第15話「北海道の夏、話が違う」
朝。
目が覚めた。
「…………」
生きてる。
まず。
それを確認した。
昨日。
朝から測量。
歩いた。
測った。
記録した。
夜。
天測。
終わったのは。
十一時半過ぎ。
そして。
今日。
また。
朝。
「…………」
おかしい。
一日って。
二十四時間しかないよな?
昨日。
俺。
何時間働いた?
考えるのは。
やめよう。
怖くなる。
「先生」
門倉隼太の声。
「…………」
「先生」
「今日は休み?」
「測量です」
「聞くんじゃなかった」
俺は。
身体を起こす。
痛い。
足。
腰。
肩。
全部。
痛い。
でも。
不思議なことに。
動ける。
「…………」
伊能忠敬の身体。
やっぱり。
おかしくない?
五十五歳だぞ?
昨日。
十一時半過ぎまで働いたんだぞ?
「サイボーグ説……」
「先生?」
「なんでもない」
俺は。
草鞋を履いた。
すると。
いつものウインドウ。
【第一次測量】
現在地:大野村周辺
本日の予定:測量継続
史実との差:0日
タイムパラドックス発生リスク:0.010%
「…………」
測量継続。
もう。
驚かない。
歩くんだろ。
知ってる。
「よし」
俺は。
外へ出た。
◇
歩く。
測る。
記録する。
また。
歩く。
昨日までと。
同じ。
ただ。
一つ。
違う。
「暑っ……」
俺は。
額の汗を拭った。
「暑くない?」
門倉を見る。
「夏ですので」
「いや」
それは。
分かる。
でも。
俺の中では。
北海道。
イコール。
涼しい。
そんな。
勝手なイメージがあった。
「もっと涼しいと思ってた」
「ほっかいどう?」
「あ」
また。
やった。
「蝦夷地」
言い直す。
「蝦夷地って、もっと涼しいと思ってた」
門倉が。
空を見る。
「日によりますな」
「日による?」
「はい」
嫌な言葉。
なんか。
ものすごく。
嫌な予感がする。
◇
進む。
道。
というより。
道らしきもの。
現代の道路じゃない。
当然。
アスファルトなんて。
ない。
平らでもない。
歩きやすく。
整備されているわけでもない。
足元を見る。
石。
土。
草。
ぬかるみ。
「…………」
歩きにくい。
さらに。
測量。
ただ。
目的地まで歩けばいいわけじゃない。
止まる。
測る。
記録。
また。
歩く。
海岸線を見る。
地形を見る。
方角を見る。
「…………」
汗が。
流れる。
「先生」
「何?」
「水を」
「ありがとう」
飲む。
うまい。
でも。
すぐに。
また暑くなる。
「北海道……」
俺は。
小さく呟く。
「夏涼しいって誰が言ったんだよ」
誰も。
言ってない。
俺が。
勝手に思ってただけ。
◇
さらに進む。
今度は。
海から。
風が吹いた。
「おお」
涼しい。
「これだよ!」
俺は。
思わず言った。
「これ!」
「先生?」
「北海道!」
「蝦夷地です」
「分かってる!」
気持ちいい。
汗をかいた身体に。
海風。
最高。
「やっぱり涼しいじゃん」
俺は。
笑った。
しばらく。
その風を浴びながら。
歩く。
「…………」
数分後。
「寒くない?」
門倉を見る。
「風がございますので」
「急に?」
さっきまで。
暑かった。
今。
寒い。
「…………」
なんだこれ。
俺は。
腕をさする。
「気温どうなってんの?」
返事はない。
当たり前。
温度計。
今。
持ってない。
「先生」
門倉が言う。
「参りましょう」
「ちょっと待って」
「はい」
「暑い」
「はい」
「風が吹く」
「はい」
「寒い」
「左様ですな」
「また歩く」
「はい」
「暑い」
「そうなりますな」
「…………」
俺は。
空を見る。
「忙しいな!」
天気に。
ツッコむ日が来るとは。
思わなかった。
◇
昼を過ぎる。
さらに。
問題。
「門倉」
「はい」
「足」
「はい」
「めっちゃ疲れる」
「歩いておりますので」
「そういう意味じゃない!」
地面。
歩きにくい。
現代なら。
道路。
歩道。
階段。
橋。
人が歩くためのものが。
普通にある。
でも。
ここは。
違う。
地形そのものを。
歩く。
そして。
測る。
「これさ」
俺は。
足元を見る。
「日本全部やるんだよね?」
「その予定です」
「…………」
俺は。
遠くを見る。
日本。
北海道。
本州。
四国。
九州。
頭の中に。
現代の日本地図が浮かぶ。
「…………」
広すぎない?
今さら。
ものすごく。
当たり前のことに気づいた。
日本。
でかい。
地図で見れば。
小さい。
世界地図の中なら。
もっと小さい。
でも。
歩いたら。
とんでもなく。
でかい。
「…………」
俺。
これ。
全部歩くの?
ウインドウが。
出た。
【史実との差:0日】
「…………」
答え。
出すなよ。
分かってる。
◇
午後。
今度は。
雲が増えてきた。
「…………」
俺は。
空を見る。
嫌な予感。
「門倉」
「はい」
「天気」
「変わりそうですな」
「やっぱり?」
風。
さっきまでとは。
また違う。
「…………」
現代なら。
スマホ。
天気予報。
雨雲レーダー。
何時から雨。
降水確率。
全部。
分かる。
今は。
空を見る。
風を見る。
雲を見る。
それだけ。
「不便すぎる……」
俺は。
呟いた。
でも。
門倉たちは。
普通。
空を見る。
風を見る。
そして。
判断する。
「先生」
「何?」
「少し急ぎましょう」
「雨?」
「降るやもしれません」
「分かった」
俺は。
歩く速度を上げた。
測る。
記録。
進む。
また測る。
「…………」
俺は。
門倉の背中を見る。
天気予報。
ない。
道路。
ない。
GPS。
ない。
スマホ。
ない。
それでも。
進む。
「…………」
この人たち。
本当に。
すごいな。
◇
しばらくして。
ぽつ。
「…………」
頬に。
何か。
当たった。
ぽつ。
また。
「雨」
来た。
「先生!」
「分かってる!」
記録。
濡らすな。
道具。
守れ。
荷物。
まとめる。
急に。
全員の動きが変わった。
「こっち!」
「はい!」
俺も。
動く。
さっきまで。
疲れた。
暑い。
寒い。
文句を言っていた。
でも。
今は。
そんなこと。
言ってられない。
雨。
強くなる。
地面。
濡れる。
滑る。
歩きにくい。
「うわっ!」
足を取られる。
「先生!」
門倉が。
腕を掴む。
「大丈夫!」
立て直す。
進む。
「…………」
怖い。
ちょっと。
本気で。
怖い。
現代なら。
雨。
傘を差す。
車に乗る。
建物に入る。
それだけ。
でも。
ここでは。
雨一つで。
測量そのものが。
危険になる。
◇
しばらくして。
雨が。
弱くなった。
「…………」
俺は。
息を吐く。
びしょ濡れ。
疲れた。
足元。
泥。
最悪。
「先生」
「何?」
「大丈夫ですか?」
「なんとか」
俺は。
空を見る。
さっきまで。
暑かった。
そのあと。
風で寒くなった。
さらに。
雨。
「…………」
北海道の夏。
俺が。
思ってたのと。
全然違う。
「門倉」
「はい」
「明日は?」
「測量です」
「天気は?」
「明日にならねば」
「…………」
そうだよね。
天気予報。
ないもんね。
俺は。
深く。
ため息をついた。
その時。
ウインドウ。
【第一次測量】
本日の測量:継続
史実との差:+0.001日
タイムパラドックス発生リスク:0.011%
「…………」
雨で。
少し。
遅れた。
【0.012%】
「おい」
俺は。
ウインドウを見る。
「これは俺のせいじゃないだろ」
【0.013%】
「天気に言えよ!」
「先生?」
「俺じゃない!」
【0.014%】
「なんで上げるんだよ!」
雨。
降った。
俺。
悪くない。
「自然現象だろ!」
【0.015%】
「理不尽!」
門倉が。
首を傾げている。
でも。
俺は。
ウインドウを睨む。
今まで。
人と話して。
上がった。
休んで。
上がった。
魚を美味しくして。
上がった。
それは。
まだ。
分かる。
俺が。
何かした。
でも。
雨。
「俺、天気まで責任持つの!?」
誰も。
答えてくれない。
◇
俺たちは。
再び歩き始めた。
雨は。
まだ。
少し降っている。
足元は。
悪い。
身体も。
重い。
でも。
進む。
少しずつ。
測る。
記録。
歩く。
俺は。
思った。
地図を作る。
今まで。
簡単に。
考えていた。
歩いて。
測れば。
できる。
でも。
違う。
暑い。
寒い。
雨が降る。
風が吹く。
道がない。
足場が悪い。
川もある。
山もある。
海もある。
それでも。
測る。
「…………」
自然。
全部。
敵じゃん。
その時。
門倉が言った。
「先生」
「何?」
「明日は川を越えます」
「…………」
俺は。
止まった。
「川?」
「はい」
「橋は?」
門倉が。
俺を見る。
「…………」
嫌な沈黙。
「門倉」
「はい」
「橋は?」
「明日になれば分かります」
「その答えやめろ!」
俺の声が。
蝦夷地の道に響く。
雨。
風。
暑さ。
寒さ。
そして。
次は。
川。
「…………」
俺は。
空を見る。
日本地図完成まで。
まだ。
とんでもなく遠い。
どうやら。
俺が戦う相手は。
タイムパラドックスだけじゃ。
ないらしい。
一番。
厄介なのは。
たぶん。
この国そのものだ。




