↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コケて立ち上がったら伊能忠敬でした。歴史に名を残す人は頭のネジが外れてるみたいです。もう俺は歩けません  作者: まろじろう
第ニ次測量 東日本

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
78/85

第78話「伊豆半島って、こんなに大きかった?」

朝。


俺は地図を見ていた。


いや。


正確には。


地図とにらめっこしていた。


「…………」


三浦半島。


ここまでの測量で、ずいぶん歩いた。


海岸線。


入り江。


岬。


岩場。


崖。


思い出したくない場所まで、しっかり地図に残っている。


「……頑張ったな、俺」


思わず呟いた。


「先生」


門倉が近づいてきた。


「何?」


「本日から、伊豆方面への行程についても確認してまいります」


「……伊豆?」


「はい」


俺は顔を上げた。


伊豆。


知っている。


現代の俺だって知っている。


温泉。


海鮮。


観光。


そして。


温泉。


「……いいじゃん」


「何がです?」


「伊豆だろ?」


「はい」


「温泉あるよな?」


「ございますな」


「魚もうまいよな?」


「土地によっては、よい魚が手に入りましょう」


「最高じゃん!」


俺は笑った。


久しぶりに。


本当に久しぶりに。


旅に希望が見えた。


「門倉!」


「はい!」


「伊豆、行こう!」


「その予定です」


「早く行こう!」


「承知しました」


「温泉!」


「測量です」


「…………」


早い。


夢を壊すのが早い。


◇


出発した。


道を歩く。


いつものことだ。


足が痛い。


これもいつものこと。


でも。


今日は少し違う。


目的地が伊豆だ。


伊豆。


温泉。


露天風呂。


海を眺めながらのんびり。


……まあ。


江戸時代に現代みたいな露天風呂があるかは知らないけど。


それでも。


湯につかれるなら十分だ。


「……ふふふ」


「先生?」


門倉が振り返る。


「何やら楽しそうですな」


「いやぁ、伊豆っていいところだよなって」


「まだ着いておりませんが」


「気分の問題だよ!」


◇


昼。


休憩になった。


俺は水を飲みながら、門倉の持っていた地図を覗き込んだ。


「……なあ、門倉」


「はい」


「伊豆って、どの辺?」


門倉が地図を指さした。


「こちらです」


「……ここ?」


「はい」


「…………」


俺は地図を見た。


三浦半島。


相模湾。


その向こう。


伊豆半島。


「……結構あるな」


「そうですな」


「まあ、でも」


俺は笑った。


「伊豆まで行けば温泉だろ?」


「測量の予定がございます」


「知ってるよ!」


俺は地図をもう一度見た。


そして。


あることに気づいた。


「……あれ?」


「先生?」


「伊豆半島ってさ」


「はい」


「こんなに大きかった?」


「…………」


門倉が首を傾げる。


「大きさは変わっておりませぬが」


「そういう意味じゃない!」


俺は地図を指さした。


「これ、先端まで行くんだよな?」


「はい」


「で、反対側も?」


「測量を進めます」


「…………」


俺は指で海岸線をなぞった。


東側。


南へ。


先端。


そして。


西側。


北へ。


「…………」


長い。


ものすごく長い。


しかも。


真っすぐじゃない。


曲がっている。


何度も。


何度も。


「……門倉」


「はい」


「これ、全部?」


「必要な場所を測量いたします」


「全部じゃん!!」


◇


俺は地図を持ち上げた。


「ちょっと待って!」


「はい」


「伊豆半島って、こんなに大きかった!?」


「先生。先ほどもおっしゃいましたな」


「だって!」


俺は地図を指さした。


「現代なら車で行けるんだぞ!?」


「……くるま?」


しまった。


「いや!」


俺は慌てて言い直した。


「馬車!」


「馬車ですか?」


「そう! 馬車!」


門倉が少し考えた。


「道の具合によっては、馬での移動も難しい場所がございましょうな」


「…………」


余計なことを聞いた。


「じゃあ船!」


「海の様子によります」


「…………」


船。


昨日の地獄。


思い出した。


揺れ。


吐き気。


世界が回る。


「……やっぱり歩く」


「先生が自ら歩くとおっしゃるとは!」


「消去法だよ!」


◇


午後。


伊豆方面への移動が続いた。


俺は歩きながら考えていた。


伊豆半島。


温泉。


海鮮。


観光。


それだけなら最高だ。


でも。


測量。


距離。


方角。


海岸線。


岩場。


崖。


入り江。


全部ついてくる。


「…………」


俺は足を止めた。


「門倉」


「はい」


「一つ提案がある」


「何でしょう?」


「伊豆半島の先端まで行ったらさ」


「はい」


「そこで終わりにしない?」


「何をです?」


「測量」


「…………」


門倉が俺を見る。


「先生」


「はい」


「半島の反対側が残ります」


「…………」


「そこも測らねば、地図になりませぬ」


「……そうだよね」


正論。


また正論。


俺は空を見上げた。


神様。


伊豆半島って。


なんで半島なんですか?


島なら船で回れたかもしれない。


……いや。


船も嫌だった。


じゃあ。


どうすればいいんだよ!


◇


夕方。


宿に到着した。


俺は畳に倒れ込んだ。


「はぁぁぁ……」


疲れた。


今日も疲れた。


でも。


頭の中には伊豆がある。


温泉。


温泉。


温泉。


「……よし」


俺は身体を起こした。


「門倉!」


「はい!」


「伊豆に着いたら温泉入ろう!」


「行程に余裕があれば」


「余裕を作ろう!」


「測量が優先です」


「測量の後!」


「記録整理がございます」


「記録整理の後!」


「翌日の準備がございます」


「…………」


俺は門倉を見た。


「……お前さ」


「はい」


「俺を温泉に入れたくないの?」


「そのようなことはございません」


「じゃあ!」


「時間があれば、ぜひ」


「…………」


時間。


それが一番ないんだよ。


◇


夜。


俺は布団の中で考えていた。


伊豆半島。


思っていたより大きい。


道も長い。


測量も大変そうだ。


でも。


昨日のことを思い出す。


秀蔵の荷物。


慶助の宿探し。


郡蔵と宗平の記録。


門倉の気遣い。


みんな。


俺と同じ道を歩く。


俺だけが大変なわけじゃない。


「…………」


俺は小さく息を吐いた。


「……まあ、頑張るか」


そのとき。


戸の向こうから門倉の声がした。


「先生!」


「……何?」


「明日の行程ですが!」


「……はい」


「少々早めに出立いたします!」


「…………」


早め。


つまり。


早起き。


つまり。


睡眠時間が減る。


「……門倉」


「はい」


「温泉は?」


「まだ先です!」


「…………」


俺は布団を頭までかぶった。


そして。


心の底から叫んだ。


「伊豆って温泉天国じゃなかったのかよぉぉぉ!!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。