第12話「選択の重さと夜明けの決意」
レオンハルトが討伐隊を率いて街を出てから、二日が経過した。
その間、ルミナスはギルド喫茶店の厨房に立ち続けていた。
不安をごまかすように野菜を刻み、鍋をかき混ぜる。
冒険者たちの間でも、北の街道の封鎖は深刻な噂として広がっていた。
「ギルマスの討伐隊が向かったのに、まだ解決しないらしいぞ」
「相手はまともな野盗じゃない。影のように現れては消え、罠を張り巡らせているらしい」
カウンター越しに聞こえてくる会話に、ルミナスは胸を痛めた。
レオンハルトの武力は圧倒的だ。
しかし、暗殺組織の真骨頂は正面戦闘ではない。
すべては、自分のせいだ。
自分がこの街に居座っているから、彼らが巻き込まれている。
夜になり、客が引いた店内で、ルミナスは一人カウンターに座り込んだ。
手元のランプの火が、風もないのに微かに揺れている。
あの夜、レオンハルトはもう一人で怯えるなと言ってくれた。
彼の言葉に甘え、この温かい居場所に縋り付いていたかった。
しかし、このままでは、彼の光すらも自分の過去の闇に飲み込まれてしまう。
ルミナスは静かに立ち上がり、厨房の奥にある小さな棚を開けた。
そこには、アークライトに来てから一度も使っていない、暗殺者時代の装備一式が隠されている。
毒の塗られていない、ただの短い双剣。
そして、顔を隠すための黒い布。
これを身につけることは、今の平穏な生活を捨てることを意味する。
もう二度と、この温かい厨房に戻ってくることはできないかもしれない。
それでも。
ルミナスは双剣を腰に帯び、黒い布で顔の下半分を覆った。
「彼に、これ以上何も奪わせない」
誰に聞かせるでもなくつぶやき、裏口の扉を開ける。
夜の冷気が、ルミナスの熱を帯びた頬を冷たく叩いた。
◆ ◆ ◆
北の街道沿いに広がる、切り立った崖と深い森が交差する谷間。
街道の湧き水に遅効性の麻痺毒である夜影草の汁を撒き、見えない極細の鋼線を獣道に張り巡らせていた。
レオンハルトの豪剣が届かない暗闇から、馬の脚だけを狙って機動力を奪う。
それが暗殺者たちの常套手段だった。
ルミナスは気配を完全に殺し、木々の枝を飛び移りながら谷底へと近づいていく。
異能の力は使わない。
かつて組織で叩き込まれた、純粋な身体能力と隠密の技術だけを頼りに進む。
谷の入り口には、レオンハルト率いる討伐隊の野営地が見えた。
焚き火の周りで、疲労困憊した様子の冒険者たちが眠っている。
レオンハルトの姿は見えない。
おそらく、見張りに立っているのだろう。
ルミナスは野営地を迂回し、谷の奥深くへと侵入した。
見張りの暗殺者が二人、岩陰に潜んでいる。
ルミナスは音もなく背後に回り込み、双剣の柄で彼らの延髄を的確に突いた。
命は奪わない。
ただ、意識を刈り取るだけだ。
次々と見張りを無力化し、谷の最深部にある洞窟へとたどり着く。
そこには、廃教会で対峙したリーダー格の男が、焚き火の前で腕を組んで座っていた。
「やはり、自ら姿を現したか。裏切り者」
男はルミナスの接近に気づいていたのか、立ち上がりながら短剣を抜いた。
「お前が動かなければ、あの金髪の男は罠に掛かって死ぬところだったぞ」
「彼には指一本触れさせない。交渉しに来たわけじゃない。お前たちを、ここから排除する」
ルミナスは双剣を構え、低く身を沈めた。
「力を失った欠陥品が、意気がるな」
男が地を蹴り、ルミナスに向かって突進してくる。
金属が激突する火花が、暗い洞窟の中に散った。
ルミナスは異能に頼らず、純粋な剣技だけで男の猛攻を捌いていく。
手首の傷が引きつり、呼吸が荒くなる。
それでも、背後に守るべきものがあるという確信が、ルミナスの双剣に迷いのない重さを与えていた。




