第42話「地図、鮭に負けてんじゃん!」
「まだ東行くつもりだったの!?」
俺の声が。
西別に。
響いた。
門倉隼太。
俺を見る。
「当初は、その予定でございました」
「根室?」
「はい」
「ここから?」
「はい」
俺は。
東を見る。
「…………」
まだ。
ある。
当たり前。
地球。
西別で。
終わってない。
でも。
俺の中では。
昨日。
完全に。
ここ。
ゴール。
だった。
◇
「ちょっと待って」
俺は。
頭を。
整理する。
江戸。
出た。
蝦夷地。
来た。
歩いた。
測った。
厚岸。
牡蠣。
さらに。
東。
姉別。
船。
来ない。
三日。
待った。
夜。
天測。
ようやく。
西別。
「…………」
これで。
まだ。
根室?
門倉。
頷く。
「左様です」
「遠くない?」
「近くはございませぬな」
「だよね!」
◇
俺は。
頭を。
抱える。
本物。
何。
考えてる?
五十五歳。
西別まで。
来た。
普通。
思う。
十分。
頑張った。
帰ろう。
でも。
違う。
根室。
行く。
つもり。
だった。
「…………」
伊能忠敬。
やっぱり。
ネジ。
外れてる。
◇
「門倉」
「はい」
「誰が決めたの?」
「何をでしょう?」
「根室まで行くって」
門倉が。
俺を見る。
嫌な。
予感。
する。
「先生ですが」
「…………」
知ってた。
俺。
聞く前から。
なんとなく。
知ってた。
「俺かぁ……」
「先生?」
「なんでもない」
◇
俺は。
空を見る。
本物の。
伊能忠敬。
頼む。
五十五歳。
もう少し。
身体。
大事に。
して。
今。
使ってるの。
俺だから。
◇
でも。
おかしい。
俺。
もう一回。
考える。
「待って」
「はい」
「当初は、って言った?」
「申しました」
当初。
つまり。
今は。
違う?
俺。
門倉を見る。
「根室」
「はい」
「行くの?」
少し。
緊張。
する。
答え。
返る。
「今回は断念することとなりました」
「…………」
俺。
止まる。
「行かない?」
「はい」
「根室?」
「はい」
「行かない?」
「左様です」
「…………」
俺。
大きく。
息を。
吸う。
「よっしゃあああああ!!」
◇
周り。
見る。
でも。
知らない。
俺。
嬉しい。
めちゃくちゃ。
嬉しい。
「帰れる!」
「先生」
「西だ!」
「先生」
「ついに西!」
「先生」
「何!?」
門倉。
俺を見る。
「随分とお喜びですな」
「当たり前だろ!」
根室。
行かない。
最高。
今日。
いい日。
西別。
好き。
◇
俺は。
笑う。
「いやあ」
肩。
軽い。
「仕方ないな」
門倉。
「何がでしょう?」
「根室行けないなら仕方ない」
俺は。
頷く。
「本当は行きたかったけど」
嘘。
全力。
嘘。
「残念だなあ」
門倉。
じっと。
俺を見る。
「何?」
「いえ」
絶対。
バレてる。
◇
でも。
気になる。
なんで。
中止?
天気?
道?
船?
食料?
この時代。
何が。
起きても。
おかしくない。
「門倉」
「はい」
「なんで根室行かないの?」
門倉が。
答える。
現地で。
必要な。
人。
船。
そういうものの。
手配が。
難しい。
「なんで?」
さらに。
聞く。
「時期が悪かったのでございます」
「時期?」
「はい」
何の。
時期?
◇
話を。
聞く。
この辺り。
今。
大事な。
時期。
人。
必要。
船。
必要。
みんな。
忙しい。
だから。
測量隊のために。
人や船を。
簡単には。
出せない。
「…………」
なるほど。
俺は。
頷く。
そりゃ。
そうだ。
俺たち。
江戸から。
来た。
幕府の。
測量。
大事。
でも。
ここで。
暮らす人には。
生活。
ある。
仕事。
ある。
俺たちのために。
全部。
止められるわけじゃない。
「それは分かる」
俺。
最近。
少し。
成長。
した。
◇
「それで」
俺は。
聞く。
「何がそんなに忙しいの?」
門倉。
答える。
「鮭漁でございます」
「…………」
俺。
止まる。
今。
何て?
「鮭?」
「はい」
「魚の?」
「鮭でございます」
「…………」
俺。
記憶。
よみがえる。
前。
聞いた。
魚。
大事。
漁。
大事。
地図。
大事。
でも。
生活。
もっと。
大事。
あの時。
俺。
冗談で。
思った。
地図。
魚に。
負けるんじゃない?
◇
「待って」
俺。
門倉を見る。
「根室まで行くには」
「はい」
「人がいる」
「はい」
「船もいる」
「左様です」
「でも今は」
「鮭漁の時期でございます」
「人も船も」
「そちらに必要となります」
「だから」
「根室行きは断念いたします」
「…………」
俺。
黙る。
門倉。
見る。
海。
見る。
もう一回。
門倉。
見る。
「…………」
マジ?
「先生?」
◇
俺は。
思い出す。
幕府。
命令。
蝦夷地。
測量。
日本。
地図。
国家。
事業。
そんな。
でかい。
話。
俺。
今。
やってる。
その。
行程。
根室。
行けない。
理由。
鮭。
「…………」
俺は。
口を。
開く。
閉じる。
もう一回。
開く。
「鮭」
「はい」
「強くない?」
「何がでしょう?」
「なんでもない」
◇
でも。
考えれば。
当たり前。
ここに。
暮らす人たちに。
とって。
鮭。
食べ物。
仕事。
暮らし。
冬。
越すため。
必要。
なのかも。
しれない。
地図。
完成。
するのは。
ずっと。
先。
でも。
鮭漁。
今。
「…………」
そりゃ。
鮭だわ。
俺。
納得。
してしまった。
◇
でも。
納得。
したら。
したで。
面白い。
俺は。
笑いそうに。
なる。
だって。
日本地図。
作ろうとして。
根室。
行こうとして。
行けなかった。
理由。
「…………」
鮭。
駄目。
面白い。
「先生?」
門倉。
「何?」
「なぜ笑っておられるので?」
「いや」
俺。
我慢。
する。
でも。
無理。
「だって」
言う。
「日本地図だぞ?」
「はい」
「幕府の測量だぞ?」
「左様です」
「それが」
俺は。
言葉を。
止める。
鮭。
頭。
浮かぶ。
駄目。
笑う。
◇
「先生?」
「ごめん」
俺。
笑う。
「ちょっとだけ」
門倉。
分からない。
顔。
してる。
当然。
俺だけ。
知ってる。
未来。
日本。
地図。
伊能忠敬。
教科書。
載る。
有名人。
そんな。
すごい。
こと。
やってる。
でも。
今。
根室。
行けない。
「…………」
鮭。
俺。
肩。
震える。
◇
ウインドウ。
出る。
【第一次測量 蝦夷地】
【測量進捗率:25%】
「…………」
俺は。
見る。
昨日まで。
腹立った。
今日。
ちょっと。
違う。
「お前」
【…………】
「もしかして」
俺。
笑う。
「鮭に止められてる?」
【…………】
返事。
ない。
「そうだろ?」
【…………】
「二十五から増えないの」
【…………】
「鮭のせい?」
もちろん。
違うかも。
しれない。
でも。
今は。
そう思いたい。
◇
そして。
俺は。
気づく。
「…………」
待て。
これ。
俺。
前にも。
言った。
地図より。
魚。
冗談。
だった。
でも。
今。
本当に。
根室行き。
止まった。
鮭漁で。
「…………」
俺は。
空を見る。
歴史。
すごい。
いや。
伊能忠敬。
すごい。
いや。
鮭。
すごい。
何が。
すごいのか。
分からなくなってきた。
◇
門倉たちは。
帰路の。
準備。
始める。
俺も。
動く。
西。
帰る。
ついに。
帰る。
嬉しい。
でも。
頭。
まだ。
鮭。
◇
俺は。
荷を。
確認しながら。
呟く。
「日本地図」
誰も。
聞いてない。
「根室」
荷。
持つ。
「幕府」
置く。
そして。
最後。
「鮭」
俺。
止まる。
「…………」
やっぱり。
おかしい。
笑う。
◇
伊能忠敬。
五十五歳。
第一次測量。
本来。
さらに。
根室を。
目指す。
予定。
だった。
しかし。
根室行き。
断念。
理由。
鮭漁。
俺は。
その事実を。
噛み締める。
そして。
ついに。
言った。
「…………」
地図。
鮭に。
負けてんじゃん。




