第27話「地図より魚だわ」
朝。
今日も。
歩く。
当然のように。
歩く。
「…………」
もう。
驚かない。
朝。
起きる。
支度。
歩く。
測る。
記録。
夜。
天気が良ければ。
星。
「…………」
俺。
完全に。
測量隊の生活に。
染まってきてない?
少し。
怖い。
「先生」
門倉隼太が。
呼ぶ。
「何?」
「本日の人足についてですが」
「うん」
昨日までなら。
人足。
その言葉だけで。
少し。
安心した。
荷物。
運んでくれる。
案内。
してくれる。
馬。
貸してもらえる。
俺たちだけじゃ。
できないことを。
助けてもらう。
でも。
門倉の顔。
なんか。
いつもと違う。
「どうした?」
「少々、人数の確保に手間取っております」
「…………」
来た。
俺は。
思った。
ついに。
来た。
◇
「何人足りないの?」
俺は。
聞く。
門倉が。
説明する。
必要な人数。
馬。
案内。
全部。
いつでも。
簡単に。
揃うわけではない。
「…………」
俺は。
腕を組む。
「幕府の仕事なんだよね?」
「はい」
「測量だよね?」
「はい」
「大事な仕事だよね?」
「もちろんです」
「じゃあ」
俺は。
単純に。
思ったことを言う。
「頼めば来てくれるんじゃないの?」
門倉が。
俺を見る。
「先生」
「何?」
「この者たちにも仕事があります」
「…………」
俺は。
止まった。
◇
少しして。
現地の人たちを。
見る。
話している。
それぞれ。
やることが。
ある。
当たり前だ。
ここは。
俺たちのために。
存在している場所じゃない。
俺たちが。
来る前から。
人が。
暮らしている。
食べる。
働く。
家族。
養う。
その生活の中に。
突然。
俺たちが。
来る。
「地図作るから手伝って」
「…………」
俺は。
頭をかいた。
「そりゃ、いつでもいいよとはならないか」
門倉が。
俺を見る。
「何か?」
「いや」
今さら。
気づいた。
それだけ。
◇
俺たちは。
待った。
話をする。
調整する。
必要な人。
必要な馬。
すぐには。
決まらない。
「…………」
俺は。
座って。
待つ。
昨日まで。
思ってた。
人が必要なら。
借りればいい。
馬が必要なら。
借りればいい。
簡単。
そんなわけ。
なかった。
人を借りる。
って。
言葉は。
簡単。
でも。
人には。
その人の。
一日がある。
「…………」
現代でも。
同じだな。
急に。
明日来て。
そう言われても。
予定。
ある。
仕事。
ある。
家族。
ある。
「先生」
門倉が。
戻ってくる。
「どう?」
「もう少しかかりそうです」
「分かった」
俺は。
答えた。
門倉が。
少し。
俺を見る。
「何?」
「いえ」
「なんだよ」
「以前でしたら、まだかと仰るかと」
「…………」
俺は。
ちょっと。
ムッとする。
「俺だって成長するんだよ」
最近。
これ。
何回目だろう。
◇
待っている間。
俺は。
周囲を見る。
人。
動いてる。
仕事。
してる。
海。
見る。
「…………」
魚。
この辺りの人たちにとって。
海は。
景色じゃない。
生活。
なんだ。
俺たちは。
海岸線を見て。
測る。
曲がってる。
測る。
岬。
測る。
川。
測る。
でも。
ここに住む人は。
同じ海を見て。
魚。
天気。
波。
風。
そういうものを。
見てる。
「…………」
同じ場所でも。
全然。
違うんだな。
◇
ようやく。
人が。
揃う。
馬も。
準備できた。
「よし」
俺は。
立ち上がる。
「行こう」
門倉が。
頷く。
「はい」
測量開始。
いつもより。
遅い。
でも。
仕方ない。
歩く。
測る。
記録。
また。
歩く。
人足たちも。
動く。
馬も。
荷を運ぶ。
「…………」
俺は。
今日。
少しだけ。
見え方が違った。
この人たち。
俺たちの。
部下じゃない。
俺たちの。
旅のために。
生きているわけでもない。
自分たちの。
生活がある。
その時間を。
俺たちに。
貸してくれている。
「…………」
ありがたいな。
素直に。
そう思った。
◇
昼。
休憩。
一緒に。
飯を食う。
俺は。
聞いてみる。
この辺りのこと。
海。
魚。
仕事。
いろいろ。
話を聞く。
全部。
俺の知らない。
蝦夷地。
地図には。
描けない。
生活。
「…………」
俺。
地図を。
作ってる。
でも。
地図に。
人は。
描かれない。
道。
海岸。
川。
山。
村。
そういうものは。
残る。
でも。
今日。
荷物を運んでくれた人の。
名前。
たぶん。
未来の地図には。
残らない。
「…………」
なんか。
不思議だな。
◇
午後。
測量。
続く。
予定より。
遅れている。
俺は。
ウインドウを見る。
【第一次測量 蝦夷地】
【測量進捗率:23%】
「…………」
まだ。
二十三。
でも。
今日は。
いつもほど。
腹が立たなかった。
進まない。
理由。
ある。
俺たちの。
都合だけでは。
進めない。
「…………」
地図作りって」
俺は。
呟く。
「人間相手の仕事でもあるんだな」
門倉が。
振り返る。
「何か仰いましたか?」
「いや」
俺は。
歩く。
◇
夕方。
今日の測量を。
終える。
思ったほど。
進まなかった。
でも。
進んだ。
俺は。
人足たちに。
礼を言う。
「ありがとう」
前より。
自然に。
言えた。
相手が。
頭を下げる。
俺も。
下げる。
「先生」
門倉が。
声をかける。
「何?」
「明日以降も、場所によっては人馬の確保に時間を要するかもしれません」
「うん」
俺は。
頷く。
そして。
聞く。
「もっと集まらないこともある?」
「あるでしょう」
「一人も?」
「時期によっては」
「…………」
俺は。
少し。
考える。
「みんな忙しい時期とか?」
「もちろんです」
「例えば?」
門倉が。
答える。
「漁の最盛期などは」
「…………」
漁。
俺は。
海を見る。
さっき。
考えた。
この海。
俺たちには。
測るもの。
でも。
この人たちには。
生活。
「そりゃ」
俺は。
苦笑する。
「地図より魚だわ」
門倉が。
俺を見る。
「先生?」
「いや」
分かる。
俺だって。
この人たちなら。
魚を。
選ぶ。
地図は。
今日じゃなくても。
測れる。
でも。
魚は。
待ってくれない。
「…………」
俺は。
海を見る。
そして。
ふと。
嫌なことを。
思った。
「門倉」
「はい」
「もしさ」
「はい」
「俺たちが、人も馬もめちゃくちゃ必要な時に」
「はい」
「ちょうど漁の一番忙しい時期が来たら?」
「…………」
門倉が。
黙った。
「…………」
俺も。
黙った。
波の音。
聞こえる。
「門倉?」
「その時は」
出た。
嫌な。
始まり。
「可能な方法を考えます」
「やっぱり!」
俺は。
頭を抱えた。
「それ絶対なんか起きるやつじゃん!」
◇
宿へ。
向かう。
俺は。
歩きながら。
海を見る。
魚。
人。
馬。
測量。
地図。
全部。
同じ場所に。
ある。
でも。
優先するものは。
人によって。
違う。
「…………」
伊能忠敬。
日本を。
測った。
教科書なら。
一行。
でも。
実際は。
地図を作る前に。
人を集める。
馬を借りる。
道を聞く。
泊めてもらう。
飯を食う。
そして。
みんなの生活の。
邪魔をしないように。
進まなきゃいけない。
「…………」
面倒くさ。
思わず。
本音。
出た。
門倉が。
振り返る。
「何か?」
「いや」
俺は。
笑う。
「日本地図作るの、思ってた百倍面倒くさいなって」
「今さらですか?」
「お前が言うな!」
門倉が。
少し。
笑った。
俺も。
笑った。
そして。
海を見る。
漁。
か。
なんとなく。
嫌な予感がする。
ものすごく。
嫌な予感。
でも。
今は。
まだ。
知らない。
この先。
俺たちの測量が。
本当に。
魚に。
負ける日が来ることを。




