第11話「壊れたの俺じゃなくてそっち!?」
箱館。
魚がうまかった。
ものすごくうまかった。
ちょっとだけ料理のコツを教えたら。
【タイムパラドックス発生リスク:0.007%】
とかいう。
余計なものまで付いてきたけど。
まあ。
いい。
人に喜んでもらえた。
それだけで。
少し。
気持ちが軽くなった。
そして。
俺は思った。
この旅。
もう少し。
楽しんでもいいんじゃないか。
史実は守る。
日本地図も完成させる。
でも。
その途中で。
飯を食ったり。
人と話したり。
景色を見たり。
それくらい。
いいだろ。
「よし」
俺は立ち上がった。
「門倉!」
「はい」
門倉隼太が振り返る。
「今日もやるぞ!」
「何をです?」
「測量だよ!」
「…………」
何。
その顔。
「先生」
「何?」
「どうかなされましたか?」
「なんで心配するんだよ!」
「先生の方から測量をなされるとおっしゃるので」
「俺だってやる気出す時くらいあるよ!」
失礼な奴だ。
でも。
仕方ない。
少し前まで。
歩きたくない。
休みたい。
いつ寝るの。
それしか言ってなかった。
でも。
今日は違う。
俺は。
ちょっとやる気がある。
「さあ!」
俺は手を叩いた。
「始めよう!」
「先生」
「何?」
「その前に」
門倉が言った。
「直さねばなりません」
「何を?」
門倉が。
あるものを指した。
俺も見る。
「…………」
測量器具。
いや。
正確には。
天測に使っていた。
象限儀。
その下。
「…………何これ?」
「台座です」
「それは分かる」
俺はしゃがみ込む。
見る。
もう一度見る。
「壊れてない?」
「はい」
「…………」
俺は立ち上がった。
「じゃあ今日は休み?」
「直します」
「…………」
早い。
判断が早い。
「いや」
俺は言う。
「壊れたんだよ?」
「はい」
「使えないんだよ?」
「このままでは」
「じゃあ休みじゃん」
「直せば使えます」
「…………」
この男。
強い。
俺の希望を。
一つずつ。
確実に潰してくる。
「門倉」
「はい」
「こういうのって」
俺は象限儀を見る。
「どこに持っていけばいいの?」
「どこへ、とは?」
「修理」
「修理いたします」
「だから誰が?」
「我々が」
「…………」
俺は黙った。
もう一度。
象限儀を見る。
そして。
門倉を見る。
「メーカー修理は?」
「めえかあ?」
「…………」
そうだった。
ない。
江戸時代だった。
メーカー保証。
ない。
修理窓口。
ない。
サービスセンター。
ない。
電話。
当然ない。
宅配便。
あるわけない。
「…………」
俺は頭を抱えた。
「全部自分たちでやるの?」
「当然では?」
当然。
出た。
この時代に来てから。
何度聞いただろう。
この言葉。
歩くのも。
測るのも。
記録するのも。
星を見るのも。
道具を運ぶのも。
そして。
壊れたら。
直す。
全部。
自分たち。
「江戸時代……」
俺は呟いた。
「生きるだけで難易度高くない?」
「先生?」
「なんでもない」
◇
修理が始まった。
俺も。
当然。
参加する。
「先生」
門倉が台座を見る。
「こちらを」
「はい」
言われた通りにする。
宗平もいる。
秀蔵もいる。
みんな。
普通に作業している。
「…………」
俺は。
少し不思議だった。
現代にいた頃。
何かが壊れたら。
修理に出す。
買い替える。
詳しい人に頼む。
それが普通だった。
でも。
ここでは違う。
壊れた。
なら。
直す。
使えるようにする。
そして。
また使う。
「これ」
俺は台座を見ながら言う。
「直らなかったらどうする?」
門倉が答える。
「困りますな」
「それだけ?」
「直しますので」
「…………」
すごい自信。
いや。
自信というより。
直す以外の選択肢がないんだ。
俺は。
象限儀を見る。
これが使えない。
つまり。
天測ができない。
天測ができなければ。
測量にも影響が出る。
測量が狂えば。
地図にも影響する。
地図が。
完成しなかったら。
【タイムパラドックス発生リスク:0.008%】
「お前は出てくんな!」
「先生?」
「なんでもない!」
さっきより。
0.001上がった。
壊れたから?
俺のせいじゃないよな?
「…………」
待て。
俺。
何もしてない。
「なんで俺の責任みたいになってんだよ」
【0.009%】
「上げんな!」
門倉が。
こっちを見る。
「先生」
「何?」
「先ほどから誰と話しておられるのです?」
「気にしないで」
「気になります」
「俺も気にしたくないんだよ!」
本当に。
こいつ。
空気を読まない。
魚を美味しくしても上がる。
村で休んでも上がる。
道具が壊れても上がる。
「何なら許してくれるんだよ……」
返事はない。
ウインドウだから。
◇
修理を続ける。
俺は。
門倉たちの手元を見る。
「…………」
ちゃんと。
直している。
当たり前だけど。
すごい。
俺は。
この時代の人を。
どこかで。
現代人より。
できることが少ない人だと思っていたのかもしれない。
電気もない。
車もない。
スマホもない。
機械もない。
でも。
違う。
ないから。
できないんじゃない。
ないから。
自分たちでやる。
道具が壊れたら。
直す。
道がなければ。
歩く。
場所が分からなければ。
星を見る。
そして。
地図がなければ。
「…………作るのか」
俺は呟いた。
「先生?」
「いや」
象限儀を見る。
「すごいなって思って」
門倉が首を傾げた。
「何がです?」
「俺たち」
「…………」
俺は笑った。
自分で言って。
ちょっと変な気分だった。
俺たち。
いつの間にか。
そう言っていた。
少し前まで。
俺と。
伊能忠敬の測量隊。
だった。
でも。
今は。
俺たち。
「先生」
秀蔵が声を上げた。
「直りました」
「本当!?」
俺は。
台座を見る。
さっきとは違う。
ちゃんと。
使える。
「おお!」
なんか。
嬉しい。
俺。
ほとんど何もしてないけど。
「すげえ!」
「先生」
門倉が俺を見る。
「はい?」
「先生も修理に加わっておられましたが」
「…………」
そうだった。
俺も。
やったんだった。
「じゃあ」
俺は胸を張る。
「俺すげえ!」
「そこまで申しておりません」
「ちょっとくらい褒めろよ!」
でも。
本当に。
少し嬉しかった。
直った。
自分たちで。
直した。
その時。
ウインドウが現れた。
【タイムパラドックス発生リスク:0.007%】
「…………」
下がった。
元に戻った。
「おお」
つまり。
これも。
史実通り。
壊れる。
修理する。
そして。
また測る。
全部。
予定されていたこと。
「…………」
いや。
待て。
俺はウインドウを見る。
つまり。
伊能忠敬は。
本当に。
こんなことまでやってたの?
歩いて。
測って。
夜は星を見て。
道具が壊れたら。
直して。
また測る。
「…………」
俺は。
象限儀を見る。
そして。
一言。
「伊能忠敬ってさ」
門倉が振り返る。
「はい」
「めちゃくちゃ大変じゃない?」
「先生が伊能忠敬ですが」
「それ毎回言わなくていい!」
◇
修理が終わった。
俺は。
大きく伸びをする。
「よし!」
今日は。
よくやった。
道具も直った。
パラドックス率も戻った。
これなら。
「今日は終わり?」
俺は聞いた。
門倉が答える。
「何をおっしゃっているのです?」
「…………」
嫌な予感。
「直りましたので」
門倉が。
象限儀を見る。
そして。
空を見る。
俺も。
つられて。
空を見る。
晴れている。
綺麗な空。
嫌なほど。
綺麗な空。
「まさか」
「今夜は天測を」
「…………」
俺は。
象限儀を見る。
さっきまで。
直れ。
頑張れ。
そう思っていた。
今は。
少しだけ。
思う。
壊れたままでも。
よかったんじゃないかな。
「先生」
「何?」
「準備を」
「…………」
俺は。
深いため息をついた。
でも。
立ち上がる。
少し前なら。
逃げていたかもしれない。
文句を言って。
駄々をこねて。
門倉に引っ張られていた。
でも。
今日は。
自分で立った。
「分かったよ」
象限儀を見る。
俺たちが。
直した道具。
だったら。
使う。
「やろう」
門倉が。
少しだけ笑った。
「はい」
俺は。
夜空を見る。
今日も。
星が多い。
ものすごく。
多い。
「…………」
待てよ。
俺は。
嫌なことに気づいた。
「門倉」
「はい」
「今日」
「はい」
「何個測るの?」
「それは――」
俺は。
星空を見る。
数え切れない。
星。
星。
星。
また星。
「…………」
嫌な予感しかしない。
壊れた道具は。
直った。
次に壊れるのは。
たぶん。
俺だ。




