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コケて立ち上がったら伊能忠敬でした。歴史に名を残す人は頭のネジが外れてるみたいです。もう俺は歩けません  作者: まろじろう
第一次測量 蝦夷地

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16/85

第16話「川、増えてない?」

「門倉」


「はい」


「昨日の話なんだけど」


「何でしょう?」


「川」


「はい」


「今日、越えるって言ってたよね?」


「申しました」


「それで俺」


「はい」


「橋は? って聞いたよね?」


「聞かれましたな」


「お前なんて答えた?」


門倉隼太が少し考える。


「明日になれば分かります、と」


「そう!」


俺は指を差した。


「それ!」


朝。


目が覚めて。


飯を食って。


測量の準備をした。


そして。


これから出発する。


でも。


俺には。


一つだけ。


どうしても確認しておかなければならないことがある。


「今日になった」


「はい」


「だから教えて」


「何をでしょう?」


「橋!」


門倉が俺を見る。


俺も見る。


沈黙。


「…………」


「…………」


嫌な予感。


ものすごく。


嫌な予感。


「門倉」


「はい」


「橋は?」


「参りましょう」


「答えろよ!」


     ◇


目の前に。


ウインドウが現れる。


【第一次測量】


現在地:山越内方面


本日の予定:海岸線測量


史実との差:0日


タイムパラドックス発生リスク:0.010%


「…………」


俺は。


表示を見る。


川。


書いてない。


橋。


当然。


書いてない。


「お前もか」


【表示対象外】


「聞いてない!」


本当に。


必要なことは。


何も教えてくれない。


目的地。


史実との差。


パラドックス。


それだけ。


「橋があるかどうかの方が大事だろ……」


俺は。


ため息をついた。


「先生」


門倉が呼ぶ。


「参りますぞ」


「はいはい」


歩き出す。


今日も。


測量。


歩く。


測る。


記録。


また歩く。


いつもの一日が。


始まった。


     ◇


しばらく進む。


昨日の雨で。


地面は。


まだ湿っている。


「…………」


歩きにくい。


草鞋。


泥。


滑る。


現代の靴が。


恋しい。


防水の。


ちゃんとしたやつ。


「先生」


「何?」


「足元を」


「分かってる」


慎重に。


歩く。


測る。


記録。


また進む。


そして。


聞こえてきた。


ざあああああ――。


「…………」


水の音。


俺は。


止まった。


「門倉」


「はい」


「なんか聞こえない?」


「川ですな」


やっぱり。


川。


近づく。


水音が。


どんどん大きくなる。


ざあああああ――!


「…………」


いや。


待て。


俺が想像していたのと。


なんか。


違う。


もっと。


こう。


さらさら。


みたいな。


穏やかな川を。


想像していた。


木々の間を抜ける。


そして。


見えた。


「…………」


俺は。


立ち止まった。


川。


いや。


「門倉」


「はい」


「川……」


「はい」


「増えてない?」


水量。


明らかに。


多い。


流れ。


速い。


昨日の雨。


嫌な予感が。


全部。


当たった。


「増水しておりますな」


「しておりますな、じゃないよ!」


なんで。


そんなに。


冷静なんだ。


「これ」


俺は川を指す。


「渡るの?」


「この先へ進まねばなりませんので」


「いやいやいや!」


待て。


話が違う。


「橋は!?」


門倉が。


川を見る。


そして。


俺を見る。


「…………」


「その顔やめろ」


「先生」


「何?」


「難しいかと」


「橋が!?」


「はい」


「昨日教えてよ!」


俺は。


頭を抱えた。


「だから聞いたじゃん!」


橋。


橋は?


何度も。


聞いた。


「明日になれば分かります」


確かに。


分かった。


ない。


     ◇


どうする。


俺は。


川を見る。


流れが速い。


「別の道は?」


「探します」


「ある?」


「分かりませぬ」


「…………」


現代なら。


地図を見る。


スマホ。


迂回路。


橋。


全部。


分かる。


でも。


ここには。


ない。


いや。


正確には。


だから。


俺たちが。


地図を作っている。


「…………」


そうだった。


俺は。


また。


忘れていた。


道が分からない。


どこを通れるか。


分からない。


川がある。


橋があるか。


分からない。


だから。


調べる。


歩く。


測る。


そして。


残す。


「…………」


俺たちが。


最初なんだ。


     ◇


川沿いを進む。


渡れる場所を。


探す。


でも。


水が多い。


「先生」


門倉が言う。


「お気をつけください」


「分かってる」


足元。


滑る。


川の音。


うるさい。


少し。


怖い。


いや。


かなり。


怖い。


昨日まで。


俺は。


この旅を。


大変な仕事だと思っていた。


歩く。


疲れる。


眠い。


星が多い。


夜遅い。


でも。


今。


初めて。


別のことを思った。


「…………」


これ。


死ぬこともあるんじゃないか?


足を滑らせる。


川へ落ちる。


流される。


今みたいな時代に。


救急車なんてない。


病院だって。


現代とは違う。


「…………」


俺。


未来に帰る前に。


死ぬ可能性。


普通にあるじゃん。


急に。


現実味を帯びた。


「先生」


「何?」


「顔色が」


「大丈夫」


俺は。


答える。


怖い。


でも。


ここで。


俺が止まったら。


測量も。


止まる。


目の前に。


ウインドウ。


【史実との差:+0.001日】


【タイムパラドックス発生リスク:0.011%】


「…………」


少し。


遅れた。


でも。


今日は。


数字に腹が立たなかった。


今は。


急ぐ方が。


危ない。


「先生」


門倉が言う。


「少し時間を要します」


「いいよ」


門倉が。


俺を見る。


「先生?」


「何?」


「よろしいのですか?」


「いい」


俺は。


川を見る。


「安全に行こう」


「…………」


「遅れた分は」


ウインドウを見る。


【史実との差:+0.001日】


「後で取り戻せばいい」


門倉には。


意味が分からない。


それでも。


「承知しました」


そう言った。


     ◇


俺たちは。


慎重に進んだ。


渡れる場所。


足場。


水の流れ。


一つずつ。


確認する。


「先生」


「うん」


「こちらを」


門倉が。


手を差し出す。


「…………」


少し前の俺なら。


意地を張ったかもしれない。


でも。


今日は。


普通に。


掴んだ。


「頼む」


「はい」


一歩。


足を置く。


水。


冷たい。


流れ。


強い。


「うわっ」


身体が。


持っていかれそうになる。


「先生!」


門倉が。


腕を掴む。


宗平も。


支える。


「大丈夫!」


踏ん張る。


怖い。


本気で。


怖い。


一歩。


また。


一歩。


「ゆっくり!」


「はい!」


今度は。


俺が。


後ろの人間に声を掛ける。


一人ずつ。


進む。


誰も。


流されるな。


誰も。


怪我するな。


測量器具も。


記録も。


守る。


でも。


一番は。


「無理するな!」


俺は。


声を上げた。


「危なかったら戻れ!」


門倉が。


一瞬。


俺を見る。


でも。


すぐ。


頷いた。


「はい!」


     ◇


どれくらい。


かかったのか。


分からない。


ようやく。


全員が。


安全な場所へ出た。


「…………」


俺は。


その場に。


座り込んだ。


「怖っ……」


声が。


漏れた。


誰も。


笑わない。


みんな。


疲れていた。


俺だけじゃない。


当たり前だ。


こいつらだって。


人間だ。


サイボーグじゃない。


「…………」


いや。


昨日の夜十一時半まで働いた件については。


まだ。


サイボーグ疑惑あるけど。


でも。


今は。


みんな。


同じように。


息を整えている。


「先生」


門倉が。


俺を見る。


「ご無事で」


「うん」


俺も。


門倉を見る。


「みんなは?」


「無事です」


「道具は?」


「問題ありません」


「記録は?」


「こちらに」


「…………」


よかった。


本当に。


よかった。


その時。


ウインドウ。


【史実との差:+0.002日】


【タイムパラドックス発生リスク:0.012%】


「…………」


俺は。


それを見る。


いつもなら。


急ぐ。


数字を戻す。


そう思う。


でも。


今日は。


違った。


「知らん」


門倉が。


こっちを見る。


「先生?」


「いや」


俺は。


ウインドウに言う。


「今日は知らん」


【0.013%】


「上げたきゃ上げろ」


【0.014%】


「命より大事な予定なんてない」


ウインドウは。


何も答えない。


当然。


ただ。


数字だけが。


そこにある。


「遅れたなら」


俺は。


立ち上がる。


「後で取り戻す」


【0.014%】


数字は。


止まった。


「…………」


気のせいだろう。


たぶん。


でも。


少し。


勝った気がした。


     ◇


再び。


測量を始める。


歩く。


測る。


記録する。


いつもの作業。


でも。


俺の中では。


少しだけ。


違っていた。


日本地図。


完成させなきゃいけない。


未来。


守らなきゃいけない。


でも。


それだけじゃない。


門倉。


宗平。


秀蔵。


吉助。


長助。


この人たちも。


一緒に。


江戸へ帰る。


当たり前。


そんなことを。


今まで。


ちゃんと考えていなかった。


俺は。


伊能忠敬。


この測量隊の。


責任者なんだ。


「…………」


重いな。


名前だけじゃ。


なかった。


責任まで。


ついてくる。


「先生」


門倉が。


前を指す。


「参りましょう」


「うん」


俺は。


歩き出す。


すると。


門倉が。


さらっと言った。


「明日は冷えそうですな」


「…………」


俺は。


止まる。


「何?」


「冷えそうです」


「今」


俺は。


空を見る。


夏。


だよな?


「何月だっけ?」


門倉が。


不思議そうに。


俺を見る。


嫌な予感。


また。


来た。


川の次は。


寒さ。


「…………」


俺は。


深いため息をついた。


蝦夷地。


まだ。


俺を。


休ませてくれる気は。


ないらしい。

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