまだ笑ってくれる。
こいつは。
文字しか出さない。
(……じゃあさ)
【はい】
(今日頑張った分、何%増える?)
【現時点では未確定です】
(大体でいいから!)
【測量の進行状況により変動します】
「…………」
俺は空を見上げた。
青い。
腹が立つくらい青い。
◇
そのとき。
門倉が隣に座った。
「先生」
「……何?」
「先ほどから元気がございませぬな」
「……まあな」
「何か気がかりでも?」
「…………」
俺は少し考えた。
システムのことは話せない。
でも。
この絶望は誰かに分かってほしい。
「……門倉」
「はい」
「例えばさ」
「はい」
「ものすごく大変な仕事があって」
「はい」
「毎日頑張って」
「はい」
「ようやく結構進んだと思ったら」
「はい」
「実はまだ百分の十五しか終わってなかったら、どうする?」
「…………」
門倉が少し考えた。
「なるほど」
「……うん」
「それならば」
「……うん」
「残りは百分の八十五ですな」
「知ってるよ!!」
◇
門倉は少し考えた。
「ですが、先生」
「……何?」
「すでに十五を終えたのであれば、何も進んでいないわけではございませぬ」
「…………」
「一歩ずつ進めば、いずれ終わりましょう」
「…………」
俺は門倉を見た。
真面目な顔。
本気で言っている。
「……お前さ」
「はい」
「いいこと言うな」
「恐れ入ります」
「……でも」
「はい」
「一歩ずつって言葉、今の俺には禁句だから」
「……何故です?」
「歩くことを思い出すから!」
◇
午後。
測量が再開した。
間縄を伸ばす。
距離を測る。
方角を確認する。
記録する。
俺は黙々と作業した。
……いや。
黙々とは嘘だ。
心の中ではずっと叫んでいた。
十五%!
十五%!
十五%!
でも。
仕事は進む。
数字が増える。
線がつながる。
地図が少しずつ形になる。
「…………」
俺は図面を見た。
確かに。
進んでいる。
少しだけど。
確実に。
「……まあ」
俺は小さく笑った。
「十五%でも、ゼロよりはマシか」
そのとき。
――ピコン。
「……ん?」
ウインドウが開いた。
【第二次測量進捗率:15%】
【本日の測量結果を反映しました】
「…………」
おっ。
来た。
ついに。
増えるのか?
俺は息を止めた。
【第二次測量進捗率:15%】
「…………」
変わってない。
「……え?」
【小数点以下は表示されません】
「…………」
俺は固まった。
小数点以下。
つまり。
進んではいる。
でも。
表示されるほどじゃない。
「…………」
俺はゆっくり空を見上げた。
そして。
静かに呟いた。
「……門倉」
「はい」
「俺、今ちょっと泣きそう」
「どうされました?」
「頑張ったのに、数字が増えなかった」
「……何の数字です?」
「俺の希望」
「…………」
門倉が困った顔をした。
◇
夕方。
宿に到着した。
俺は畳に座った。
今日は疲れた。
身体も。
心も。
特に心が。
「…………」
俺はもう一度システムに話しかけた。
(……進捗率は?)
――ピコン。
【第二次測量進捗率:15%】
「…………」
よし。
決めた。
もう見ない。
しばらく絶対に見ない。
精神衛生上よくない。
俺はウインドウを閉じた。
そして。
布団に横になった。
「……寝よう」
そのとき。
門倉がやってきた。
「先生」
「……何?」
「本日の記録を確認いたしましょう」
「…………」
俺は目を閉じた。
「……門倉」
「はい」
「俺のやる気、今何%だと思う?」
「…………」
門倉が考えた。
「百%ですかな?」
「なんでだよ!」
「本日もよく働いておられましたので」
「…………」
俺は少し黙った。
そして。
小さく笑った。
「……まあ、そう見えるならいいか」
門倉も笑った。
「では、記録を」
「…………」
俺はゆっくり起き上がった。
仕方ない。
やるか。
その瞬間。
ふと思った。
……そういえば。
第二次測量で十五%。
じゃあ。
日本地図完成までだと。
どれくらいなんだ?
「…………」
いや。
待て。
これは危険だ。
絶対に見ちゃいけない。
絶対に。
でも。
気になる。
ものすごく気になる。
俺は心の中で小さく呟いた。
(……システム)
――ピコン。
【はい】
(日本地図完成までの全体進捗率って……)
――ピコン。
【全測量事業進捗率:3%】
「…………」
俺は。
静かに。
ウインドウを閉じた。
そして。
門倉に向かって言った。
「……門倉」
「はい」
「俺、出家する」
「……は?」
「坊主になる」
「先生!?」
「もう測量やめて、お寺に入る」
「な、何故です!?」
俺は天井を見上げた。
涙が出そうだった。
そして。
心の底から叫んだ。
「日本地図完成まで九十七%残ってるなら、もう俺が仏になった方が早いだろぉぉぉ!!」




