第14話「夜十一時半までやるの!?」
朝。
目が覚めた。
「…………」
身体を起こす。
足は痛い。
眠い。
それは。
いつも通り。
でも。
今日は。
少しだけ。
気分が違った。
昨日。
箱館を出た。
魚もうまかった。
人にも出会った。
別れる時には。
少し寂しいとまで思った。
そして。
知らない土地へ向かうことを。
ほんの少し。
楽しみにしている自分がいた。
「…………」
悪くない。
この旅。
そう思い始めている。
「先生」
「起きてるよ」
門倉隼太が入ってきた。
「おはようございます」
「おはよう」
門倉が。
少し止まった。
「何?」
「いえ」
「何だよ」
「先生の方から朝の挨拶をされるとは」
「俺をなんだと思ってるの?」
「朝は機嫌の悪い方かと」
「間違ってないけど」
俺は立ち上がる。
「で?」
「はい」
「今日は?」
「測量を」
「よし」
「…………」
また。
門倉が止まった。
「何?」
「先生」
「何だよ」
「やはり何かございましたか?」
「やる気出しただけで心配されるの!?」
失礼すぎる。
俺だって。
成長している。
俺は。
草鞋を履いた。
その時。
目の前に。
ウインドウ。
【第一次測量】
現在地:大野村
本日の予定:周辺測量・天測
史実との差:0日
タイムパラドックス発生リスク:0.010%
「…………」
俺は。
表示を見る。
測量。
そして。
天測。
「夜も?」
「先生?」
「なんでもない」
まあ。
いい。
天測にも。
少しは慣れてきた。
昨日まで。
何度もやっている。
今日だって。
なんとかなる。
たぶん。
◇
歩く。
測る。
記録する。
また。
歩く。
「宗平」
「はい」
「ここ」
平山宗平に記録を見せる。
宗平が確認する。
「よろしいかと」
「よし」
次。
方角を見る。
距離。
記録。
歩く。
「…………」
慣れてきた。
本当に。
慣れてきた。
最初の頃とは。
全然違う。
何をすればいいのか。
分かる。
どこを見るのか。
分かる。
門倉たちに。
一から十まで聞かなくても。
動ける。
「先生」
門倉が言った。
「随分と手際がよくなられましたな」
「だろ?」
ちょっと嬉しい。
「俺も成長してるんだよ」
「それは何よりです」
「もう少し褒めてもいいよ?」
「参りましょう」
「そこは無視するの?」
歩く。
測る。
記録。
また。
歩く。
◇
昼を過ぎる。
「…………」
疲れた。
普通に。
疲れた。
でも。
以前とは違う。
もう少し。
頑張れる。
「門倉」
「はい」
「次どっち?」
門倉が方角を示す。
「こちらです」
「よし」
俺は歩く。
自分から。
歩く。
「…………」
俺。
すごくない?
少し前まで。
首根っこ掴まれて。
引きずられてたんだぞ。
今。
自分から歩いてる。
「旅も悪くない」
小さく。
呟いた。
その瞬間。
朝のウインドウを思い出した。
【本日の予定:周辺測量・天測】
「…………」
夜。
天測。
まあ。
いいか。
星を見るだけだ。
いや。
測るんだけど。
それでも。
慣れてきた。
「…………」
俺は。
昨日の自分を思い出した。
箱館を離れる時。
この先。
どんな場所があるんだろう。
どんな人がいるんだろう。
何を食べるんだろう。
そんなことを。
考えていた。
「…………」
今なら。
言える。
昨日の俺。
ちょっと来い。
一発。
殴らせろ。
旅が楽しい?
何言ってんだ。
今日も。
普通に仕事だぞ。
しかも。
夜まで。
◇
夕方。
ようやく。
昼間の作業が一区切りついた。
「終わったぁ……」
俺は。
座り込む。
疲れた。
足。
痛い。
腰。
痛い。
肩。
痛い。
全部。
痛い。
「飯」
今。
俺が欲しいもの。
飯。
そして。
布団。
それだけ。
食事を終える。
腹が満たされる。
「…………」
眠い。
ものすごく。
眠い。
今日は。
よく歩いた。
よく測った。
よく働いた。
十分だ。
俺は。
横になろうとした。
「先生」
聞こえない。
「先生」
聞こえない。
「天測の準備が整いました」
「…………」
俺は。
ゆっくり。
顔を上げた。
門倉が立っている。
「門倉」
「はい」
「今」
「はい」
「なんて言った?」
「天測の準備が整いました」
「…………」
外を見る。
暗い。
完全に。
夜。
「今日」
俺は言う。
「朝から測量したよね?」
「はい」
「歩いたよね?」
「はい」
「俺、疲れてるよね?」
「左様ですな」
「じゃあ寝よう」
「天測です」
「会話しよう!?」
なんで。
そうなる。
「明日じゃダメ?」
「今夜は天候がよろしいので」
出た。
天候がいい。
最近。
この言葉が嫌いになってきた。
晴れ。
現代なら。
嬉しい。
洗濯できる。
出かけられる。
星も綺麗。
でも。
今は。
晴れる。
イコール。
天測。
「雨降らないかな……」
「先生?」
「なんでもない」
◇
天測開始。
象限儀。
見る。
測る。
記録。
次。
見る。
測る。
記録。
「…………」
まだ。
続く。
星を見る。
測る。
記録。
「門倉」
「はい」
「今何時?」
「まだ続けられます」
「時間聞いたんだけど」
何故。
教えてくれない。
「…………」
嫌な予感。
続ける。
星。
測る。
記録。
また星。
「先生」
「はい……」
「次です」
「はい……」
俺は。
門倉を見る。
こいつ。
昼間。
俺と一緒にいたよな?
歩いてたよな?
測量してたよな?
なのに。
普通。
全然。
疲れてるように見えない。
宗平を見る。
普通。
秀蔵。
普通。
吉助。
長助。
普通。
「…………」
待て。
おかしい。
絶対。
おかしい。
俺だけ。
死にそうなんだけど。
「こいつら……」
「先生?」
「サイボーグか?」
「さいぼうぐ?」
「なんでもない!」
おかしいだろ。
同じ人間だぞ。
俺も。
伊能忠敬の身体だから。
五十五歳。
いや。
待て。
それなら。
一番元気なの。
もっとおかしいだろ。
「伊能忠敬……」
俺は。
自分の手を見る。
「この身体どうなってんだよ……」
◇
さらに。
時間が過ぎる。
眠い。
「先生」
「はい……」
「次を」
「はい……」
測る。
「次です」
測る。
「次を」
「…………はい」
測る。
「先生」
「まだ!?」
「次を」
「星、多すぎない!?」
「昨日も同じことを申されておりましたな」
「今日も多いんだよ!」
星は。
昨日減らしたから。
今日少なくなる。
なんてことはない。
当たり前。
知ってる。
でも。
言いたい。
◇
夜。
かなり深い。
俺は。
もう。
時間の感覚がなくなっていた。
「門倉」
「はい」
「何時?」
「まだ少々」
「それ時間じゃないよね?」
「もう少しです」
「だから何時!?」
聞いても。
作業は終わらない。
測る。
記録。
次。
また測る。
「…………」
俺は。
ふと思う。
現代にいた頃。
夜十一時。
何してた?
アニメ。
見てたかもしれない。
ラノベ。
読んでたかもしれない。
スマホ。
触ってたかもしれない。
少なくとも。
星の位置を。
測ってはいなかった。
「…………」
帰りたい。
ちょっと。
本気で。
帰りたい。
◇
そして。
ようやく。
「先生」
門倉が言った。
「本日はここまでに」
「…………」
俺は。
止まる。
「終わり?」
「はい」
「本当に?」
「はい」
「何時?」
時間を確認する。
そして。
俺は。
固まった。
「…………」
午後十一時半を。
とっくに。
過ぎている。
「…………」
待て。
朝から。
測量。
歩く。
測る。
記録。
夜。
天測。
そして。
午後十一時半過ぎ。
「門倉」
「はい」
「明日は?」
「測量です」
「何時から?」
「朝より」
「…………」
俺は。
空を見る。
満天の星。
綺麗。
本当に。
綺麗。
でも。
今は。
それどころじゃない。
「労働基準監督署ぉぉぉぉぉ!!」
俺の叫び声が。
夜の蝦夷地に響いた。
「先生!?」
「ここに労基はないのかぁぁぁ!」
「ろうき?」
「ないよな! 知ってたよ!」
江戸時代だ。
あるわけない。
残業。
深夜労働。
休日。
そんな概念を。
今。
考えてはいけない。
考えたら。
負けだ。
その時。
目の前に。
ウインドウ。
【第一次測量】
本日の測量:完了
本日の天測:完了
史実との差:0日
タイムパラドックス発生リスク:0.010%
「…………」
ゼロ。
史実との差。
ゼロ。
つまり。
これ。
予定通り。
「…………」
俺は。
ウインドウを見る。
もう一度。
見る。
【史実との差:0日】
「これが予定通り!?」
誰も答えない。
でも。
数字が。
答えている。
これが。
伊能忠敬の日常。
朝から測量。
夜十一時半過ぎまで天測。
そして。
明日も。
朝から測量。
「…………」
俺は。
自分の身体を見る。
門倉を見る。
宗平を見る。
みんな。
普通に片付けを始めている。
「やっぱり……」
俺は。
呟いた。
「こいつらサイボーグだろ」
「先生?」
「なんでもない」
俺は。
ふらふらと。
宿へ向かう。
昨日。
俺は。
この旅。
少し楽しいかもしれない。
そう思った。
「…………」
昨日の俺。
やっぱり。
一発。
殴らせろ。
いや。
二発でもいい。
旅は。
楽しい。
人との出会いも。
楽しい。
知らない土地を見るのも。
楽しい。
飯も。
うまい。
でも。
それと。
伊能忠敬の仕事が。
頭おかしいことは。
別問題だ。
俺は。
宿へ入る。
布団を見る。
「愛してる……」
倒れ込む。
明日も。
歩く。
明日も。
測る。
たぶん。
また。
星も見る。
日本地図完成まで。
まだ。
とんでもなく遠い。
「…………」
本当に。
完成するまで。
俺。
生きてるよな?
そう思った瞬間。
眠りに落ちた。




