第8話 「木古内ってまだですか?」
朝。
目が覚めた。
「…………」
身体が重い。
ものすごく重い。
昨日。
歩いた。
測った。
記録した。
夜になった。
星を見た。
測った。
記録した。
そして寝た。
俺は布団の中で目を閉じた。
「…………」
もう一回寝よう。
「先生」
「…………」
聞こえない。
「先生」
聞こえない。
「忠敬先生」
「…………」
「朝です」
「知ってる」
「起きておられるではありませんか」
「寝てる」
「返事をなされています」
昨日もこんな会話した気がする。
俺はゆっくり身体を起こした。
「門倉」
「はい」
「一個聞いていい?」
「何でしょう?」
「昨日、何時に寝た?」
「さて」
「さてじゃないよ」
身体中が痛い。
特に足。
五十五歳の身体。
回復が遅い。
……いや。
四十歳だった頃も。
こんなに歩いたら翌朝は死んでたと思う。
「今日」
俺は恐る恐る聞いた。
「休み?」
「いいえ」
即答。
少しくらい考えてほしかった。
「今日は?」
「測量です」
ですよね。
分かってた。
俺はため息をついた。
すると。
目の前に。
ウインドウが現れた。
【第一次測量】
現在地:福島
本日の目的地:木古内
史実との差:0日
タイムパラドックス発生リスク:0.000%
「…………」
俺は目を細めた。
福島。
一瞬。
現代の福島県を思い浮かべる。
でも違う。
ここは蝦夷地。
昨日。
吉岡から測量を始めて。
福島まで来た。
そして今日は。
「木古内?」
「はい」
門倉が答える。
「今日はこちらから木古内へ向かいます」
「遠い?」
「参りましょう」
「質問に答えて」
「参れば分かります」
「一番嫌な答え!」
俺はウインドウを見る。
現在地。
福島。
目的地。
木古内。
便利だ。
ものすごく便利だ。
ただし。
そこへ行く方法は教えてくれない。
測量方法も教えてくれない。
距離も――
「なあ」
ウインドウを見る。
「今日、何キロ?」
【表示対象外】
「そこも!?」
門倉が振り返る。
「先生?」
「なんでもない!」
相変わらず。
絶妙に使えない。
でも。
目的地が分かるだけ。
昨日までよりマシだ。
俺は立ち上がった。
足が痛い。
でも。
行くしかない。
「よし」
草鞋を履く。
外へ出る。
今日も。
測量開始。
◇
昨日。
一日やった。
だから。
少しだけ分かる。
本当に。
少しだけ。
「ここから?」
「はい」
門倉を見る。
確認する。
方角。
距離。
記録。
進む。
また止まる。
測る。
「宗平」
「はい」
「これで合ってる?」
平山宗平が確認する。
「よろしいかと」
「よし」
ちょっと嬉しい。
昨日は。
何をするにも。
「これ何?」
「どうするの?」
「次は?」
だった。
今日は違う。
少しだけ。
自分でできる。
歩く。
測る。
記録する。
また歩く。
「…………」
しばらく進む。
止まる。
測る。
記録。
また歩く。
「…………」
また。
歩く。
「…………」
俺は顔を上げた。
前を見る。
道が続いている。
後ろを見る。
歩いてきた道。
そして。
手元には。
記録。
昨日までなら。
ただの道だった。
でも。
今は違う。
俺たちが歩けば。
数字が残る。
方角が残る。
距離が残る。
それが。
地図になる。
「…………」
少しだけ。
面白い。
本当に。
ほんの少しだけ。
「父上」
「うわっ!」
横から声がして。
俺は飛び上がった。
秀蔵。
息子。
まだ慣れない。
「な、何?」
「どうかなされましたか?」
「いや」
俺は記録を見る。
「これさ」
「はい」
「全部繋げたら」
秀蔵が首を傾げる。
「地図になるんだよな」
「そのために測っておりますので」
「…………」
そうなんだけど。
なんというか。
昨日までは。
日本地図を作る。
それが。
あまりにも大きすぎた。
日本全部。
そんなの。
想像できない。
でも。
今日。
俺たちが測った。
この短い距離。
それも。
日本地図の一部になる。
そう考えると。
「……すげえな」
「父上?」
「なんでもない」
俺はまた歩き出した。
◇
しばらくして。
問題が起きた。
「門倉」
「はい」
「足痛い」
「存じております」
「休憩」
「先ほどいたしました」
「何分前?」
「さほど経っておりません」
「じゃあ小休憩」
「同じでは?」
「違う!」
俺はその場に座ろうとする。
すると。
【史実との差:+0.001日】
「…………」
立つ。
【史実との差:0日】
「くそっ!」
「先生?」
「なんでもない!」
歩く。
測る。
記録。
歩く。
測る。
記録。
俺はウインドウを見る。
【現在地:福島→木古内】
まだ。
着かない。
「門倉」
「はい」
「木古内まだ?」
「まだです」
しばらくして。
「木古内まだ?」
「まだです」
また歩く。
「木古内」
「まだです」
「俺まだ最後まで言ってない」
「分かります」
さらに歩く。
測る。
記録。
「…………」
暑い。
疲れた。
足痛い。
「木古内……」
「まだです」
「…………」
心が折れそう。
そのとき。
俺は気づいた。
目の前の数字。
【史実との差:0日】
ずっと。
ゼロ。
昨日。
測量方法すら分からなかった俺が。
弟子たちに教えてもらって。
記録を見て。
必死に覚えて。
今日。
史実から。
遅れていない。
「…………」
なんだ。
俺。
ちゃんとやれてるじゃん。
少しだけ。
本当に。
少しだけ。
嬉しくなった。
「先生」
門倉が振り返る。
「何?」
「参りますよ」
「分かってる」
俺は歩く。
昨日までなら。
門倉に言われて。
仕方なく歩いていた。
今も。
歩きたくない。
足も痛い。
休みたい。
でも。
ほんの少しだけ。
自分から。
前へ出た。
◇
そして。
ようやく。
「先生」
門倉が言った。
「木古内です」
「…………」
俺は止まった。
「着いた?」
「はい」
「本当に?」
「はい」
「木古内?」
「木古内です」
「…………」
俺は両手を上げた。
「着いたぁぁぁぁ!!」
周囲の人たちが驚く。
知らん。
今日は喜ばせてくれ。
俺はウインドウを見る。
【第一次測量】
現在地:木古内
本日の目的地:到達
史実との差:0日
タイムパラドックス発生リスク:0.000%
「よし!」
ゼロ。
ちゃんと。
史実通り。
俺たちは今日。
福島から。
木古内まで来た。
測って。
歩いて。
記録して。
辿り着いた。
「先生」
「何?」
「本日の記録をまとめましょう」
「…………」
そうだった。
まだ仕事あるんだった。
「終わりじゃないの?」
「記録を整理せねば」
「…………」
俺は空を見る。
まだ。
夜じゃない。
でも。
昨日のことを思い出す。
嫌な予感がする。
「門倉」
「はい」
「今日の夜」
「はい」
「星は?」
門倉が空を見る。
俺も見る。
晴れている。
めちゃくちゃ。
晴れている。
門倉が笑った。
「良い天測ができそうですな」
「…………」
俺はその場に崩れ落ちた。
「先生!?」
今日も。
歩いた。
測った。
記録した。
目的地にも着いた。
そして。
夜は。
星を測る。
俺は。
いつ寝るんだろう。
昨日と。
同じことを考えていた。




