第21話「八月だよね?」
朝。
目が覚めた。
「…………」
俺は。
天井を見る。
そして。
昨日のことを。
思い出した。
【第一次測量 蝦夷地】
【測量進捗率:22%】
「…………」
夢じゃなかった。
たぶん。
残り。
七十八パーセント。
俺は。
布団の中で。
目を閉じた。
「…………」
もう一回寝ようかな。
寝たら。
二十二が。
三十くらいになってないかな。
ならない。
知ってる。
自分で。
歩かなきゃ。
増えない。
「はぁ……」
起きる。
身体。
重い。
足。
痛い。
いつものこと。
「よし」
俺は。
自分に言い聞かせる。
一歩ずつ。
昨日。
決めた。
今日。
全部やる必要はない。
一歩進めば。
一歩分。
地図が完成する。
「行くか」
少しだけ。
格好よく。
言ってみた。
その時。
「先生」
門倉隼太が。
入ってきた。
「おはよう」
「おはようございます」
「今日も行くぞ」
門倉が。
一瞬。
止まった。
「何?」
「いえ」
「なんだよ」
「先生から、そのお言葉を聞くとは」
「俺だって成長するんだよ!」
昨日も。
似たようなこと。
言った気がする。
でも。
いい。
今日は。
やる気がある。
残り。
七十八パーセント。
長い。
でも。
やる。
「準備しよう」
「はい」
門倉が言った。
「本日は冷えますので、袷を」
「…………」
俺は。
止まった。
「何?」
「袷を」
「…………」
また?
◇
俺は。
外へ出た。
「寒っ!」
冷たい風。
俺の身体を。
抜けていく。
「…………」
待て。
待て待て待て。
この感じ。
知ってる。
つい最近。
経験した。
「門倉」
「はい」
「今、何月?」
「八月です」
「…………」
七月ですら。
なくなった。
八月。
夏。
ど真ん中。
「寒いんだけど」
「ヤマセ風ですな」
「ヤマセ?」
「はい」
「何それ?」
「東より吹く、冷たい風です」
「…………」
俺は。
風を見る。
当然。
見えない。
でも。
腹が立つ。
「お前か」
「先生?」
「こいつが犯人か」
また。
風が吹く。
「寒っ!」
俺は。
身体を縮める。
「袷をお召しになった方が」
「着るよ!」
もう。
学んだ。
寒いのに。
意地を張る必要はない。
俺は。
袷を着る。
「…………」
暖かい。
悔しい。
でも。
暖かい。
「門倉」
「はい」
「昨日まで暑かったよね?」
「暑い日もございましたな」
「それで今日これ?」
「蝦夷地ですので」
「その言葉万能すぎるだろ!」
◇
測量開始。
歩く。
測る。
記録。
また。
歩く。
風。
吹く。
「寒っ!」
歩く。
測る。
風。
「寒っ!」
記録。
風。
「寒い!」
宗平が。
俺を見る。
「先生」
「何?」
「先ほどから寒いとしか申されておりません」
「寒いからな!」
事実を。
言っているだけだ。
「八月だぞ」
俺は。
歩きながら。
ぶつぶつ言う。
「現代だったら夏休みだぞ」
海。
プール。
かき氷。
冷房。
蝉。
そういう。
季節。
のはず。
俺。
今。
袷。
着てる。
「…………」
意味。
分からん。
◇
ウインドウが。
現れる。
【第一次測量 蝦夷地】
現在地:虻田周辺
史実との差:0日
タイムパラドックス発生リスク:0.014%
そして。
昨日から。
増えた項目。
【測量進捗率:22%】
「…………」
俺は。
見る。
二十二。
「まだ二十二か」
当然。
朝から。
そんなに。
歩いていない。
でも。
一度。
数字が見えるようになると。
気になる。
ものすごく。
気になる。
「なあ」
【…………】
「あと何歩で二十三?」
【表示対象外】
「そこ教えろよ!」
門倉が。
振り返る。
「先生?」
「なんでもない!」
俺は。
歩く。
二十二。
二十二。
二十二。
「…………」
ゲームだったら。
経験値バー。
あるのにな。
あと。
どれくらいで。
レベルアップ。
分かる。
でも。
こいつ。
パーセントだけ。
「中途半端にゲームっぽくするなよ……」
◇
しばらく。
測量を続ける。
冷たい風。
吹く。
海岸。
歩く。
測る。
記録。
そして。
また。
歩く。
「…………」
俺は。
ふと。
気づいた。
文句は。
言っている。
めちゃくちゃ。
言っている。
でも。
足は。
止まっていない。
最初の頃なら。
寒い。
帰る。
無理。
そんなこと。
言っていた。
今は。
「寒っ!」
言いながら。
測ってる。
「…………」
慣れって。
怖いな。
◇
昼。
風を避けられる場所で。
休む。
食事。
温かいものを。
口に入れる。
「うま……」
身体が。
温まる。
やっぱり。
寒い時の。
温かい飯。
強い。
俺は。
周りを見る。
門倉。
宗平。
秀蔵。
吉助。
長助。
みんな。
食べている。
「…………」
六人。
俺たち。
六人しか。
いないんだよな。
昨日。
広い海岸線を見た。
残り。
七十八パーセント。
そして。
今。
改めて見る。
六人。
「…………」
待てよ。
俺は。
箸を止めた。
「門倉」
「はい」
「俺たちって」
「はい」
「何人?」
門倉が。
不思議そうな顔をする。
「六人ですが」
「だよね」
数える。
俺。
門倉。
宗平。
秀蔵。
吉助。
長助。
六。
間違いない。
「…………」
俺は。
昨日見た。
海岸線を思い出す。
広い。
めちゃくちゃ。
広い。
【測量進捗率:22%】
そして。
六人。
「…………」
門倉」
「はい」
「これ」
俺は。
周囲を指す。
「六人でやる仕事?」
沈黙。
「先生?」
「いや」
急に。
ものすごく。
気になった。
日本。
測る。
蝦夷地。
測る。
六人。
「少なくない?」
「現地で人足などの助力も得ます」
「そうなの?」
「はい」
「…………」
よかった。
さすがに。
全部。
六人じゃない。
俺は。
安心する。
でも。
次の瞬間。
思う。
現地で。
人を借りる。
つまり。
その人たちが。
いないと。
進めない?
「門倉」
「はい」
「その人たちって、いつでも借りられるの?」
「それは土地や時期によります」
「…………」
嫌な言い方。
覚えた。
俺。
門倉の。
嫌な言い方。
分かるようになってきた。
「つまり?」
「必要な人数を得られぬこともあるでしょう」
「…………」
俺は。
食事を再開した。
聞かなかったことにした。
今。
考える必要はない。
たぶん。
そのうち。
困る。
絶対。
困る。
◇
午後。
再び。
歩く。
測る。
記録。
冷たい風。
相変わらず。
吹いている。
「寒っ」
でも。
歩く。
その時。
ウインドウ。
【測量進捗率:22%】
「…………」
まだ。
二十二。
俺は。
少し。
ムッとする。
「結構歩いたぞ」
【22%】
「測ったぞ」
【22%】
「寒い中頑張ってるぞ」
【22%】
「…………」
腹立つ。
数字に。
感情なんて。
ない。
分かってる。
でも。
腹立つ。
「先生」
門倉が。
呼ぶ。
「何?」
「参ります」
「うん」
歩く。
また。
一歩。
さらに。
一歩。
その時。
表示が。
変わった。
【測量進捗率:23%】
「…………」
俺は。
止まった。
「お」
二十三。
たった。
一。
増えただけ。
でも。
「上がった」
ちょっと。
嬉しい。
「先生?」
「二十三になった」
「何がでしょう?」
「こっちの話」
俺は。
笑った。
昨日。
二十二。
今日。
二十三。
たった。
一パーセント。
でも。
進んだ。
「よし」
俺は。
前を見る。
「行こう」
「はい」
また。
歩く。
◇
夕方。
今日の測量を。
終える。
俺は。
空を見る。
まだ。
寒い。
「…………」
八月。
なんだよな。
何度。
確認しても。
八月。
「門倉」
「はい」
「明日は?」
「何がでしょう?」
「暑い? 寒い?」
門倉が。
空を見る。
「分かりませぬ」
「…………」
だよね。
もう。
期待しない。
俺は。
袷を見る。
「明日の服」
「はい」
「起きてから決めるわ」
門倉が。
少し。
笑った。
俺も。
笑う。
蝦夷地。
暑い。
寒い。
雨。
風。
何が来るか。
分からない。
そして。
残り。
七十七パーセント。
「…………」
長いな。
本当に。
長い。
でも。
昨日より。
一パーセント。
進んだ。
それで。
いい。
俺は。
宿へ戻ろうとする。
その時。
門倉が。
言った。
「先生」
「何?」
「明日以降ですが」
「うん」
「道中、現地の者に案内を頼むことになるかと」
「案内?」
「はい」
「…………」
俺は。
昼の会話を。
思い出した。
現地。
人足。
助力。
「門倉」
「はい」
「まさか」
俺は。
嫌な予感がして。
聞いた。
「道、分からないの?」
門倉は。
普通に答えた。
「分からぬ場所もございます」
「…………」
俺は。
固まった。
地図を。
作っている。
俺たちが。
これから。
通る道を。
知らない。
「…………」
そりゃそうか。
地図。
ないんだもんな。
俺は。
頭を抱えた。
「今さらだけど!」
門倉が。
こちらを見る。
「何でしょう?」
「俺たち!」
声が。
大きくなる。
「道が分からないのに地図作ってるんだよな!?」
「左様ですが」
「怖っ!」
残り。
七十七パーセント。
その先に。
道があるかどうかすら。
俺は。
知らない。




