第6話「俺が俺の測量方法を教わります」
「俺……測量できないんだけど?」
「…………」
門倉隼太の顔から表情が消えた。
周りにいた男たちも黙っている。
分かる。
言いたいことは分かる。
俺は伊能忠敬。
この測量隊を率いている本人だ。
その本人が。
蝦夷地まで来て。
測量器具を手に持って。
「使い方が分かりません」
普通なら。
帰った方がいい。
だが。
帰れない。
【タイムパラドックス発生リスク:0.004%】
「だから上がるなって!」
「先生?」
「なんでもない!」
俺は頭を抱えた。
考えろ。
澤田浩哉。
四十歳。
会社員。
こういうとき会社員はどうする?
分からない仕事がある。
なら。
知ってる奴に聞く。
資料を見る。
それしかない。
「よし」
俺は顔を上げた。
「門倉」
「はい」
「確認しよう」
「……また確認ですか」
「今回は本当に大事な確認だ」
俺は周囲を見る。
そういえば。
この一ヶ月。
ずっと一緒に歩いてきた。
なのに。
俺。
この人たちのこと。
ほとんど知らない。
「まず」
門倉を見る。
「お前」
「はい」
「門倉隼太」
「はい」
「何ができる?」
「…………」
また。
その顔。
「いや、違う!」
俺は慌てて手を振った。
「忘れたとかじゃない!」
忘れてるんだけど。
「役割分担の確認!」
便利だな。
確認。
「これから本格的に測量するだろ?」
「はい」
「だから、誰が何をできるのか整理したい」
門倉が俺を見る。
少し怪しんでいる。
だが。
やがて頷いた。
「分かりました」
よし。
乗り切った。
「では俺から」
門倉が言う。
「門倉隼太」
知ってる。
「高橋先生のもとに仕えておりました」
「高橋先生?」
「高橋至時先生です」
「…………」
知らない。
いや。
名前くらい聞いたことあるような。
ないような。
あとで調べよう。
今は無理だけど。
「先生が測量へ向かわれるにあたり、同行しております」
なるほど。
つまり。
俺の師匠側から来た人間。
「測量は?」
「先生から教わっております」
「俺から?」
「はい」
「…………」
やっぱり。
俺が俺の先生じゃん。
ややこしい。
「じゃあ門倉」
「はい」
「俺が変なことしてたら教えて」
「すでに十分変ですが」
「そういう意味じゃない!」
次。
俺は隣にいた男を見る。
「お前は?」
「…………」
「いや、ごめん」
聞き方が悪かった。
「名前と役割」
男は少し困った顔をした。
「平山宗平です」
ひらやま、そうへい。
「先生の内弟子として、測量を学んでおります」
「なるほど」
弟子。
つまり。
この人も測量を知ってる。
「宗平」
「はい」
「俺が間違ってたら」
「はい」
「絶対言って」
「……先生が?」
「絶対」
「はあ……」
よし。
二人。
俺以外に測量を知っている人間がいる。
なんとかなるかもしれない。
少し希望が見えてきた。
そして。
次。
若い男を見る。
「君は?」
「…………」
何故だろう。
ものすごく微妙な顔をされた。
「いや」
俺は慌てる。
「役割ね! 役割!」
若い男は答えた。
「伊能秀蔵です」
「…………」
伊能?
俺は首を傾げた。
同じ名字。
親戚か?
「秀蔵」
「はい」
「俺たちって」
一瞬迷う。
「どういう関係?」
「…………」
門倉が俺を見る。
宗平も俺を見る。
秀蔵も俺を見る。
何?
なんで?
そんなに変な質問?
秀蔵が恐る恐る答えた。
「父上?」
「…………」
ん?
今。
なんて?
「もう一回」
「父上?」
「誰が?」
「父上が」
「誰の?」
「私の」
「…………」
俺は自分を指差した。
「俺?」
「はい」
「君の?」
「はい」
「父親?」
「はい」
「…………」
俺はウインドウを開いた。
【史実情報】
伊能秀蔵。
伊能忠敬の次男。
第一次測量参加。
「…………」
俺はゆっくり。
秀蔵を見る。
「俺、息子いるのぉぉぉ!?」
「父上!?」
「先生!?」
知らない!
そんなの知らない!
伊能忠敬に息子がいるなんて。
学校で習ってない!
「何歳!?」
「何がです?」
「いや、いい!」
怖い。
これ以上聞くの怖い。
妻とか。
他の子供とか。
知らない情報がまだ山ほどありそう。
俺は頭を振った。
今は測量だ。
家族問題はあと!
「秀蔵も測量できる?」
「……はい」
「よし!」
息子という情報は一旦置いておこう。
戦力が一人増えた。
これで。
俺以外に三人。
なんとかなる。
そして。
残る二人を見る。
「そっちは?」
「吉助でございます」
「長助です」
吉助。
長助。
「二人は?」
「下人としてお供しております」
なるほど。
荷物や旅の雑務を担ってくれている人たち。
俺は六人を見渡した。
伊能忠敬。
門倉隼太。
平山宗平。
伊能秀蔵。
吉助。
長助。
六人。
たった六人。
「…………」
俺。
この人数で。
蝦夷地測るの?
いや。
今さらだ。
ここまで来たんだから。
やるしかない。
「よし」
俺は手を叩いた。
「状況を整理しよう」
地面に座る。
荷物の中から記録を集める。
帳面。
測量について書かれたもの。
器具。
俺には。
どれも初めて見るものばかりだ。
でも。
伊能忠敬は。
ここまで準備してきた。
なら。
何か残っているはずだ。
俺が書いた記録。
俺が覚えた方法。
俺が用意した道具。
今の俺には記憶がない。
だが。
記録は消えていない。
そして。
一緒に学んできた人間もいる。
「門倉」
「はい」
「宗平」
「はい」
「秀蔵」
「はい、父上」
「…………」
慣れない。
めちゃくちゃ慣れない。
「三人とも」
俺は頭を下げた。
「一度、最初から確認させてくれ」
三人が顔を見合わせた。
「最初から、ですか?」
「そう」
「測量を?」
「そう」
「先生に?」
「そう」
「先生が我々に教えたものを?」
「…………そう」
言葉にすると。
めちゃくちゃ恥ずかしい。
「復習!」
俺は言い切った。
「全部復習する!」
門倉が怪しい目で俺を見る。
「何故です?」
「大事だから!」
「これまで何度もなされていますが」
「もっと大事になった!」
「何故?」
「蝦夷地だから!」
意味は分からない。
自分でも分からない。
でも。
押し切る。
「とにかく!」
俺は記録を開いた。
「俺が知っていることを、一回全部忘れたと思って説明してくれ!」
「…………」
忘れてるんだけど。
門倉はしばらく俺を見つめた。
そして。
深いため息をついた。
「分かりました」
「本当!?」
「先生がそこまでおっしゃるのであれば」
助かった。
「まず」
門倉が測量器具を手に取った。
「昼の測量では――」
説明が始まる。
俺は必死で聞いた。
距離を測る。
方角を測る。
歩数を数える。
記録する。
曲がれば。
また測る。
そして。
また進む。
「…………」
思っていたのと違う。
俺。
てっきり。
伊能忠敬って。
歩数を数えながら日本中を歩いた人だと思ってた。
もちろん。
歩数も使う。
でも。
それだけじゃない。
「これ全部やるの?」
「当然です」
「歩きながら?」
「はい」
「…………」
ただ歩くだけでも。
あんなに辛かったのに。
これからは。
測りながら歩く。
「大変じゃん……」
門倉が首を傾げる。
「そのために来たのですが」
「知ってるよ……」
いや。
知らなかった。
正確には。
今知った。
俺は記録を見る。
器具を見る。
仲間を見る。
一つずつ。
覚えるしかない。
この人たちに聞いて。
記録を読んで。
俺自身が。
もう一度。
伊能忠敬の測量を学ぶ。
「よし」
俺は立ち上がった。
「やってみよう」
門倉が頷く。
宗平も立つ。
秀蔵も続く。
吉助と長助が荷物を持つ。
六人。
日本地図を作るには。
あまりにも少なく見える。
でも。
史実では。
この六人がやった。
なら。
やるしかない。
俺は測量器具を構えた。
「…………」
門倉を見る。
「はい」
「最初、何するんだっけ?」
「先生!」
「今から覚えるんだよ!」
俺――澤田浩哉。
四十歳。
現在。
伊能忠敬。
五十五歳。
本日より。
自分が考えた測量方法を。
自分の弟子から。
学び直します。




