第65話「地獄旅の計画作れは無いですよ」
一枚の。
地図が。
広げられていた。
◇
蝦夷地。
◇
海岸線。
◇
山。
◇
川。
◇
道。
◇
そして。
人の足で。
測られた。
線。
◇
幕府へ。
提出された。
伊能忠敬の。
測量図。
◇
その地図を。
じっと。
見つめる男がいた。
◇
若年寄。
堀田正敦。
◇
幕政を担う。
一人。
◇
「これが」
◇
堀田は。
地図へ。
視線を落としたまま。
尋ねる。
◇
「伊能忠敬が作ったものか」
◇
「はい」
◇
「蝦夷地まで赴き、実際に測量したものにございます」
◇
「…………」
◇
堀田の。
指が。
ゆっくり。
地図の上を。
動く。
◇
海岸線を。
追う。
◇
一つ。
◇
また。
一つ。
◇
測量によって。
刻まれた。
線を。
見ていく。
◇
「隠居した商人だったな」
◇
「左様にございます」
◇
「それが」
◇
堀田は。
地図を見る。
◇
「ここまで歩いたのか」
◇
「はい」
◇
再び。
沈黙。
◇
堀田は。
地図を。
見続ける。
◇
やがて。
◇
「面白い」
◇
小さく。
呟いた。
◇
「これだけのものを作れるのであれば」
◇
堀田の。
指が。
動いた。
◇
蝦夷地から。
南へ。
◇
本州へ。
◇
そして。
東側の。
海岸線を。
なぞっていく。
◇
「ここも」
◇
指が。
止まった。
◇
「測らせてみてはどうだ」
◇
「本州の東海岸を、でございますか」
◇
「ああ」
◇
堀田は。
もう一度。
蝦夷地の地図を見る。
◇
「この男が」
◇
「どこまで測れるのか」
◇
「見てみたい」
◇
それは。
◇
伊能忠敬の。
仕事が。
認められた瞬間だった。
◇
同時に。
◇
一人の男の。
平和が。
◇
静かに。
壊れ始めた瞬間でもあった。
◇
もちろん。
◇
本人は。
◇
まだ。
何も。
知らない。
◇
◇
――その頃。
◇
「…………」
◇
俺は。
茶を。
飲んでいた。
◇
「うまい」
◇
平和。
◇
静か。
◇
歩かなくていい。
◇
測らなくていい。
◇
寒くない。
◇
最高。
◇
ただ。
◇
一つだけ。
◇
問題が。
ある。
◇
【第二次測量開始まで――あと73日】
◇
「…………」
◇
止まらないかな。
◇
茶を。
飲む。
◇
もう一度。
見る。
◇
【第二次測量開始まで――あと73日】
◇
「…………」
◇
止まらないね。
◇
知ってた。
◇
誕生日から。
◇
毎日。
減っている。
◇
一日。
◇
また。
一日。
◇
律儀に。
減っている。
◇
一回くらい。
◇
止まっても。
いいと思う。
◇
今日は。
数えるのを。
忘れました。
◇
とか。
◇
ないの?
◇
ない。
◇
こういうところだけ。
◇
きっちり。
してる。
◇
「…………」
◇
まあ。
◇
まだ。
七十三日。
◇
二か月以上。
ある。
◇
それまで。
◇
何も。
起こらなければいい。
◇
俺は。
茶を飲んだ。
◇
◇
数日後。
◇
呼び出された。
◇
「…………」
◇
嫌な。
予感がする。
◇
【第二次測量開始まで――あと68日】
◇
「…………」
◇
止まらないかな。
◇
止まらない。
◇
しかも。
◇
呼び出し。
◇
これ。
◇
絶対。
何かある。
◇
行きたくない。
◇
でも。
◇
行かないわけにも。
いかない。
◇
俺は。
重い足で。
向かった。
◇
◇
「伊能忠敬」
◇
「はい」
◇
緊張する。
◇
何だ。
◇
何の話だ。
◇
「先の蝦夷地測量」
◇
「はい」
◇
やっぱり。
測量。
◇
「ご苦労であった」
◇
「…………」
◇
あれ?
◇
「そなたが提出した地図についても、幕府内で高く評価されている」
◇
「本当ですか?」
◇
思わず。
聞き返した。
◇
「ああ」
◇
「…………」
◇
嬉しい。
◇
これは。
◇
普通に。
嬉しい。
◇
あれだけ。
歩いた。
◇
寒かった。
◇
疲れた。
◇
何度も。
帰りたかった。
◇
それでも。
◇
みんなで。
測った。
◇
作った。
◇
地図にした。
◇
それを。
◇
認めてもらえた。
◇
「ありがとうございます」
◇
自然に。
頭が。
下がった。
◇
頑張って。
良かった。
◇
本当に。
そう思った。
◇
「特に」
◇
話が。
続く。
◇
「若年寄、堀田正敦様も興味を持たれている」
◇
「…………」
◇
若年寄?
◇
よく。
分からない。
◇
でも。
◇
なんか。
偉そう。
◇
「ありがたいことです」
◇
俺は。
もう一度。
頭を下げた。
◇
偉い人に。
褒められた。
◇
いいじゃん。
◇
今日は。
いい日だ。
◇
「そこでだ」
◇
「…………」
◇
ん?
◇
そこで?
◇
待て。
◇
その。
◇
そこで。
◇
絶対。
いらない。
◇
俺の。
視界。
◇
【第二次測量開始まで――あと68日】
◇
「…………」
◇
あ。
◇
分かった。
◇
これ。
◇
来る。
◇
「伊能忠敬」
◇
「はい……」
◇
声が。
小さくなる。
◇
「そなたに」
◇
嫌だ。
◇
「次なる測量を」
◇
嫌だ。
◇
「任せたいとの話が出ている」
◇
「…………」
◇
来た。
◇
来ちゃった。
◇
知ってた。
◇
知ってたよ。
◇
数字。
出てたから。
◇
でも。
◇
知ってるのと。
◇
実際に。
言われるの。
◇
全然。
違うからね?
◇
「今度は」
◇
聞きたくない。
◇
「本州東海岸を測る」
◇
「…………」
◇
本州。
◇
東海岸。
◇
頭の中に。
◇
日本の形を。
思い浮かべる。
◇
長い。
◇
すごく。
長い。
◇
「…………」
◇
無理。
◇
無理無理。
◇
無理無理無理。
◇
俺。
◇
蝦夷地。
行ったよ?
◇
ちゃんと。
歩いたよ?
◇
地図も。
作ったよ?
◇
しかも。
◇
今。
褒めてくれたよね?
◇
じゃあ。
◇
終わりで。
いいじゃん。
◇
なんで。
◇
褒めた直後に。
◇
次を。
追加するの?
◇
仕事。
できる人に。
◇
仕事が。
集まるやつ?
◇
これ。
◇
「どうだ?」
◇
「…………」
◇
どうだ?
◇
断って。
いいの?
◇
いいなら。
◇
断るよ?
◇
今すぐ。
◇
俺は。
視界を見る。
◇
【第二次測量開始まで――あと68日】
◇
「…………」
◇
止まらないかな。
◇
止まらない。
◇
つまり。
◇
無理。
◇
断れない。
◇
歴史。
◇
もう。
決めてる。
◇
「…………承知しました」
◇
言った。
◇
言っちゃった。
◇
「うむ」
◇
頷かれた。
◇
俺の。
意思。
◇
関係なし。
◇
「それでは」
◇
「はい」
◇
「測量の計画についても、考えてもらいたい」
◇
「…………」
◇
え?
◇
待って。
◇
「そなたは、実際に蝦夷地まで測っている」
◇
「はい」
◇
「その経験を生かし、行程、人員、必要な道具についても考えてもらいたい」
◇
「…………」
◇
俺が?
◇
俺。
◇
行きたくないんですよ?
◇
その。
◇
行きたくない旅の。
◇
計画を。
◇
俺が。
作るの?
◇
何それ。
◇
自分で。
自分の。
◇
地獄。
作るの?
◇
「何か?」
◇
「いえ」
◇
あります。
◇
めちゃくちゃ。
あります。
◇
でも。
◇
言えない。
◇
「分かりました」
◇
また。
言っちゃった。
◇
◇
帰り道。
◇
俺は。
歩いていた。
◇
「…………」
◇
本州東海岸。
◇
第二次測量。
◇
そして。
◇
その計画を。
俺が。
考える。
◇
「…………」
◇
嫌だ。
◇
ものすごく。
嫌だ。
◇
なのに。
◇
頭の中には。
◇
もう。
浮かんでいた。
◇
雨。
◇
寒さ。
◇
荷物。
◇
測量器具。
◇
宿。
◇
道。
◇
第一次で。
困ったこと。
◇
足りなかったもの。
◇
変えた方が。
いいこと。
◇
「…………」
◇
やめろ。
◇
俺。
◇
考えるな。
◇
まだ。
家にも。
帰ってない。
◇
なのに。
◇
もう。
◇
次の旅の。
準備を。
始めている。
◇
俺は。
立ち止まった。
◇
空を見る。
◇
「…………」
◇
誰だよ。
◇
俺の地図。
◇
そんなに。
評価したの。
◇
【第二次測量開始まで――あと68日】
◇
「…………」
◇
止まらないかな。
◇
数字は。
止まらない。
◇
俺の知らない。
ところで。
◇
始まった。
第二次測量は。
◇
もう。
◇
俺のところまで。
◇
来てしまった。




