第19話「地図あるじゃん!」
虻田。
俺たちは。
また。
新しい土地へ来た。
昨日。
門倉に言われた。
「虻田方面へ向かいます」
そして。
俺は。
思った。
何があるんだろう。
少しだけ。
楽しみだった。
「…………」
本当に。
変わったな。
俺。
最初は。
目的地を聞くたび。
遠い?
何日?
歩くの?
それしか。
考えていなかった。
今は。
知らない土地の名前を聞くと。
少し。
気になる。
どんな場所?
どんな人がいる?
何を食べてる?
そして。
何がある?
「先生」
門倉隼太が。
声を掛ける。
「何?」
「こちらへ」
「うん」
俺は。
門倉についていく。
すると。
そこに。
あった。
「…………」
俺は。
止まった。
もう一度。
見る。
紙。
そこに。
描かれているもの。
「…………」
待て。
俺は。
近づいた。
「これ」
門倉を見る。
「はい」
「地図?」
「左様です」
「…………」
俺は。
地図を見る。
門倉を見る。
また。
地図を見る。
「地図?」
「はい」
「蝦夷地の?」
「東蝦夷の図です」
「…………」
数秒。
頭が。
止まった。
そして。
理解した。
「地図あるじゃん!」
声が出た。
かなり。
大きな声が。
◇
「門倉!」
「はい」
「地図ある!」
「ございますな」
「あるじゃん!」
「はい」
「なんで!?」
「何故と言われましても」
俺は。
地図を指差す。
「俺たち何してるの!?」
「測量です」
「地図あるじゃん!」
「ございます」
「じゃあ帰ろう!」
「帰りません」
「即答!」
待て。
おかしい。
俺が。
伊能忠敬になってから。
どれだけ。
歩いた?
江戸を出た。
北へ。
ひたすら。
歩いた。
船にも乗った。
酔った。
蝦夷地。
着いた。
測った。
夜。
星。
測った。
象限儀。
壊れた。
直した。
また。
星。
測った。
夜十一時半。
労基。
ない。
雨。
降った。
川。
増えた。
渡った。
死ぬかと思った。
七月。
寒かった。
袷。
着た。
翌日。
暑かった。
単衣。
着た。
そして。
今日。
「地図あるじゃん!」
「先生」
門倉が。
少し困った顔をする。
「先ほどから何度も」
「何度でも言うよ!」
俺は。
地図を見る。
「最初に見せてよ!」
◇
落ち着け。
澤田浩哉。
落ち着け。
俺は。
深呼吸した。
「…………」
地図。
ある。
でも。
俺たちは。
測量している。
ということは。
当然。
理由がある。
「門倉」
「はい」
「これがあるのに、なんで測ってるの?」
門倉が。
地図を見る。
「より正確な図を作るためです」
「…………」
ですよね。
分かってた。
なんとなく。
分かってた。
でも。
聞きたくなかった。
「これ」
俺は。
地図を見る。
「そのまま使えないの?」
「参考にはなります」
「参考」
「はい」
門倉が。
説明する。
既にある図。
現地で得られる情報。
そして。
俺たちが。
実際に測った。
距離。
方角。
天測。
それらを。
照らし合わせる。
「…………」
俺は。
地図を見る。
なるほど。
全部。
一から。
何もないところに。
線を引いているわけじゃない。
既に。
誰かが。
調べたものがある。
誰かが。
描いたものがある。
誰かが。
知っていることがある。
それを。
使う。
でも。
そのまま。
信じるわけじゃない。
「自分たちでも測るの?」
「当然です」
「やっぱり?」
「はい」
「そこだけは変わらないんだな……」
ちょっとくらい。
楽になると思った。
◇
東蝦夷の図を。
写していく。
俺は。
それを眺める。
「…………」
不思議だった。
俺の中の。
伊能忠敬。
日本中を。
ひたすら。
歩く。
歩数を数える。
測る。
そして。
日本地図を作る。
そんな。
イメージだった。
でも。
実際は。
違う。
既存の資料。
現地の情報。
自分たちの測量。
星。
全部。
使う。
「…………」
ちゃんとした調査じゃん」
「先生?」
「あ」
俺は。
頭を掻く。
「いや」
何を。
当たり前のことを。
言っているんだ。
でも。
現代にいた俺は。
知らなかった。
教科書の。
ほんの数行。
伊能忠敬。
全国を測量。
日本地図を作成。
それだけ。
「…………」
数行って」
俺は。
呟いた。
「ずるいな」
「何がでしょう?」
「なんでもない」
数行じゃ。
分からない。
歩いた。
それだけじゃない。
測った。
それだけじゃない。
考えた。
調べた。
比べた。
記録した。
修正した。
そして。
また。
歩いた。
「…………」
俺。
伊能忠敬のこと。
何にも。
知らなかったんだな。
◇
地図を写す。
俺も。
見ながら。
確認する。
「門倉」
「はい」
「ここ」
「はい」
「俺たちが測ったのと、ちょっと違わない?」
門倉が。
近づく。
宗平も。
記録を持ってくる。
確認。
「…………」
三人で。
見比べる。
既存の図。
俺たちの記録。
「こちらですな」
宗平が言う。
「やっぱり?」
俺は。
少し。
嬉しくなる。
俺にも。
違いが。
分かった。
「先生」
門倉が。
俺を見る。
「何?」
「随分と慣れられましたな」
「…………」
その一言。
ちょっと。
嬉しい。
「まあね」
俺は。
胸を張る。
「俺も伊能忠敬だから」
「先生は伊能忠敬ですが」
「今日は俺から言ったんだからツッコむなよ!」
宗平が。
笑う。
門倉も。
少し。
笑った。
俺も。
笑った。
◇
作業を続ける。
地図。
見る。
記録。
見る。
比べる。
「…………」
面白い。
俺は。
気づいた。
歩くのは。
嫌い。
今も。
嫌い。
足。
痛い。
夜。
寝たい。
でも。
こうして。
自分たちが測った数字が。
地図の線になっていく。
それを見るのは。
「…………」
ちょっと。
面白い。
ここを。
歩いた。
ここで。
川に苦労した。
ここは。
寒かった。
ここは。
暑かった。
全部。
俺たちが。
通った場所。
その一つ一つが。
線になる。
「…………」
これ。
完成したら。
どうなるんだろう。
初めて。
そんなことを。
考えた。
日本全部。
測り終わった時。
この紙の上に。
何が。
できるんだろう。
俺は。
現代の日本地図を。
知っている。
形も。
知っている。
でも。
それとは。
違う。
俺が。
歩いて。
俺たちが。
測って。
作った地図。
「…………」
見てみたい。
ほんの少し。
そう思った。
◇
その時。
ウインドウが。
現れた。
【第一次測量】
現在地:虻田
既存資料との照合:進行中
史実との差:0日
タイムパラドックス発生リスク:0.014%
「…………」
俺は。
表示を見る。
史実との差。
ゼロ。
順調。
そして。
もう一度。
地図を見る。
「門倉」
「はい」
「これってさ」
「はい」
「俺たちが測ったものを全部まとめたら」
少し。
言葉を探す。
「本当に、日本の形ができるんだよな?」
門倉が。
俺を見る。
当たり前のことを。
聞いている。
そんな顔。
「そのために」
門倉が言った。
「我々は歩いております」
「…………」
俺は。
黙った。
そのために。
歩いている。
今まで。
何度も。
言われた。
測量。
日本地図。
でも。
今日。
初めて。
少し。
実感した。
俺たちが。
歩いた道が。
線になる。
その線が。
繋がる。
そして。
いつか。
日本になる。
「…………」
俺は。
地図を見る。
「そっか」
ちょっと。
笑った。
「じゃあ」
俺は。
自分たちの記録を持つ。
「ちゃんとやらないとな」
門倉が。
一瞬。
止まった。
「何?」
「いえ」
「また?」
「先生が自らそのようなことを申されるとは」
「俺だって成長するんだよ!」
本当に。
失礼な奴だ。
でも。
俺も。
少し笑った。
◇
夕方。
作業を終える。
俺は。
地図を。
もう一度見る。
今日。
知った。
伊能忠敬は。
ただ。
歩いていたわけじゃない。
昔の人が。
残したもの。
現地の人が。
知っていること。
自分たちが。
測ったもの。
全部を。
使っていた。
「…………」
俺は。
思う。
地図を作る。
それは。
一人で。
日本を歩くことじゃない。
いろんな人が。
積み重ねたものを。
繋いでいくことなのかもしれない。
そして。
俺たちも。
その一つになる。
「先生」
門倉が。
呼ぶ。
「何?」
「明日も参りましょう」
「うん」
自然に。
返事が出た。
「行こう」
俺は。
立ち上がる。
そして。
少しだけ。
思った。
明日は。
何があるんだろう。
もう。
目的地を聞くのが。
怖いだけじゃない。
知らない場所。
知らない景色。
知らない人。
そして。
知らなかった。
伊能忠敬。
歩けば。
歩くほど。
俺が知っていた。
教科書の中の伊能忠敬が。
少しずつ。
壊れていく。
代わりに。
一人の人間が。
見えてくる。
「…………」
俺は。
その人間に。
なっている。
まだ。
実感なんて。
全然ないけど。
少なくとも。
最初の日よりは。
少しだけ。
分かる。
なぜ。
歩いたのか。
なぜ。
測ったのか。
そして。
なぜ。
残したのか。
でも。
俺は。
まだ知らない。
この第一次測量が。
どれほど。
長いのか。
俺は。
かなり進んだつもりでいた。
明日。
それを。
思い知ることになる。




