第63話「師匠は何も聞かない」
翌日。
◇
「忠敬さん」
◇
俺は。
呼ばれた。
◇
高橋至時。
◇
俺の。
師匠。
◇
「…………」
◇
昨日。
願った。
◇
明日も。
何も。
ありませんように。
◇
神様。
◇
聞いてた?
◇
◇
俺は。
師匠のところへ。
向かった。
◇
歩きながら。
考える。
◇
何だ?
◇
何の用だ?
◇
蝦夷地の。
測量は。
終わった。
◇
幕府への。
報告も。
終わった。
◇
まさか。
◇
何か。
バレた?
◇
「…………」
◇
ありえる。
◇
むしろ。
今まで。
よく。
バレなかったな。
◇
俺は。
伊能忠敬じゃない。
◇
中身は。
別人。
◇
当然。
忠敬なら。
知っているはずのことを。
◇
俺は。
知らない。
◇
師匠の前でも。
何度か。
やらかした。
◇
「…………」
◇
帰ろうかな。
◇
いや。
無理だ。
◇
呼ばれてる。
◇
俺は。
覚悟を決めた。
◇
◇
「お待ちしていました」
◇
師匠は。
いつもの。
穏やかな顔で。
俺を迎えた。
◇
「どうぞ」
◇
「はい」
◇
座る。
◇
師匠も。
座る。
◇
「…………」
◇
「…………」
◇
何?
◇
怖い。
◇
早く。
言って。
◇
「忠敬さん」
◇
「はい!」
◇
声。
でかくなった。
◇
師匠が。
少し。
驚く。
◇
「どうされました?」
◇
「いえ」
◇
落ち着け。
俺。
◇
「それで……今日は?」
◇
師匠は。
少し。
笑った。
◇
「蝦夷地のお話を、聞かせていただけませんか?」
◇
「…………」
◇
え?
◇
「蝦夷地?」
◇
「はい」
◇
師匠が。
頷く。
◇
「実際に歩かれた忠敬さんから、測量の様子を詳しく伺いたかったのです」
◇
「…………」
◇
それだけ?
◇
「何か?」
◇
「いえ!」
◇
良かった。
◇
バレてない。
◇
たぶん。
◇
「どこからお話ししましょうか」
◇
「そうですね」
◇
師匠は。
楽しそうに。
考える。
◇
「では、最初からお願いできますか?」
◇
「最初から?」
◇
「はい」
◇
「…………」
◇
長いよ?
◇
めちゃくちゃ。
長いよ?
◇
◇
俺は。
話し始めた。
◇
江戸を。
出たこと。
◇
歩いて。
◇
測って。
◇
また。
歩いたこと。
◇
「最初は、本当に進まなかったんですよ」
◇
「そうでしたか」
◇
「歩いてるのにですよ?」
◇
「はい」
◇
「全然、進んだ気がしないんです」
◇
師匠が。
笑う。
◇
俺も。
話す。
◇
雨。
◇
風。
◇
寒さ。
◇
道。
◇
宿。
◇
測量。
◇
そして。
星。
◇
最初は。
何を。
話せばいいのか。
分からなかった。
◇
でも。
◇
話しているうちに。
◇
次から。
次へ。
出てきた。
◇
「あの時は、本当に寒くて」
◇
「それは大変でしたね」
◇
「でも、星が出ると測れるんですよ」
◇
「ええ」
◇
「場所が変わると、見え方も変わる」
◇
俺は。
手を動かす。
◇
「あっちで測った数字と、こっちで測った数字を比べて」
◇
「はい」
◇
「それを地図にしていくと……」
◇
俺は。
少し。
言葉を探した。
◇
「ちゃんと、線になるんです」
◇
師匠が。
俺を見る。
◇
「最初は数字でしかなかったんですけどね」
◇
「…………」
◇
「線になったら」
◇
思い出す。
◇
道。
◇
景色。
◇
門倉。
◇
秀蔵。
◇
測量隊のみんな。
◇
そして。
旅の途中で。
助けてくれた。
人たち。
◇
「その場所のことを、思い出すんですよ」
◇
師匠は。
何も言わなかった。
◇
俺は。
続けた。
◇
「ここで飯を食ったな、とか」
◇
「ここ、寒かったな、とか」
◇
「ここで助けてもらったな、とか」
◇
なんだ?
◇
俺。
◇
めちゃくちゃ。
喋ってる。
◇
しかも。
◇
ちょっと。
楽しい。
◇
「…………」
◇
師匠が。
俺を見ている。
◇
「何ですか?」
◇
「いえ」
◇
師匠は。
穏やかに。
笑った。
◇
「よい旅をされたようですね」
◇
「…………」
◇
旅。
◇
俺は。
考える。
◇
寒かった。
◇
しんどかった。
◇
何度も。
帰りたかった。
◇
二度と。
やりたくない。
◇
それは。
今でも。
変わらない。
◇
でも。
◇
「まあ……」
◇
俺は。
頭をかく。
◇
「悪くは、なかったです」
◇
師匠が。
また。
笑った。
◇
「そうですか」
◇
「はい」
◇
◇
それからも。
少し。
話した。
◇
師匠は。
何度か。
不思議そうな顔をした。
◇
そのたび。
俺の心臓が。
跳ねた。
◇
やばい。
◇
何か。
間違えた?
◇
忠敬なら。
知ってること。
◇
また。
知らなかった?
◇
でも。
◇
師匠は。
何も。
聞かなかった。
◇
ただ。
俺の話を。
聞いてくれた。
◇
◇
「今日は」
◇
師匠が。
頭を下げる。
◇
「聞かせてくださって、ありがとうございました」
◇
「いえ」
◇
俺も。
頭を下げる。
◇
終わった。
◇
良かった。
◇
怒られなかった。
◇
バレなかった。
◇
たぶん。
◇
帰ろう。
◇
俺は。
立ち上がった。
◇
「忠敬さん」
◇
「はい?」
◇
師匠が。
俺を見る。
◇
「今度は」
◇
少し。
楽しそうに。
笑った。
◇
「地球のお話をしましょう」
◇
「…………」
◇
地球?
◇
「それまでに、少し勉強しておいてくださいね」
◇
「…………はい」
◇
俺は。
分かった顔で。
頷いた。
◇
全然。
分かってない。
◇
地球?
◇
なんで。
蝦夷地の。
測量から。
◇
地球?
◇
師匠は。
笑っている。
◇
「では、また」
◇
「はい。師匠」
◇
俺は。
部屋を出た。
◇
帰ったら。
勉強しよう。
◇
何を。
勉強すればいいのか。
◇
分からないけど。
◇
とりあえず。
◇
地球。
◇
らしい。




