第8話「鋼の腕と隠された傷」
レオンハルトの登場に、リーダー格の男は明らかに動揺を見せた。
吹き矢の狙いをルミナスからレオンハルトへと変更する。
「アークライトのギルドマスターか。部外者はすっこんでいろ」
放たれた毒針が、闇を裂いて飛ぶ。
しかし、レオンハルトは肩に担いでいた大剣をわずかに傾けただけだった。
カンッ、という甲高い音が響き、毒針が剣の平に弾かれて床に落ちる。
「部外者じゃない。そいつは、俺の店の専属料理人だ。それに……俺の大切な番になるかもしれない男を、見殺しにするわけにはいかない」
レオンハルトはゆっくりと大剣を構え、男に向かって歩み寄った。
その言葉に、ルミナスは息を呑んだ。
番。
αが、運命のΩに対して抱く執着と庇護欲。
レオンハルトの瞳の奥で、琥珀色の光が獣のように燃え上がっている。
彼の放つ威圧感に当てられ、拘束されていた二人の部下が恐怖で身をよじった。
「たかが辺境の剣士が、我々に逆らう気か」
男は吹き矢を捨て、二振りの短剣を引き抜いてレオンハルトへ突進した。
暗殺者特有の、音を殺した変則的な歩法。
だが、レオンハルトは全く動じなかった。
大剣が空気を裂く重低音。
次の瞬間、男は数メートル先の石壁に叩きつけられていた。
レオンハルトは息一つ乱さず、ただ靴底の埃を払うように剣を構え直す。
それは戦いではなく、ただの掃除作業だった。
彼は大剣を背中の鞘に収めると、植物の根に縛られたままの二人を見下ろした。
「仲間を連れて、この街から立ち去れ。次にルミナスに近づけば、今度は剣の峰じゃ済まさない」
静かだが、逆らうことを許さない命令。
二人の男は震えながらうなずくことしかできなかった。
ルミナスが力を緩めると、根は枯れ木のように干からびて崩れ落ちた。
三人の暗殺者たちが逃げるように廃教会から姿を消すのを待ち、レオンハルトは振り返った。
その瞬間、ルミナスの限界が訪れた。
膝の力が抜け、石畳に崩れ落ちそうになる。
それを支えたのは、レオンハルトの太く逞しい腕だった。
「無理をしたな。体が氷のように冷たい」
レオンハルトの厚い胸板に寄りかかり、ルミナスは荒い息を繰り返した。
陽に焼かれた乾いた樹皮の匂いと、温かな体温が、冷え切ったルミナスの体を包み込む。
その心地よさに身を委ねそうになりながらも、ルミナスは必死に彼を押し返そうとした。
「……離してください」
「怪我をしている相手を放っておけるか。なぜ、俺に相談しなかった。一人で背負い込む必要なんてないはずだ」
レオンハルトはルミナスの手首を取り、血のにじんだ布をそっと解いた。
浅い切り傷があらわになる。
責められる。
そう身構えて強く目を閉じたが、降ってきた声は拍子抜けするほど低く、穏やかだった。
手首を包み込む分厚い手のひらには微かな震えがあり、それが怒りからではなく、自分を案じているのだと気づいてしまって、呼吸が乱れた。
「……私には、あなたに助けを求める資格なんてありません。彼らが言った通りです。私は元暗殺者で……昔は、触れたものの命を奪う異能を持っていました」
ルミナスはうつむき、前髪の影に顔を隠した。
静寂が降りてくる。
告白してしまった。
一番知られたくなかった過去を、この光のような男に。
軽蔑される。
忌み嫌われる。
そう覚悟して、ルミナスは目をきつく閉じた。
しかし、頭上から降ってきたのは、怒声でも冷たい拒絶でもなかった。
「そうか」
ただ一言、レオンハルトは静かに相槌を打った。
そして、ルミナスの傷ついた手首を、己の両手で包み込むように握りしめた。
「君が過去に何を奪ってきたとしても、俺は今の君を知っている。君の手が作った料理で、どれだけの人間が笑顔になったか。君の作った野菜が、どれほど温かい命の味がするか。俺は、今の君を信じる。だから、もう一人で怯えるな」
レオンハルトの体温が、傷口からルミナスの体内に流れ込んでくるようだった。
その言葉に、ルミナスの中で張り詰めていた糸がふつりと切れた。
視界が歪み、熱いものが頬を伝って落ちる。
ルミナスはレオンハルトの胸に額を押し当て、声を殺して肩を震わせた。
レオンハルトは何も言わず、ただ大きな手でルミナスの背中をゆっくりとなで続けていた。




