第12話「星、多すぎない?」
「門倉」
「はい」
「今日」
「はい」
「何個測るの?」
俺は夜空を見上げた。
星。
星。
星。
また星。
江戸時代の夜空は。
相変わらず。
とんでもなく綺麗だった。
街灯がない。
ビルもない。
ネオンもない。
見上げれば。
空いっぱいに星がある。
初めて見た時は。
感動した。
こんな星空。
現代では見たことがなかった。
でも。
今は。
違う。
俺は知っている。
この星たちは。
見るものじゃない。
測るものだ。
少なくとも。
今の俺にとっては。
「…………」
嫌な予感しかしない。
門倉が答えた。
「今夜は条件がよろしいので」
「うん」
「できるだけ多く」
「…………」
一番嫌な答えが返ってきた。
「具体的には?」
「始めましょう」
「なんで教えてくれないの!?」
◇
天測が始まった。
象限儀。
昨日。
俺たちが直した。
あの道具。
壊れた時は。
直れ。
頑張れ。
そう思った。
今は。
少しだけ後悔している。
「…………」
直らなかったら。
今日。
寝られたんじゃないかな。
そんなことを考えていると。
「先生」
「はい」
「お願いします」
「分かった」
星を見る。
高度を測る。
記録する。
次。
また星を見る。
測る。
記録する。
「…………」
最初の頃より。
だいぶ慣れた。
俺だって。
成長している。
伊能忠敬になった初日なんて。
測量器具を渡されて。
「何これ?」
だった。
それが今は。
何を測っているのか。
少しずつ。
分かってきた。
「よし」
一つ終わる。
俺は。
ちょっと満足した。
「次を」
「はい」
次。
測る。
記録する。
「次を」
「はい」
また測る。
「次を」
「…………はい」
また。
「次を」
「…………」
俺は門倉を見る。
「何でしょう?」
「まだやるの?」
「始めたばかりですが」
「…………」
そうなの?
俺の体感では。
もう結構やったよ?
空を見る。
星。
いっぱい。
「…………」
嫌な予感が。
さらに強くなった。
◇
測る。
記録する。
測る。
記録する。
測る。
記録する。
「次を」
「…………」
俺は。
門倉を見る。
「何でしょう」
「何個目?」
「先生?」
「今ので何個目?」
門倉が記録を見る。
数字を確認する。
「まだ続けられますな」
「個数を聞いたんだけど!?」
答えてくれない。
何故だ。
「門倉」
「はい」
「俺さ」
「はい」
「昔、星見るの好きだったんだよ」
「そうなのですか」
「嫌いになりそう」
「何故です?」
「お前のせいだよ!」
星空。
綺麗。
でも。
測るとなると。
話が違う。
俺は。
ただ見たいんだ。
「あの星綺麗だな」
とか。
「星いっぱいあるな」
とか。
それでいい。
なのに。
今は。
星を見ると。
高度。
位置。
記録。
そんなことばかり考える。
「職業病になりそう……」
「何か?」
「なんでもない」
◇
時間が過ぎる。
夜は。
どんどん深くなる。
俺は空を見る。
星は。
減らない。
当たり前だけど。
「…………」
俺は。
ものすごく大事なことに気づいた。
「門倉」
「はい」
「星ってさ」
「はい」
「何個あるの?」
「…………」
門倉が空を見る。
「さて」
「いっぱいあるよね?」
「そうですな」
「ものすごくいっぱいあるよね?」
「はい」
俺は。
頭を抱えた。
「星、多すぎない!?」
「先生?」
「こんなの全部測ってたら朝になるだろ!」
「全てを測るわけではありません」
「よかった!」
心の底から。
安心した。
「必要な星を観測いたします」
「何個?」
「今夜はまだ続けます」
「だから何個!?」
◇
さらに。
続く。
「…………」
眠い。
めちゃくちゃ眠い。
昼間も。
何もしていないわけじゃない。
箱館にいる間だって。
記録の整理。
道具の確認。
測量の準備。
やることはある。
そして。
夜。
天測。
「先生」
「はい……」
「次です」
「はい……」
星を見る。
「先生」
「何……?」
「違います」
「何が?」
「そちらではありません」
「…………」
眠すぎて。
違う星を見ていたらしい。
「星なんていっぱいあるんだから一個くらい間違えてもよくない?」
「よくありません」
「ですよね」
知ってた。
分かってる。
これが。
地図になる。
適当にやったら。
その適当が。
地図に残る。
そして。
未来まで残るかもしれない。
「…………」
俺は。
頬を叩いた。
起きろ。
澤田浩哉。
いや。
今は。
伊能忠敬。
ちゃんと。
やろう。
もう一度。
星を見る。
測る。
記録。
「よし」
次。
測る。
記録。
少し。
目が覚めた。
「門倉」
「はい」
「次」
門倉が。
少しだけ。
笑った気がした。
◇
さらに時間が過ぎた。
俺は。
記録を見る。
かなり増えた。
「…………」
こんなに。
測るんだ。
ふと思った。
俺が。
現代で見ていた地図。
スマホを開けば。
当たり前のように出てきた。
現在地。
目的地。
距離。
道順。
何分で着く。
全部。
一瞬で分かる。
俺は。
それが当たり前だと思っていた。
でも。
今。
俺たちは。
星を一つずつ測っている。
歩いて。
距離を測って。
方角を測って。
夜は。
星を測る。
「…………」
気が遠くなる。
日本全部。
本当に。
こんなことを繰り返して。
地図を作ったのか。
「伊能忠敬」
俺は呟いた。
「やっぱ頭おかしいわ」
「先生」
門倉が俺を見る。
「何?」
「先生が伊能忠敬です」
「知ってるよ!」
もう。
何回目だ。
◇
そして。
ようやく。
門倉が言った。
「先生」
「はい……」
「本日はここまでにいたしましょう」
「…………」
俺は。
動きを止めた。
「今」
「はい」
「なんて?」
「本日の天測は、ここまでに」
「終わり?」
「はい」
「本当に?」
「はい」
「寝ていい?」
「結構です」
「よっしゃあぁぁぁ!」
思わず。
両手を上げた。
「先生!」
「今日一番嬉しい!」
星空。
綺麗だった。
観測も。
ちゃんとできた。
地図完成へ。
また少し進んだ。
でも。
今。
俺が一番欲しいもの。
それは。
布団。
「寝る!」
俺は。
宿へ向かう。
その時。
ウインドウが現れた。
【第一次測量】
現在地:箱館
天測:完了
史実との差:0日
タイムパラドックス発生リスク:0.007%
「よし」
今日は。
何も増えていない。
史実通り。
ちゃんと。
できた。
俺は。
少し嬉しくなる。
そして。
もう一度。
夜空を見上げた。
星。
やっぱり。
綺麗だ。
「…………」
まあ。
見るだけなら。
好きだな。
「先生」
門倉が言った。
「明晩も天候が良ければ――」
「言うな」
「しかし」
「今は言うな」
「天測を」
「聞きたくない!」
俺は。
宿へ歩き出す。
後ろから。
門倉の声。
「先生!」
聞こえない。
俺は。
何も聞いていない。
明日のことは。
明日の俺に任せる。
今は。
寝る。
絶対。
寝る。
ただ。
一つだけ。
分かった。
伊能忠敬が。
日本地図を作った。
その言葉。
たった一行で書ける。
でも。
その一行の中には。
こんな夜が。
何度も。
何度も。
あったんだ。
歩いて。
測って。
夜空を見上げて。
また測る。
そうやって。
少しずつ。
日本の形を確かめていった。
「…………」
すごいな。
本当に。
そう思う。
でも。
それとこれとは。
別だ。
俺は。
空いっぱいの星を見て。
もう一度。
言った。
「星、多すぎるんだよ……」
明日も。
たぶん。
歩く。
そして。
夜は。
また星を見る。
日本地図完成まで。
俺の睡眠時間は。
まだまだ。
削られそうだった。




