第7話「朽ちた祈りの跡で」
雲が分厚く垂れ込め、月明かりを完全に遮っていた。
アークライトの北端に位置する廃教会は、崩れかけた尖塔だけが夜空に向かって突き出している。
ひんやりとした湿気が漂う礼拝堂の跡地に、ルミナスは一人で立っていた。
ステンドグラスの破片が散らばる石畳を踏むたび、微かな摩擦音が静寂を削り取る。
手首に巻かれた布の奥で、真新しい切り傷が脈打つように痛んだ。
「……よく来たな、ルミナス」
祭壇の陰から、昼間の三人組が音もなく姿を現した。
闇に溶け込むような黒装束。
彼らの手には、すでに毒の塗られた短剣が握られている。
「組織を抜けた報いを受けさせるために、我々が直々に赴いた。お前が逃亡の途中で力を失ったことは知っている。生命を奪う異能を失った暗殺者など、もはやただの的だ」
中央に立つ男が、しゃがれた声で告げる。
ルミナスの呼吸が浅くなる。
彼らの言う通り、今の自分には命を奪う力が無い。
触れた相手から生命力を吸い上げ、干からびさせるあの呪われた異能は、もう使えない。
だが、代わりに得た力がある。
「私を殺すのは構わない。その代わり、あの街の人間には手を出さないと約束してくれ」
ルミナスは声を振り絞り、三人の前に進み出た。
「笑わせるな」
右側にいた男が嘲笑とともに地を蹴った。
瞬きする間に距離を詰め、銀色の刃がルミナスの喉元へ迫る。
ルミナスは反射的に身を沈め、石畳を転がるようにして刃を躱した。
かつての暗殺者としての勘は鈍っていない。
だが、体勢を立て直す前に、左側の男が背後から回り込んでいた。
挟み撃ち。
逃げ場はない。
ルミナスは深く息を吸い込み、足元の石畳の隙間に両手を押し当てた。
「……お願いだ」
指先から、ありったけの緑色の光を流し込む。
この廃教会が建てられるよりもずっと昔から、この地に眠っていた古木の根に、生命力を注ぎ込む。
地鳴りのような低い音が響いた。
石畳が内側から弾け飛び、太い樹木の根が何本も地表へ突き出してくる。
それはまるで巨大な蛇のようにうねり、迫り来る二人の男の足首に絡みついた。
「なっ、なんだこれは」
短剣を振り下ろそうとしていた男たちが、バランスを崩して転倒する。
絡みついた根は瞬く間に成長し、彼らの体を床に縫い付けるように拘束した。
生命を奪うのではなく、与える力。
ルミナスは荒い息を吐きながら立ち上がった。
異能を急速に使用した代償として、全身の血液が冷え切っていくような悪寒が走る。
視界の端が白く明滅し、立っているのがやっとの状態だった。
「……貴様、力を失ったのではなかったのか」
中央に残っていたリーダー格の男が、苛立たしげに舌打ちをした。
彼は捕らえられた部下に見向きもせず、懐から細長い鉄の筒を取り出した。
吹き矢だ。
あれには間違いなく、致死性の毒が仕込まれている。
今のルミナスの体力では、もう避けることも、植物を操ることもできない。
男が筒を口に当てた瞬間。
「そこまでにしておけ」
礼拝堂の入り口から、重く、しかしよく通る声が響いた。
空気が震えるような錯覚。
そこに立っていたのは、身の丈ほどの大剣を肩に担いだレオンハルトだった。
金糸の髪が夜の闇の中で異様な存在感を放っている。
彼がまとう乾いた樹皮の香りが、廃教会のカビ臭い空気を一瞬で塗り替えた。
「なぜ……あなたがここに」
ルミナスは震える声でつぶやいた。
レオンハルトはルミナスを一瞥し、短く答えた。
「君が嘘をつくとき、少しだけ目を逸らす癖があることに気づいていた」




