第20話「やっぱ蝦夷地広いわ」
朝。
目が覚めた。
「…………」
俺は。
身体を起こす。
足。
痛い。
腰。
痛い。
肩。
重い。
「…………」
いつも通り。
もう。
この状態を。
いつも通りと思っている時点で。
何かがおかしい。
でも。
今日は。
少しだけ。
機嫌がいい。
昨日。
地図を見た。
既にある。
東蝦夷の図。
最初は。
思った。
地図あるじゃん!
じゃあ帰ろう!
でも。
違った。
既にある地図。
現地の人たちの情報。
そして。
俺たちが。
実際に歩いて。
測った記録。
それを。
比べる。
直す。
繋げる。
そうやって。
地図を作る。
俺たちが歩いた場所が。
線になる。
その線が。
いつか。
日本になる。
「…………」
ちょっと。
見てみたい。
俺たちが作った。
日本地図。
そんなことまで。
思うようになった。
「俺」
呟く。
「結構、伊能忠敬してない?」
自分で言って。
少し。
笑った。
◇
「先生」
門倉隼太が来た。
「おはよう」
「おはようございます」
俺は。
立ち上がる。
「門倉」
「はい」
「ちょっと聞きたい」
「何でしょう」
「俺たち」
「はい」
「結構歩いたよね?」
門倉が。
俺を見る。
「歩いておりますな」
「だよね!」
江戸を出た。
歩いた。
ひたすら。
歩いた。
船にも乗った。
酔った。
蝦夷地に着いた。
測った。
夜。
星を測った。
象限儀。
壊れた。
直した。
また。
測った。
夜十一時半過ぎまで。
星を測った。
雨。
降った。
川。
増えた。
渡った。
死ぬかと思った。
七月なのに。
寒かった。
袷を着た。
次の日。
暑かった。
単衣になった。
そして。
地図まで。
写した。
「…………」
思い出すだけで。
疲れる。
「相当進んだよね?」
「進んではおります」
「だよね!」
俺は。
ちょっと。
嬉しくなる。
もしかして。
俺。
思っているより。
頑張ってる?
「じゃあさ」
俺は。
聞いた。
「蝦夷地の測量」
「はい」
「あとどれくらい?」
門倉が。
少し。
黙った。
「…………」
嫌な沈黙。
最近。
分かる。
門倉が。
こういう顔をした時。
大体。
ろくな答えが返ってこない。
「門倉」
「はい」
「あとどれくらい?」
「まだ先はございます」
「…………」
俺は。
笑った。
「いやいや」
そんな。
曖昧な。
答えじゃなくて。
「結構進んだじゃん」
「はい」
「蝦夷地に入ってからも、かなり歩いたじゃん」
「左様ですな」
「じゃあ」
俺は。
期待する。
「もう半分くらい?」
「…………」
門倉が。
俺を見る。
「何?」
「先生」
「何?」
「参りましょう」
「待て」
逃げた。
今。
絶対。
逃げた。
「門倉」
「はい」
「今の質問に答えて」
「道中で」
「今!」
◇
結局。
出発した。
歩く。
測る。
記録する。
また。
歩く。
でも。
今日は。
集中できない。
「…………」
あと。
どれくらい?
気になる。
ものすごく。
気になる。
俺の感覚では。
かなり進んだ。
そりゃ。
蝦夷地は。
広い。
知ってる。
現代の。
日本地図でも。
北海道は。
でかい。
でも。
俺。
かなり歩いたよ?
「…………」
半分。
いや。
そこまでじゃなくても。
四割。
三割。
さすがに。
それくらいは。
終わってるだろ。
その時。
目の前に。
ウインドウ。
【第一次測量 蝦夷地】
現在地:虻田周辺
史実との差:0日
タイムパラドックス発生リスク:0.014%
「…………」
俺は。
表示を見る。
「おい」
【…………】
「残りは?」
【表示対象外】
「役に立たねえ!」
本当に。
こいつ。
余計な数字は。
見せるくせに。
知りたいことは。
教えてくれない。
◇
昼。
休憩。
俺は。
食事をしながら。
宗平の記録を見る。
「宗平」
「はい」
「今までの行程って分かる?」
「もちろんです」
「見せて」
記録を。
受け取る。
見る。
「…………」
日付。
場所。
距離。
測量。
天測。
いろいろ。
書いてある。
俺は。
最初から。
追っていく。
「…………」
歩いてる。
本当に。
歩いてる。
毎日。
毎日。
毎日。
俺。
頑張ってる。
「すごくない?」
「何がでしょう?」
「これ」
記録を。
指差す。
「こんなに歩いたんだぞ?」
宗平が。
少し笑う。
「まだまだこれからです」
「…………」
俺は。
止まった。
「何?」
「まだまだ」
「はい」
「これから?」
「はい」
「…………」
門倉だけじゃ。
なかった。
こいつら。
全員。
同じこと言う。
◇
俺は。
頭の中に。
現代の日本地図を。
思い浮かべた。
北海道。
でかい。
ものすごく。
でかい。
そして。
俺たちは。
海岸線を。
測っている。
ただ。
目的地まで。
最短距離で。
進んでいるわけじゃない。
海岸。
地形。
一つずつ。
追っている。
「…………」
待て。
嫌なことに。
気づいた。
「門倉」
「はい」
「俺たちさ」
「はい」
「真っ直ぐ目的地まで行くわけじゃないよね?」
「測量ですので」
「海岸線に沿うよね?」
「もちろんです」
「…………」
俺は。
頭を抱えた。
「距離伸びるじゃん!」
「当然かと」
「当然って言うな!」
地図で。
見るのと。
実際に。
海岸線を。
歩くのは。
全然違う。
入り組んでいる。
曲がっている。
出っ張っている。
その一つ一つ。
測る。
「…………」
日本。
俺は。
呟いた。
「形、複雑すぎない?」
誰だ。
こんな形にした奴。
自然だ。
知ってる。
◇
午後。
測量再開。
歩く。
測る。
記録。
また。
歩く。
俺は。
海岸を見る。
昨日までと。
少し。
見え方が違った。
綺麗。
だけじゃない。
「あそこ」
曲がっている。
つまり。
測る。
「あっち」
また。
曲がる。
つまり。
測る。
「…………」
海岸線。
全部。
仕事に見えてきた。
「最悪だ……」
「先生?」
「景色を純粋に楽しめなくなってきた」
門倉が。
首を傾げる。
「こちらの海岸も測ります」
「ほら!」
また。
仕事。
◇
夕方。
少し高い場所から。
海を見る。
俺は。
立ち止まった。
広い。
本当に。
広い。
水平線。
ずっと。
続いている。
その横に。
海岸線。
ずっと。
続いている。
俺たちは。
あれを。
測っていく。
一つずつ。
「…………」
気が遠くなる。
「先生」
門倉が。
隣に来た。
「何?」
「お疲れですか?」
「疲れてる」
即答。
でも。
それだけじゃない。
「門倉」
「はい」
「これ」
俺は。
海岸線を指す。
「全部測るんだよな?」
「はい」
「この先も?」
「はい」
「ずっと?」
「必要な限り」
「…………」
俺は。
ため息をついた。
やっぱり。
伊能忠敬。
頭おかしい。
こんなの。
見たら。
普通。
帰るだろ。
無理。
って。
言うだろ。
でも。
実際の伊能忠敬は。
歩いた。
測った。
続けた。
そして。
地図を。
残した。
「…………」
なんでだろうな。
俺は。
海を見る。
なんで。
そこまで。
できたんだろう。
まだ。
俺には。
分からない。
◇
その時。
ウインドウが。
現れた。
【第一次測量 蝦夷地】
現在地:虻田周辺
史実との差:0日
タイムパラドックス発生リスク:0.014%
そして。
その下。
今まで。
一度も。
表示されたことのない。
項目。
【測量進捗率を表示します】
「…………」
俺は。
目を見開いた。
「お?」
来た。
ついに。
来た。
「お前!」
俺は。
ウインドウを見る。
「やればできるじゃん!」
門倉が。
こちらを見る。
「先生?」
「気にするな!」
俺は。
期待する。
結構。
歩いた。
相当。
頑張った。
半分。
いや。
そこまで。
欲張らない。
四割。
それくらい。
行ってても。
おかしくない。
そして。
数字が。
表示された。
【第一次測量 蝦夷地】
【測量進捗率:22%】
「…………」
俺は。
黙った。
もう一度。
見る。
【測量進捗率:22%】
「…………」
目を。
こする。
もう一度。
見る。
【測量進捗率:22%】
変わらない。
「…………」
俺は。
計算する。
百。
引く。
二十二。
「…………」
七十八。
残り。
七十八。
「…………」
俺は。
門倉を見る。
「先生?」
「門倉」
「はい」
「俺たち」
「はい」
「結構歩いたよね?」
「はい」
「川も渡ったよね?」
「はい」
「夜十一時半まで星測ったよね?」
「左様ですな」
「寒かったよね?」
「はい」
「暑かったよね?」
「はい」
「地図も写したよね?」
「はい」
俺は。
ウインドウを見る。
【測量進捗率:22%】
そして。
叫んだ。
「まだ七十八パーセント残ってんじゃん!」
俺の声が。
蝦夷地の海岸に。
響いた。
◇
俺は。
その場に。
座り込んだ。
「無理」
久しぶりに。
出た。
この言葉。
「無理」
もう一回。
「先生」
「無理」
「先生」
「俺、頑張ったよ?」
「はい」
「めちゃくちゃ頑張ったよ?」
「はい」
「二十二って何!?」
門倉には。
見えない。
でも。
俺の絶望だけは。
伝わったらしい。
黙って。
待ってくれている。
「…………」
二十二。
俺は。
ウインドウを見る。
たった。
二十二。
逆に言えば。
七十八。
これから。
今までの。
三倍以上。
まだ。
ある。
「…………」
俺。
今まで。
何してたんだろ。
いや。
測量だ。
知ってる。
「これで二十二……」
俺は。
海を見る。
長い。
ものすごく。
長い。
この先。
まだ。
知らない土地が。
続いている。
そして。
第一次測量が。
終わっても。
日本地図は。
完成しない。
俺は。
それも。
知っている。
「…………」
考えるな。
それ以上。
考えたら。
本当に。
動けなくなる。
◇
しばらく。
座っていた。
波の音。
聞こえる。
俺は。
自分の足を見る。
痛い。
ずっと。
歩いてきた足。
「…………」
二十二パーセント。
少ない。
めちゃくちゃ。
少ない。
でも。
ゼロじゃない。
俺が。
伊能忠敬になった日。
あの日は。
ゼロだった。
歩きたくない。
無理。
帰りたい。
門倉に。
首根っこを掴まれて。
引きずられた。
そこから。
二十二。
俺たちが。
歩いた分。
俺たちが。
測った分。
ちゃんと。
進んでいる。
「…………」
二十二か。
今度は。
少し。
違って見えた。
まだ。
七十八。
じゃない。
もう。
二十二。
「先生?」
門倉が。
声を掛ける。
俺は。
膝に手を置く。
そして。
立ち上がった。
「行こう」
自分でも。
少し。
驚いた。
以前なら。
駄々をこねた。
帰りたい。
歩きたくない。
引っ張られて。
連れていかれた。
でも。
今。
残りを。
知った。
七十八パーセント。
絶望した。
それでも。
「行こう」
もう一度。
言った。
門倉が。
少しだけ。
笑う。
「はい」
俺は。
一歩。
踏み出した。
その瞬間。
ウインドウ。
【測量進捗率:22%】
変わらない。
「…………」
当たり前か。
一歩で。
一パーセント増えたら。
苦労しない。
でも。
俺は。
思った。
俺の一歩なんて。
小さい。
本当に。
小さい。
蝦夷地全部から見れば。
何でもない。
でも。
一歩。
進めば。
一歩分。
地図が。
完成に近づく。
今日。
七十八パーセント。
全部やる必要はない。
明日。
全部やる必要もない。
一歩ずつ。
測ればいい。
そうすれば。
いつか。
二十二が。
二十三になる。
五十になる。
九十になる。
そして。
百になる。
「…………」
それなら。
俺にも。
できるかもしれない。
俺は。
海岸線を見る。
長い。
本当に。
長い。
「門倉」
「はい」
「やっぱりさ」
「何でしょう?」
「七十八パーセントは長すぎない?」
「何のお話でしょう?」
「こっちの話!」
俺たちは。
また。
歩き出した。
第一次測量。
蝦夷地。
【測量進捗率:22%】
まだ。
七十八パーセント。
残っている。
でも。
俺は。
初めて。
残りの長さを知った上で。
自分から。
次の一歩を。
踏み出した。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
第20話まで来ました。
歩いて。
測って。
夜遅くまで星を見て。
川を越えて。
寒さにも暑さにも振り回されて。
ようやくここまで来た浩哉。
そして――
第一次測量・蝦夷地、進捗率22%。
まだ78%残っています。
作者も調べながら思いました。
やっぱ蝦夷地広いわ。
でも「もう歩きたくない」と言っていた浩哉も、少しずつ変わってきています。
第一次測量はまだまだ続きます。
この先も史実に振り回される浩哉と、一緒に笑っていただけたら嬉しいです。
面白かった、続きが気になると思っていただけましたら、コメント・ブックマークもよろしくお願いします!
皆さんの反応が、作者の励みになります。
それでは第21話へ。
浩哉、頑張れ。
歩くのは君だから。




