第13話「函館出るの?」
朝。
目が覚めた。
「…………」
眠い。
昨日も。
星を見た。
いや。
違う。
星を測った。
星を見るだけなら。
綺麗だった。
測るとなると。
多すぎた。
「星ってあんなに必要?」
誰に聞くでもなく。
呟いた。
当然。
返事はない。
俺は身体を起こす。
身体は重い。
でも。
少し前までとは。
何かが違った。
朝起きて。
絶望しなくなった。
いや。
訂正。
絶望はする。
足は痛い。
眠い。
歩きたくない。
それは。
変わってない。
ただ。
「今日どこ行くんだろ」
そう思うようになった。
「…………」
俺。
変わったな。
ちょっとだけ。
本当に。
ちょっとだけ。
「先生」
門倉隼太が入ってきた。
「起きてるよ」
「まだ何も申しておりません」
「そろそろ分かるんだよ」
「何がです?」
「お前が朝来たら、仕事」
門倉が。
少しだけ笑った。
「よくお分かりになってきましたな」
「嬉しくない」
俺は立ち上がる。
「で?」
「はい」
「今日は何するの?」
「発ちます」
「…………」
俺は止まった。
「どこに?」
「測量を続けます」
「…………」
いや。
それは分かる。
「箱館を?」
「発ちます」
「…………」
俺は。
少しだけ。
黙った。
門倉が首を傾げる。
「先生?」
「今日?」
「はい」
「もう?」
「はい」
「…………」
なんだろう。
少し。
寂しい。
◇
外へ出る。
箱館の町を見る。
初めて来た時。
嬉しかった。
知っている名前だったから。
現代の函館とは。
全然違う。
でも。
海があった。
魚を食べた。
うまかった。
ちょっと料理のコツを教えた。
人に喜ばれた。
パラドックス率は上がった。
「…………」
あれは余計だったな。
象限儀の台座も壊れた。
自分たちで直した。
夜には。
星を測った。
いっぱい。
本当に。
いっぱい。
「…………」
いろいろあったな。
そんなに。
長くいたわけじゃない。
でも。
不思議だった。
ここに来た時と。
今では。
箱館の見え方が違う。
最初は。
ただの目的地だった。
【箱館】
それだけ。
今は。
違う。
魚。
店の人。
象限儀。
夜空。
門倉たちと。
ああでもない。
こうでもないと。
過ごした場所。
「先生」
「ん?」
「どうかなされましたか?」
「いや」
俺は町を見る。
「もう出るんだなって」
門倉が。
少し不思議そうな顔をした。
「先生が名残惜しまれるとは」
「何だよ」
「これまでは、一刻も早く帰りたいと」
「…………」
そうだった。
江戸を出た頃。
いや。
そもそも。
伊能忠敬になった瞬間から。
帰りたかった。
東京。
俺の部屋。
アニメ。
ラノベ。
フィギュア。
コンビニ。
スマホ。
ベッド。
全部。
戻りたい。
今だって。
戻りたくないわけじゃない。
でも。
「…………」
俺は。
箱館をもう一度見る。
ここを離れるのが。
少し。
寂しい。
「変なの」
「何がです?」
「なんでもない」
その時。
目の前に。
ウインドウが現れた。
【第一次測量】
現在地:箱館
本日の目的地:大野村方面
史実との差:0日
タイムパラドックス発生リスク:0.007%
「…………」
俺は表示を見る。
大野村。
知らない。
また。
知らない場所。
「門倉」
「はい」
「大野村って」
「はい」
「遠い?」
「参りましょう」
「またそれかよ!」
本当に。
距離だけは。
教えてくれない。
ウインドウを見る。
【本日の目的地:大野村方面】
「…………」
まあ。
いい。
行けば。
分かる。
「よし」
俺は荷物を見る。
測量器具。
記録。
準備はできている。
「行くか」
俺は。
歩き出そうとした。
その時。
「先生!」
後ろから。
声がした。
振り返る。
魚を食べた店の人だった。
「おお」
男が。
こちらへ来る。
手には。
何かを持っている。
「これを」
「え?」
包み。
受け取る。
「道中で召し上がってください」
「…………」
開く。
魚。
持っていけるように。
用意してくれたらしい。
「これ」
「先日はありがとうございました」
男が頭を下げる。
「教えていただいたやり方、試しております」
「…………」
俺は。
包みを見る。
「うまくいってます?」
「ええ」
男が笑った。
「前より魚がうまいと、皆が」
「…………」
嬉しかった。
本当に。
ほんの少し。
俺が。
知っていることを。
教えただけ。
それなのに。
誰かが。
喜んでいる。
「ありがとうございます」
俺は。
頭を下げた。
「大事に食べます」
「お気をつけて」
男が。
手を振る。
俺も。
手を振った。
その瞬間。
【タイムパラドックス発生リスク:0.008%】
「…………」
おい。
【0.009%】
「お前さ」
門倉が。
俺を見る。
「先生?」
「今のどこに上がる要素あった?」
【0.010%】
「魚もらっただけだろ!」
「先生?」
「人の好意にまでケチつけんな!」
まただ。
本当に。
空気読まない。
「先生」
門倉が俺を見る。
「先ほどから何のお話を?」
「気にするな」
「しかし」
「世の中にはな」
俺は。
ウインドウを見る。
「知らなくていいこともある」
「はあ」
門倉は。
納得していない。
でも。
俺は。
ちょっと笑った。
前なら。
0.010%。
それだけで。
怖かった。
今も。
怖くないわけじゃない。
でも。
分かってきた。
俺が。
この時代で何かをすれば。
数字は動く。
人と関わっても。
動く。
でも。
全部を恐れていたら。
俺は。
ただ。
史実の上を歩くだけになる。
それは。
違う気がする。
「…………」
未来は守る。
日本地図は完成させる。
そこは。
絶対。
でも。
この時代で。
出会った人たちまで。
無視するつもりはない。
「先生」
「ん?」
「そろそろ」
「分かってる」
俺は。
箱館を見る。
最後に。
もう一度。
「じゃあな」
誰に言ったわけでもない。
町に。
言った。
そして。
前を向く。
知らない道。
知らない土地。
大野村。
少し前までなら。
嫌だった。
知らない場所へ。
延々歩く。
そんなの。
罰ゲームだと思っていた。
でも。
今は。
ほんの少し。
思う。
次は。
どんなところなんだろう。
どんな人が。
いるんだろう。
何を。
食べるんだろう。
「…………」
俺は。
一歩。
踏み出した。
誰にも。
引っ張られていない。
門倉にも。
急かされていない。
ウインドウにも。
脅されていない。
自分から。
歩いた。
「門倉」
「はい」
「行こう」
「はい」
宗平。
秀蔵。
吉助。
長助。
みんなも。
続く。
俺たちは。
箱館を離れた。
歩く。
測る。
記録する。
また。
歩く。
いつもの作業。
でも。
今日は。
少しだけ違う。
俺は。
一度。
振り返った。
箱館が。
少しずつ。
遠くなる。
「…………」
また。
来ることはあるのかな。
分からない。
でも。
俺は。
たぶん。
忘れない。
そして。
前を見る。
道は。
まだ。
どこまでも続いている。
【第一次測量】
現在地:箱館→大野村方面
史実との差:0日
タイムパラドックス発生リスク:0.010%
「…………」
俺は。
ウインドウを見る。
そして。
笑った。
「行くか」
日本地図完成まで。
まだ。
とんでもなく遠い。
でも。
初めてだった。
目的地へ着くことより。
その途中に。
何があるのか。
少しだけ。
楽しみになっていた。




