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コケて立ち上がったら伊能忠敬でした。歴史に名を残す人は頭のネジが外れてるみたいです。もう俺は歩けません  作者: まろじろう
第一次測量 蝦夷地

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12/85

第12話「星、多すぎない?」

「門倉」


「はい」


「今日」


「はい」


「何個測るの?」


俺は夜空を見上げた。


星。


星。


星。


また星。


江戸時代の夜空は。


相変わらず。


とんでもなく綺麗だった。


街灯がない。


ビルもない。


ネオンもない。


見上げれば。


空いっぱいに星がある。


初めて見た時は。


感動した。


こんな星空。


現代では見たことがなかった。


でも。


今は。


違う。


俺は知っている。


この星たちは。


見るものじゃない。


測るものだ。


少なくとも。


今の俺にとっては。


「…………」


嫌な予感しかしない。


門倉が答えた。


「今夜は条件がよろしいので」


「うん」


「できるだけ多く」


「…………」


一番嫌な答えが返ってきた。


「具体的には?」


「始めましょう」


「なんで教えてくれないの!?」


     ◇


天測が始まった。


象限儀。


昨日。


俺たちが直した。


あの道具。


壊れた時は。


直れ。


頑張れ。


そう思った。


今は。


少しだけ後悔している。


「…………」


直らなかったら。


今日。


寝られたんじゃないかな。


そんなことを考えていると。


「先生」


「はい」


「お願いします」


「分かった」


星を見る。


高度を測る。


記録する。


次。


また星を見る。


測る。


記録する。


「…………」


最初の頃より。


だいぶ慣れた。


俺だって。


成長している。


伊能忠敬になった初日なんて。


測量器具を渡されて。


「何これ?」


だった。


それが今は。


何を測っているのか。


少しずつ。


分かってきた。


「よし」


一つ終わる。


俺は。


ちょっと満足した。


「次を」


「はい」


次。


測る。


記録する。


「次を」


「はい」


また測る。


「次を」


「…………はい」


また。


「次を」


「…………」


俺は門倉を見る。


「何でしょう?」


「まだやるの?」


「始めたばかりですが」


「…………」


そうなの?


俺の体感では。


もう結構やったよ?


空を見る。


星。


いっぱい。


「…………」


嫌な予感が。


さらに強くなった。


     ◇


測る。


記録する。


測る。


記録する。


測る。


記録する。


「次を」


「…………」


俺は。


門倉を見る。


「何でしょう」


「何個目?」


「先生?」


「今ので何個目?」


門倉が記録を見る。


数字を確認する。


「まだ続けられますな」


「個数を聞いたんだけど!?」


答えてくれない。


何故だ。


「門倉」


「はい」


「俺さ」


「はい」


「昔、星見るの好きだったんだよ」


「そうなのですか」


「嫌いになりそう」


「何故です?」


「お前のせいだよ!」


星空。


綺麗。


でも。


測るとなると。


話が違う。


俺は。


ただ見たいんだ。


「あの星綺麗だな」


とか。


「星いっぱいあるな」


とか。


それでいい。


なのに。


今は。


星を見ると。


高度。


位置。


記録。


そんなことばかり考える。


「職業病になりそう……」


「何か?」


「なんでもない」


     ◇


時間が過ぎる。


夜は。


どんどん深くなる。


俺は空を見る。


星は。


減らない。


当たり前だけど。


「…………」


俺は。


ものすごく大事なことに気づいた。


「門倉」


「はい」


「星ってさ」


「はい」


「何個あるの?」


「…………」


門倉が空を見る。


「さて」


「いっぱいあるよね?」


「そうですな」


「ものすごくいっぱいあるよね?」


「はい」


俺は。


頭を抱えた。


「星、多すぎない!?」


「先生?」


「こんなの全部測ってたら朝になるだろ!」


「全てを測るわけではありません」


「よかった!」


心の底から。


安心した。


「必要な星を観測いたします」


「何個?」


「今夜はまだ続けます」


「だから何個!?」


     ◇


さらに。


続く。


「…………」


眠い。


めちゃくちゃ眠い。


昼間も。


何もしていないわけじゃない。


箱館にいる間だって。


記録の整理。


道具の確認。


測量の準備。


やることはある。


そして。


夜。


天測。


「先生」


「はい……」


「次です」


「はい……」


星を見る。


「先生」


「何……?」


「違います」


「何が?」


「そちらではありません」


「…………」


眠すぎて。


違う星を見ていたらしい。


「星なんていっぱいあるんだから一個くらい間違えてもよくない?」


「よくありません」


「ですよね」


知ってた。


分かってる。


これが。


地図になる。


適当にやったら。


その適当が。


地図に残る。


そして。


未来まで残るかもしれない。


「…………」


俺は。


頬を叩いた。


起きろ。


澤田浩哉。


いや。


今は。


伊能忠敬。


ちゃんと。


やろう。


もう一度。


星を見る。


測る。


記録。


「よし」


次。


測る。


記録。


少し。


目が覚めた。


「門倉」


「はい」


「次」


門倉が。


少しだけ。


笑った気がした。


     ◇


さらに時間が過ぎた。


俺は。


記録を見る。


かなり増えた。


「…………」


こんなに。


測るんだ。


ふと思った。


俺が。


現代で見ていた地図。


スマホを開けば。


当たり前のように出てきた。


現在地。


目的地。


距離。


道順。


何分で着く。


全部。


一瞬で分かる。


俺は。


それが当たり前だと思っていた。


でも。


今。


俺たちは。


星を一つずつ測っている。


歩いて。


距離を測って。


方角を測って。


夜は。


星を測る。


「…………」


気が遠くなる。


日本全部。


本当に。


こんなことを繰り返して。


地図を作ったのか。


「伊能忠敬」


俺は呟いた。


「やっぱ頭おかしいわ」


「先生」


門倉が俺を見る。


「何?」


「先生が伊能忠敬です」


「知ってるよ!」


もう。


何回目だ。


     ◇


そして。


ようやく。


門倉が言った。


「先生」


「はい……」


「本日はここまでにいたしましょう」


「…………」


俺は。


動きを止めた。


「今」


「はい」


「なんて?」


「本日の天測は、ここまでに」


「終わり?」


「はい」


「本当に?」


「はい」


「寝ていい?」


「結構です」


「よっしゃあぁぁぁ!」


思わず。


両手を上げた。


「先生!」


「今日一番嬉しい!」


星空。


綺麗だった。


観測も。


ちゃんとできた。


地図完成へ。


また少し進んだ。


でも。


今。


俺が一番欲しいもの。


それは。


布団。


「寝る!」


俺は。


宿へ向かう。


その時。


ウインドウが現れた。


【第一次測量】


現在地:箱館


天測:完了


史実との差:0日


タイムパラドックス発生リスク:0.007%


「よし」


今日は。


何も増えていない。


史実通り。


ちゃんと。


できた。


俺は。


少し嬉しくなる。


そして。


もう一度。


夜空を見上げた。


星。


やっぱり。


綺麗だ。


「…………」


まあ。


見るだけなら。


好きだな。


「先生」


門倉が言った。


「明晩も天候が良ければ――」


「言うな」


「しかし」


「今は言うな」


「天測を」


「聞きたくない!」


俺は。


宿へ歩き出す。


後ろから。


門倉の声。


「先生!」


聞こえない。


俺は。


何も聞いていない。


明日のことは。


明日の俺に任せる。


今は。


寝る。


絶対。


寝る。


ただ。


一つだけ。


分かった。


伊能忠敬が。


日本地図を作った。


その言葉。


たった一行で書ける。


でも。


その一行の中には。


こんな夜が。


何度も。


何度も。


あったんだ。


歩いて。


測って。


夜空を見上げて。


また測る。


そうやって。


少しずつ。


日本の形を確かめていった。


「…………」


すごいな。


本当に。


そう思う。


でも。


それとこれとは。


別だ。


俺は。


空いっぱいの星を見て。


もう一度。


言った。


「星、多すぎるんだよ……」


明日も。


たぶん。


歩く。


そして。


夜は。


また星を見る。


日本地図完成まで。


俺の睡眠時間は。


まだまだ。


削られそうだった。

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