第22話「道ってどこ?」
「道が分からないのに地図作ってるんだよな!?」
俺の声が。
蝦夷地の海岸に響いた。
門倉隼太は。
いつもの顔で。
答えた。
「左様ですが」
「怖くない!?」
「何がでしょう?」
「全部だよ!」
考えてみれば。
当たり前だ。
俺たちは。
地図を作っている。
つまり。
これから行く場所の。
正確な地図は。
ない。
「…………」
今まで。
あまり。
考えないようにしていた。
というか。
考える余裕がなかった。
歩く。
測る。
星を見る。
寒い。
暑い。
川。
怖い。
それだけで。
頭がいっぱいだった。
でも。
一度。
気づいてしまうと。
怖い。
「門倉」
「はい」
「今日の目的地は?」
門倉が。
答える。
俺は。
さらに聞く。
「そこまでの道は?」
「現地の者に確認いたします」
「…………」
やっぱり。
知らないんじゃん。
◇
翌朝。
俺たちは。
出発の準備をしていた。
そして。
そこには。
見慣れない男がいた。
「この者に案内を頼みます」
門倉が言う。
「案内?」
「はい」
俺は。
男を見る。
現地の人。
この辺りの。
地形を。
よく知っているらしい。
「…………」
なるほど。
そういうことか。
地図がない。
でも。
そこに住んでいる人は。
道を知っている。
川を知っている。
危ない場所を知っている。
歩ける場所を知っている。
「先生」
「ん?」
「参りましょう」
「ああ」
俺は。
案内役の後ろを。
歩き出した。
◇
しばらく。
進む。
俺は。
妙な気分だった。
先頭。
現地の案内役。
その後ろ。
俺たち。
測量隊。
「…………」
俺は。
門倉に近づく。
「なあ」
「はい」
「俺たち、地図作る人だよな?」
「はい」
「案内されてるけど」
「はい」
「…………」
なんか。
負けた気がする。
「先生?」
「いや」
分かってる。
違う。
勝ち負けじゃない。
でも。
現代の感覚だと。
地図を作る人。
イコール。
道を知ってる人。
そんな。
イメージがある。
実際は。
逆。
知らないから。
調べる。
知らないから。
聞く。
知らないから。
測る。
「…………」
当たり前か。
◇
案内役が。
足を止めた。
何かを。
話す。
門倉たちが。
確認する。
俺も。
近づく。
「何?」
「この先ですが」
門倉が。
指を差す。
「海沿いは進みにくいとのことです」
「じゃあ?」
「こちらから回ります」
「…………」
俺は。
その方向を見る。
道。
「…………」
ない。
少なくとも。
俺には。
見えない。
草。
土。
木。
以上。
「どこ?」
「何がでしょう?」
「道」
門倉が。
指を差す。
「あちらです」
「…………」
俺は。
見る。
草。
土。
木。
「どこ?」
「ですから、あちらです」
「俺には自然しか見えないんだけど!」
案内役が。
不思議そうに。
俺を見る。
恥ずかしい。
◇
進む。
確かに。
歩ける。
言われなければ。
絶対に。
分からない。
「…………」
すごいな。
俺は。
案内役の背中を見る。
迷わない。
当たり前のように。
進んでいく。
「この人」
俺は。
門倉に聞く。
「全部覚えてるの?」
「この辺りで暮らしている者ですから」
「…………」
暮らしている。
その一言で。
少し。
分かった。
俺たちには。
知らない土地。
でも。
この人には。
生活する場所。
どこに。
川がある。
どこが。
危ない。
どこを。
通れる。
全部。
暮らすために。
必要な知識。
「地図がなくても」
俺は。
呟く。
「道って分かるんだな」
門倉が。
俺を見る。
「当然では?」
「現代人には当然じゃないんだよ」
「げんだい?」
「何でもない!」
危ない。
また。
口が滑った。
◇
測量を。
始める。
案内役から。
話を聞く。
地形。
道。
川。
俺たちは。
確認する。
そして。
測る。
距離。
方角。
記録。
また。
進む。
「…………」
俺は。
昨日までとは。
少し違う気持ちで。
作業を見ていた。
地図。
俺たちだけで。
作ってるんじゃない。
既存の地図。
あった。
現地の情報。
使う。
案内してくれる人。
いる。
人足。
必要。
そして。
俺たちが。
測る。
「…………」
いろんな人の。
知っていることを。
集めて。
測って。
一枚の紙に。
していく。
そういう。
仕事なのか。
「先生」
宗平が。
記録を持ってくる。
「こちらを」
「ああ」
確認。
俺にも。
少しずつ。
分かるようになってきた。
「ここ?」
「はい」
俺は。
周囲を見る。
さっきまで。
ただの。
草と土にしか。
見えなかった場所。
でも。
今は。
違う。
ここを。
通った。
ここを。
測った。
ここが。
地図になる。
「…………」
面白いな。
また。
思ってしまった。
◇
昼。
休憩。
案内役も。
一緒に。
食事をする。
俺は。
聞いてみた。
この先のこと。
川。
道。
土地。
いろいろ。
教えてくれる。
「…………」
俺。
この人が。
いなかったら。
普通に。
迷うな。
間違いなく。
迷う。
現代なら。
スマホ。
出す。
地図アプリ。
開く。
現在地。
青い点。
目的地。
検索。
経路。
表示。
「…………」
便利だったな。
俺は。
遠い目をする。
「先生?」
門倉が。
見る。
「いや」
俺は。
空を見る。
「Googleマップ欲しいなって」
「ぐうぐる……?」
「あ」
やばい。
「何でしょう?」
「忘れて」
「はあ」
俺は。
ため息をつく。
Googleマップ。
欲しい。
めちゃくちゃ。
欲しい。
現在地。
知りたい。
距離。
知りたい。
目的地。
知りたい。
道。
知りたい。
全部。
教えてくれる。
「…………」
その時。
気づいた。
待て。
俺。
何言ってる?
Googleマップ。
地図。
「…………」
俺たち。
今。
何してる?
地図。
作ってる。
「…………」
俺は。
頭を抱えた。
「先生?」
「門倉」
「はい」
「俺さ」
「はい」
「地図が欲しいんだよ」
「左様ですか」
「でも」
俺は。
測量器具を見る。
「俺たちが地図作ってるんだよな」
「左様です」
「…………」
俺は。
空を見る。
「Googleマップ作る側だったわ」
「ぐうぐるまっぷとは?」
「もういい!」
◇
午後。
測量を。
続ける。
案内。
測る。
記録。
歩く。
また。
案内。
測る。
記録。
俺は。
だんだん。
理解してきた。
案内役が。
道を知っている。
でも。
距離を。
正確に測っているわけじゃない。
方角を。
測量しているわけじゃない。
俺たちは。
それを。
数字にする。
記録にする。
地図にする。
「…………」
役割が。
違うんだ。
どっちが。
上でも。
下でもない。
知らないことを。
知っている人に。
聞く。
そして。
自分たちにしか。
できないことを。
する。
「…………」
伊能忠敬。
全部。
一人で。
やったんじゃないんだな。
当たり前。
なんだけど。
俺は。
知らなかった。
◇
夕方。
今日の測量が。
終わる。
ウインドウ。
【第一次測量 蝦夷地】
【測量進捗率:23%】
「…………」
変わらない。
朝も。
二十三。
今も。
二十三。
「今日めちゃくちゃ歩いたよね?」
【23%】
「測ったよね?」
【23%】
「道なき道まで歩いたよね?」
【23%】
「…………」
俺は。
ウインドウを見る。
「一パーセント重すぎない?」
当然。
返事は。
ない。
◇
宿へ。
戻る前。
俺は。
今日。
案内してくれた人を見る。
「ありがとう」
頭を。
下げる。
俺は。
伊能忠敬。
この時代なら。
偉い側。
なのかもしれない。
でも。
知らない土地では。
俺は。
何も知らない。
だから。
教えてもらう。
案内してもらう。
そして。
測る。
それで。
いい。
「先生」
門倉が。
呼ぶ。
「行こう」
「はい」
歩き出す。
少しして。
俺は。
聞いた。
「門倉」
「はい」
「明日も案内してもらえるの?」
「必要であれば」
「よかった」
本気で。
安心した。
「もう道ないところ一人で歩けないから」
門倉が。
少し。
笑った。
「先生」
「何?」
「この先は、さらに人の助けが必要になるでしょう」
「…………」
俺は。
止まった。
「さらに?」
「はい」
「今日以上に?」
「人足や馬なども必要になります」
「…………」
また。
新しい単語。
人足。
馬。
俺は。
嫌な予感しかしない。
「門倉」
「はい」
「それって」
俺は。
恐る恐る。
聞く。
「ちゃんと集まるんだよね?」
門倉は。
少し。
黙った。
「…………」
出た。
その沈黙。
俺。
知ってる。
ろくなことに。
ならない。
「門倉?」
「土地と時期によります」
「それ一番怖い答え!」
俺は。
空を見る。
残り。
七十七パーセント。
道。
分からない。
人。
必要。
馬。
必要。
そして。
それが。
集まる保証。
なし。
「…………」
伊能忠敬。
俺は。
心の中で。
本物の伊能忠敬に。
聞いた。
よくこれで日本全部測ろうと思ったな!?




