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コケて立ち上がったら伊能忠敬でした。歴史に名を残す人は頭のネジが外れてるみたいです。もう俺は歩けません  作者: まろじろう
第一次測量 蝦夷地

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17/85

第17話「七月だよね?」

朝。


目が覚めた。


「…………」


寒い。


俺は。


布団の中で。


目を開けた。


「…………」


寒い。


もう一度。


確認する。


寒い。


気のせいじゃない。


「…………」


待て。


俺は。


布団の中で。


昨日までの記憶を辿った。


暑い。


汗をかく。


風が吹く。


寒い。


雨が降る。


川が増える。


死にかける。


そして。


今日。


寒い。


「…………」


俺は。


ゆっくり身体を起こした。


「今、何月だっけ?」


誰もいない。


当然。


返事はない。


でも。


俺は知っている。


七月。


夏。


の。


はず。


「…………」


おかしい。


     ◇


「先生」


門倉隼太が来た。


「門倉」


「はい」


「ちょっと確認したい」


「何でしょう」


俺は。


真顔で聞いた。


「今、七月だよね?」


「はい」


「夏だよね?」


「左様です」


「ここ蝦夷地だよね?」


「はい」


「寒いよね?」


「冷えますな」


「…………」


俺は。


頭を抱えた。


「なんで!?」


門倉が。


不思議そうに俺を見る。


「何故、と申されましても」


「七月だぞ!?」


「はい」


「夏だぞ!?」


「はい」


「寒いのおかしいだろ!」


門倉が。


外を見る。


「蝦夷地ですので」


出た。


最強の回答。


蝦夷地ですので。


「それで全部説明するな!」


     ◇


外へ出る。


「寒っ!」


本当に。


寒い。


昨日。


川を渡った時も。


水は冷たかった。


でも。


今日は。


空気そのものが。


冷たい。


俺は。


自分の格好を見る。


そして。


周りを見る。


「…………」


門倉たちも。


いつもより。


着込んでいる。


「門倉」


「はい」


「それ何?」


「袷ですが」


「着るの?」


「はい」


「今日?」


「はい」


「七月に?」


「先生」


門倉が。


少し困った顔をする。


「寒いので」


「…………」


正論。


何も。


言い返せない。


寒いなら。


着る。


当たり前。


でも。


俺の頭が。


納得していない。


七月。


夏。


袷。


「季節感どうなってんだよ……」


     ◇


いつもの。


ウインドウ。


【第一次測量】


現在地:長万部周辺


本日の予定:海岸線測量


史実との差:+0.002日


タイムパラドックス発生リスク:0.014%


「…………」


昨日の遅れ。


まだ。


残っている。


でも。


焦らない。


昨日。


決めた。


命より。


予定を優先しない。


遅れたなら。


取り戻せるところで。


取り戻す。


「よし」


俺は。


周囲を見る。


「みんな」


視線が集まる。


「寒かったらちゃんと着てくれ」


門倉が。


俺を見る。


「先生?」


「無理して体調崩したら意味ないから」


少し。


静かになる。


「測量はする」


俺は言う。


「でも、無茶はしない」


「承知しました」


門倉が。


頭を下げた。


宗平たちも。


頷く。


「…………」


なんか。


ちょっと。


恥ずかしい。


少し前まで。


俺。


この人たちに。


引きずられてたのに。


今。


指示してる。


「先生」


「何?」


「参りましょう」


「うん」


歩き出す。


     ◇


歩く。


測る。


記録する。


また。


歩く。


「寒い」


歩く。


「寒い」


測る。


「寒い」


記録。


「…………」


俺は。


空を見る。


太陽。


ある。


夏。


のはず。


「七月だよね?」


宗平が。


こちらを見る。


「先生?」


「いや。確認」


「先ほども門倉殿に聞いておられましたが」


「何回でも確認したくなるんだよ!」


だって。


寒い。


     ◇


海沿いを進む。


風。


吹く。


「寒っ!」


俺は。


身体を縮める。


門倉は。


普通に歩いている。


「門倉」


「はい」


「寒くない?」


「寒いですな」


「…………」


俺は。


止まった。


「寒いの?」


「はい」


「我慢してる?」


「我慢というほどでは」


「…………」


そうか。


こいつも。


寒いんだ。


俺は。


ちょっと安心した。


「よかった」


「何がです?」


「人間だった」


「…………」


門倉が。


怪訝な顔をする。


「何のお話でしょう?」


「こっちの話」


夜十一時半まで。


天測。


翌朝。


普通に起きる。


増水した川。


普通に進もうとする。


俺は。


ずっと。


疑っていた。


「サイボーグじゃなかったんだな」


「さいぼうぐ?」


「忘れて」


でも。


その時。


門倉が言った。


「では参りましょう」


「もうちょっと寒がれよ!」


やっぱり。


疑惑は。


残った。


     ◇


昼。


休憩。


俺は。


食事を口にする。


温かい。


「…………」


うまい。


豪華じゃない。


現代みたいに。


何でもあるわけじゃない。


でも。


寒い中で食べる。


温かいもの。


それだけで。


めちゃくちゃ。


うまい。


「生き返る……」


「先生」


「ん?」


「随分と嬉しそうですな」


「温かいから」


それだけ。


本当に。


それだけ。


でも。


身体の中から。


温まる。


「…………」


俺は。


みんなを見る。


食べている。


疲れている。


寒い。


それでも。


誰も。


文句を言わない。


「…………」


すごいな。


俺は。


文句。


めちゃくちゃ言ってるけど。


「先生」


「何?」


「午後も進みます」


「分かってる」


俺は。


残りを食べる。


「行こう」


     ◇


午後。


少し。


天候が変わった。


「…………」


俺は。


空を見る。


さっきより。


ほんの少し。


暖かい。


「おお」


嬉しい。


太陽。


偉大。


「暖かい!」


思わず。


声が出た。


「先生?」


「いや」


俺は。


笑った。


「太陽ってすごいなって」


門倉が。


首を傾げる。


現代にいた時。


そんなこと。


考えたこともなかった。


暑ければ。


エアコン。


寒ければ。


暖房。


雨なら。


傘。


車。


建物。


天気は。


面倒ではあっても。


命に関わるものだなんて。


ほとんど。


思わなかった。


でも。


ここでは。


違う。


晴れる。


雨が降る。


風が吹く。


寒くなる。


川が増える。


全部。


旅に影響する。


全部。


測量に影響する。


「…………」


日本の形を測るって。


日本そのものと。


付き合うことなのかもしれない。


そんなことを。


少し。


思った。


     ◇


測量を続ける。


歩く。


測る。


記録。


また歩く。


その時。


ウインドウ。


【史実との差:+0.001日】


「…………」


俺は。


立ち止まった。


減った。


昨日。


+0.002日。


今。


+0.001日。


無茶していない。


走ってもいない。


ただ。


慣れてきた。


測量の手順。


歩き方。


記録。


少しずつ。


速くなっている。


「…………」


取り戻せる。


ちゃんと。


「先生?」


門倉が。


振り返る。


俺は。


笑った。


「なんでもない」


昨日。


川の前で。


無理をしなかった。


それでも。


遅れは。


取り戻せる。


だったら。


あの判断は。


間違ってなかった。


「よし」


俺は。


前を見る。


「続けよう」


     ◇


夕方。


今日の測量を終える。


【史実との差:0日】


「…………」


戻った。


俺は。


少しだけ。


拳を握った。


「よし」


誰も。


怪我していない。


誰も。


体調を崩していない。


そして。


予定にも。


戻った。


完璧。


「先生」


門倉が。


声を掛ける。


「何?」


「明日の支度を」


「はいはい」


俺は。


少し余裕を持って。


答える。


今日。


分かった。


焦らなくても。


ちゃんと。


前へ進める。


俺たちは。


少しずつ。


測量隊として。


うまくなっている。


「…………」


悪くない。


その時。


門倉が。


空を見た。


「明日は少し暖かくなりそうですな」


俺は。


振り返った。


「本当?」


「おそらく」


「よかった!」


心から。


思った。


夏だ。


やっと。


夏らしくなる。


「先生」


「何?」


「暑くなるやもしれません」


「…………」


俺は。


止まった。


昨日。


雨。


川。


今日。


寒い。


明日。


暑い?


「門倉」


「はい」


「もう一回だけ聞いていい?」


「何でしょう」


「今」


俺は。


真顔で聞いた。


「七月だよね?」


「はい」


「…………」


俺は。


空を見上げた。


蝦夷地。


意味が分からない。


でも。


一つだけ。


分かった。


この土地で。


予定通りに進む。


それだけでも。


とんでもなく。


難しい。


そして。


明日。


俺はまだ知らない。


本当に。


暑くなることを。

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。


伊能忠敬、マジで超人です。


作者自身、この作品を書くまでは、


「日本中を歩いて測量して、地図を作った人」


正直、そのくらいしか知りませんでした。


でも、この作品を書くために史実を調べれば調べるほど思います。


測量隊、めちゃくちゃです。


そして――


伊能忠敬は、もっとめちゃくちゃです。


朝から歩いて測量する。


夜になったら星を測る。


夜遅くまで天測する。


道具が壊れたら自分たちで直す。


雨が降る。


川が増水する。


七月なのに寒い。


それでも測る。


正直、どこかのネジが外れてます。


しかも困ったことに、作者が「これ面白いな」と思って調べたことのかなりの部分が、本当に史実として残っています。


なので浩哉にはこれからも、現代人代表として全力でツッコんでもらいます。


「いや、無理だろ!」


「いつ寝るんだよ!」


「七月だよね!?」


そんな作者自身の驚きも込めながら、浩哉は伊能忠敬として一生懸命、日本地図完成を目指して歩きます。


まだまだ旅は始まったばかりです。


これから浩哉がどんな史実に振り回されるのか。


そして、「もう歩きたくない」と言っていた男が、この旅の果てに何を思うのか。


ぜひ最後まで、一緒に歩いていただけたら嬉しいです。


そして何より――


浩哉と一緒に笑ってもらえたら幸いです。

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