第67話「俺の計画書が集中砲火を浴びています」
翌朝。
俺は計画書を広げていた。
昨日、苦労して作った第二次測量の計画書。
我ながら。
なかなかの出来だと思う。
休養。
食料。
道具。
行程。
全部考えた。
しかも。
先生の休養も十分に確保してある。
「……完璧じゃん」
俺は満足してうなずいた。
その向かいには。
門倉。
そして、第一次測量を共にした平山郡蔵と平山宗平。
三人が座っていた。
「では、先生」
門倉が口を開いた。
「拝見いたします」
「おう!」
俺は胸を張った。
「遠慮なく意見を言ってくれ!」
言った。
言ってしまった。
このときの俺は。
まだ知らなかった。
自分が何を許可したのか。
◇
「先生」
「ん?」
門倉が計画書を指さした。
「この休養日ですが」
「おう!」
来た。
最重要項目。
「少々、多すぎませんか?」
「…………」
早い。
開始十秒でそこ?
「いや、門倉。よく考えてみろ」
「はい」
「人間には休みが必要だ」
「そのとおりです」
「だろ?」
「ですが、これでは測量が進みません」
「…………」
正論。
やめて。
「天候による停滞も見込んでおりますので、さらにこれだけの休養を入れますと」
「待って!」
俺は手を上げた。
「休みを削る方向で話を進めるな!」
門倉が小さく笑った。
「先生。すべて削るとは申しておりません」
「……本当?」
「はい。疲れが重なる前に休むというお考えは、よろしいかと」
「だろ!?」
「ただ、休む場所を決めておく必要がございます」
「場所?」
「宿のあるところと、そうでないところでは事情が違います」
「…………」
なるほど。
野宿で休養日。
それは嫌だ。
全然休んだ気がしない。
「……じゃあ、宿のあるところで休もう」
「それがよろしいかと」
俺は計画書を書き直した。
休養日。
宿の確保できる場所を優先。
「……よし」
一つ解決。
思ったより簡単じゃん。
◇
「先生」
今度は郡蔵だった。
「食料のことですが」
「おう!」
「こちら、人数が増えた場合の分は?」
「…………」
人数?
増えるの?
聞いてない。
「人を増やせば荷物を運ぶ手も増えますが、その分、食料も必要になります」
「……そうだよね」
「宿の手配も変わります」
「……そうだよね」
「費用も」
「もう分かった!」
俺は頭を抱えた。
何だこれ。
人を増やせば楽になると思ったのに。
増えたら増えたで大変じゃん。
「じゃあ、どうすればいい?」
郡蔵が少し考えた。
「行く先々で必要なものを調達できれば、運ぶ荷を減らせるかと」
「……なるほど」
「ただ、必ず手に入るとは限りません」
「……なるほど?」
「ですから、最低限の備えは必要です」
「…………」
なるほどが追いつかない。
俺は筆を動かした。
補給場所の確認。
携帯する食料の見直し。
「……郡蔵」
「はい」
「お前、頼りになるな」
郡蔵が笑った。
「前の旅で苦労しましたので」
「……だよな」
俺も笑った。
あれは本当に苦労した。
もう二度とごめんだ。
……次が決まってるけど。
◇
「先生」
今度は宗平。
「道具について、一つ」
「…………」
まだあるの?
「予備の器具を増やすとありますが」
「おう」
「その分、荷が重くなります」
「…………」
知ってた。
いや。
考えないようにしてた。
「それに、予備を増やすだけでは、壊れた際の手当てができません」
「……じゃあ?」
「修繕に使うものを揃えておいた方がよろしいかと」
「なるほど!」
俺は筆を走らせた。
修理道具。
予備の部品。
濡らさないための包み。
「……完璧だ」
「先生」
門倉が口を開いた。
「まだ行程がございます」
「…………」
まだ?
俺の計画書。
どれだけ穴だらけなの?
◇
それから。
三人による計画書の検証が続いた。
道が悪い場所。
天候が崩れた場合。
宿に着けなかった場合。
荷物が増えた場合。
測量が予定より遅れた場合。
「…………」
出る。
出る。
問題が。
次から次へと。
「……ちょっと待って」
俺は手を上げた。
「はい」
「俺の計画書って、そんなに駄目?」
門倉が首を横に振った。
「いいえ」
「……本当?」
「はい。先生が前の測量で困られたことは、よく考えられております」
「…………」
おお。
褒められた。
「ただ」
「ただ!?」
「実際に進めるには、もう少し詰める必要がございます」
「……ですよね」
門倉が笑った。
郡蔵も。
宗平も。
笑った。
「先生。前の旅でも、こうして皆で考えたではありませんか」
「…………」
そうだった。
何か起きるたびに。
みんなで考えて。
何とかして。
また歩いた。
「……じゃあ、もうちょっと付き合ってくれる?」
「もちろんです」
「お任せください」
「最後までお供いたします」
「…………」
何だよ。
みんな。
いい奴じゃん。
「……よし!」
俺は筆を持ち直した。
「じゃあ、休養日をもう一日――」
「先生」
「はい」
駄目だった。
◇
数日後。
計画書が完成した。
長かった。
本当に長かった。
いや。
実際には数日だけど。
俺の感覚では三か月くらい経ってる。
「……やっと終わった」
門倉が書付を揃える。
「では、高橋先生にお見せいたしましょう」
「……そうだな」
俺は完成した計画書を見た。
最初のものとは、かなり違う。
休養日。
食料。
道具。
行程。
何度も直した。
何度も話し合った。
「……今度こそ完璧だろ」
「それは高橋先生にご覧いただいてからですね」
「…………」
門倉。
たまには安心させてくれ。
◇
高橋至時先生のもとを訪ねた。
「忠敬殿」
「先生!」
俺は頭を下げた。
「第二次測量の計画をお持ちしました」
「ほう」
高橋先生が計画書を受け取る。
広げる。
読む。
「…………」
長い。
沈黙が長い。
何か言って。
怖いから。
先生の指が、一か所で止まった。
「この行程ですが」
「はい!」
来た。
修正。
また修正。
「天候によっては、予定どおりに進めぬこともあるでしょう」
「はい」
「その際、観測の機会をどう確保するかも考えておくとよろしい」
「…………」
観測。
そうだった。
ただ歩けばいいわけじゃない。
星を見る。
方角を確かめる。
測る。
地図にする。
「……なるほど」
俺はうなずいた。
「門倉」
「はい」
「ここ、書き足そう」
「承知しました」
高橋先生は、別の箇所にも目を通した。
「器具の点検についても、よく考えられていますね」
「ありがとうございます!」
「ただ、長い旅です。途中で誤差が生じぬよう、確かめる機会を設けるとよろしいでしょう」
「はい!」
俺は門倉を見る。
門倉がうなずく。
書き足す。
直す。
また書き足す。
「…………」
何だろう。
計画書って。
完成するものなの?
永遠に修正してない?
◇
しばらくして。
高橋先生が筆を置いた。
「忠敬殿」
「はい」
「よく考えました」
「…………」
え?
「先の測量で得た経験が、よく生かされております」
「……本当ですか?」
「ええ」
先生は計画書を見つめた。
「無理に進むのではなく、測るべきところを確実に測る。そのための備えが必要です」
「はい」
「皆で相談されたのでしょう」
「……はい」
「それがよろしい」
先生が穏やかに笑った。
「この計画をもとに、準備を進めましょう」
「…………」
やった。
やったぞ。
認められた。
俺たちの計画書。
高橋先生のお墨付きだ!
「ありがとうございます!」
俺は深く頭を下げた。
門倉たちも頭を下げる。
よし。
これで。
第二次測量の準備は順調だ。
……ん?
待て。
準備が順調?
つまり。
出発に近づいてる?
【第二次測量開始まで――あと64日】
「…………」
減ってる。
しかも四日。
俺たちが頑張った四日間。
きっちり減ってる。
「……先生」
「どうされました?」
「一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか」
「何でしょう」
俺は真剣な顔で尋ねた。
「この計画がよくできているなら、測量に行かなくてもいいということには……」
「なりませんね」
即答。
「…………」
高橋先生。
少しは考えて。
門倉が隣で笑いをこらえている。
郡蔵も。
宗平も。
肩が震えている。
「……お前ら」
俺は小さくつぶやいた。
「帰ったら覚えてろよ」
「先生」
門倉が笑った。
「まずは、無事に帰りましょう」
「…………」
そうだった。
まだ出発すらしていない。
俺は天井を見上げた。
第二次測量。
計画完成。
師匠のお墨付き。
仲間も協力的。
準備は順調。
なのに。
俺の気持ちだけ。
まったく準備ができていない。
「……もう歩けません」
「先生。まだ歩いておりません」
知ってるよ!
だから嫌なんだよ!




