07 記憶
私はどうなってしまったのでしょうか
ロキシーは暗闇の中にいます
手足を動かしているつもりですが、感覚はありません
いや……そもそも今の私には身体があるのでしょうか?
私は確か子供達を守っている間にサソリに刺されて……
そうでした
私はサソリの毒で倒れてしまったのでした
すると私は死んでしまうのでしょうか?
でも最後に私にも人を守ることが出来ました
あの子供達ならきっと大丈夫
ノルディカさんが負けるはずがありません
でも残念なのは……もっとタイヨー様のお傍にいたかった……
その時です
暗闇の中に、金色に輝く光の球体が現れました
「まだ大丈夫です。貴方は死の淵にいますが、魂は死んでいません。」
私はその金色の光に聞きました
「貴方はどなたですか?そして私はどうなってしまったのでしょう?」
「私は世界樹です。世界樹の意思です。」
神話に聞く世界樹と聞いて、私は驚きました
「王女さま。貴方はサソリの毒に侵され死の間際にいます。それを知ったタイヨー様は、王女さまの身体を深緑の森にある私の下に連れてきて、生き返してほしいと願っています。私はタイヨー様とは旧知の仲でしてね、貴方の事もよく知っています。なので私も是非、貴方をお助けしたいのですが……私のお願いをひとつ聞いてはいただけませんか?」
私には断る理由などありません
ましてや神話の世界に登場する世界樹のお願いです
「私にできることなら、何なりとおっしゃってください。」
「では、貴方には私の記憶と力を受け継いでほしいのです。そしてこの世界の成り立ちと、タイヨー様のすべてを知っていただきたいのです。」
「タイヨー様のすべてを知る?それは私にとってご褒美なのでは……ゴホンゴホン。失礼しました。よろしくお願いします。」
「フフフ。貴方は面白い人です。是非、これからもタイヨー様を好きでいてくださいね。」
そう言った金色の光は、私の中に入ってきました
その瞬間、とてつもない時間の記憶が流れ込んできました
目にしたのは、まだ何もない大地でした
眩しい青い空が広がります
私はこの世界に生まれた最初の生命
始まりの木でした
やがて私の周囲にはたくさんの緑が生まれ、それは時間をかけて森へと成長しました
始まりの木は、森に更にたくさんの生物を生み出していきました
植物、動物、そして人間……
人間が生まれてから世界は激変しました
あらゆる発明、花開く文化、高度な文明の発達、急速に増える人口、そして対立……
そして高度な文明下での対立は、激しい戦争を勃発させました
一瞬の出来事でした
長い時間をかけて増えてきた多種多様の生命
それが人間の醜い争いによって、一瞬ですべてが灰となってしまいました
世界は終わったのです
その後、私は再び始まりの木として、この大地に根を張りました
しかしその未来は、以前の世界と全く同じ道をたどり、再び滅亡しました
3度目の世界に、私は再び生まれました
しかし以前と違い、大地からも水からも魔力を感じます
そして何かの意思が語り掛けてきました
「生まれたばかりの君を『祝福』するよ。より豊かな生命が生まれますように。そして長く平和な時間が過ごせるよう願いを込めて。」
この瞬間に私は、過去からの記憶をただ積み重ねているだけの存在から、明確な意思を持つ存在に変わりました
それは始まりの木が世界樹となった瞬間でした
そして理解しました
私に語り掛けてきた意思は、この世界を作った創造神であることを
その創造神は太陽の意思であることを
世界樹となった私は、今度こそ醜い争いでこの世界を滅亡させないよう心に誓いました
世界の魔力を利用し、私の意思で生命を生み出しました
魔力の濃い森
そこに生まれる魔力を持った生物
より魔力が濃い場所には、より強い魔力と力を持った魔獣が生まれました
頂点に君臨するのは3体のドラゴン
森を守護する深緑竜
海を守護する白氷竜
火山を守護する獄炎竜
やがてこの世界に人間が生まれました
魔力を持って生まれた人間は、すでにいろいろと便利な能力を持っており、それは文明の発達するスピードを著しく遅らせました
また人間の潜在的な敵勢力として魔獣がいるため、人間同士の戦争が以前の世界と比べ大きく減りました
そしてある日、この3度目の世界に強い興味を持った太陽の意思は、深緑の森にタイヨー様となって現れました
「これが私の記憶。今まで見てきたこの世界の生い立ちです。」
世界樹がロキシー王女に見せた世界の歴史は、とてつもなく長いストーリーでした
その悠久とも思える長い時間を観察していたタイヨー様
「タイヨー様は太陽の意思。創造神であり今もタイヨー様と太陽は繋がっているのですね。」
私は世界樹に聞きました
「そうです。そして貴方も同様に世界樹の私と繋がりました。貴方の身体は作り替えられて私と一体となりました。そしてこれから貴方は生命神となりタイヨー様と一緒に悠久の時を生きるのです。」
「やはりご褒美……ゴホンゴホン。分かりました。これから私と貴方は、タイヨー様と共に世界を観察し続けます。」
「フフフ。さあ、皆が待っています。目覚めの時です。」
私は目を覚ましました
周りは見えます
音も聞こえます
しかし私の意思で動くことができません
ああ……
今は私と共にある世界樹さまが私の身体を使っているのですね
皆が私を驚いた顔で見上げてます
そして皆に、私の中の世界樹さまの意思が話しかけます
「私は世界樹の意思です。今、私はロキシー王女と繋がり、共に生きることになりました。身体は生まれ変わり悠久の時を生きることになりました。私は世界樹の意思を持つ者。生命神ロキシーです。」
皆がその場に跪きました
そして生命神の降臨を心から祝福してくれます
ただタイヨー様は呆気にとられていました
「王女さま……世界樹かな?確かに僕は生き返ってほしいと願ったけど……良かったのかな?僕と同じような存在になっちゃったみたいだけど。」
世界樹さまが私の身体を使って答えます
「はい。ロキシー王女は私と想いをひとつにしました。私達と共に生きるのはお嫌ですか?」
な!何を言い出すんでしょう!?
「と、とんでもない!とてもうれしいよ。この時代にたくさんの仲間ができたけど、王女さまはやはり特別なんだ。これからもよろしくね。」
タイヨー様!本当ですか!?
私も嬉しいです
嬉しいですけど……話しているのは私ではないんです!
「私もうれしいですわ。では生命神である私が、とっておきの魔法を使いますわ。」
ま!まさか!世界樹さま!?
その魔法は………!
「健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、生涯愛し、敬い慈しむ事を誓います……『エンゲージリング』」
すると2人を金色の光が包み、その光はそれぞれの左手の薬指に収束されました
そして、それは徐々に形となり、金色の指輪になりました
「これで私達は永遠ですわ。」
そう言うと世界樹さまは瞬きをしました
まさか!このタイミングで私に身体を戻すつもりですか!?
(フフフ。ロキシー様。お膳立ては終わりました。さあ、目覚めの時です。タイヨー様との感動の再会です!)
いや!ちょっと待ってください!世界樹さま!
意識は完全に戻り、身体も自由に動きます
世界樹さまの意識は、とんでもない事をしておいて笑いながら消えてしまいました
今、ここにいるのは私一人
私は恥ずかしさのあまり顔を赤くしてうつむきながら叫びました
「違うんです!違うんです!いえ……違わないんですが……皆さんも頭をお上げになってください。今の私はただのロキシーです!」
テンパって何を言ってるのか自分でも分かりません
しかし……
ノルディカさんが勢いよく私に抱きついてきました
「何はともあれ!無事に息を吹き返してくれて良かった!」
ノルディカさんが涙を流しながら喜んでくれています
いっぱい心配をかけてしまいました
「聞きたい事も!言いたい事も!山ほどあるけど、今はどうでもいいわ!無事で本当に良かった!」
ライア様が喜んでいます
ライア様にもいっぱい心配をかけてしまいました
「作戦通り、全て上手くいったわ!」
ユキ様とディーネ様が手を取り合って喜んでいます
さてはいろいろと貴方たちの作戦ですね
でも………まぁ……嬉しいです……とても
その時タイヨー様が言いました
「ノルディカさん。王女さまも無事に……いや、いろいろと問題を残しましたが、とにかく無事に息を吹き返しました。諸々の事は後にして、今は急ぎ東部の街の問題を解決しなくてはならないのでは?」
「そうだった!現地の者に丸投げ状態だった!王女……でよろしかったですか?状況は把握されていますか?」
「王女でお願いします……で、あの後どうなったのでしょうか?」
私は倒れて記憶のない間に起こったことをノルディカさんに聞きました
東部の街では今、現地の騎士たちに領主館の調査と、ユキ様が馬車ごと凍らせた領主達の警備を依頼してあるそうです
「わかりました。それではまず王城に行って応援をお願いしましょう。ライア様、木の扉で全員を王城に連れて行ってもらえませんか?」
世界樹さまから知識を得た私は、ライア様の魔法についても知っています
「わかりましたわ。『木の扉』」
初めて見る魔法にノルディカさんは驚いていますね
「これで王城内の木に扉を開きました。」
「ありがとうございます。では皆さま、行きましょう。」
私は躊躇することなく木の扉に入っていきました
「ま、待ってください!王女!」
ノルディカさんが慌てて追いかけてきます
皆様もその後をついてきました
私は場内に着くと、すぐにスミス王の執務室に向かいます
お城の皆が驚いていますが気にしません
私は執務室に着くと扉をノックし、中に入りました
執務室にはお父様と宰相さまがいました
ふたりは私達を見て、驚きのあまり声が出ません
何とか再起動したお父様は、とりあえずノルディカさんに事情を聞くことにしました
「ノルディカよ。お前達はまだ東部の街にいるはずだが、一体なぜ今ここにいるのだ?それにタイヨー君や紅炎殿にユキ殿まで。後の方々はいったい……」
「それにつきましては、とてもひと言では言えない事象が……」
さすがのノルディカさんも、どこから説明して良いのか悩んでいます
すると私の意識が身体から抜けていきました
この感覚は……世界樹さまが私の身体に入りましたね
なんでしょう……何か嫌な予感がします
「回りくどい説明は不要!後ろの面々は深緑竜さまとドライアド様、ウンディーネ様です。今回の東部視察で、私達は領主らによる人身売買の現場を押さえました。ただ、その時に領主の罠にはまり、ノルディカさんが魔物と戦闘中に私は死にました。死んだ私をタイヨー様が助けてくれました。そして私は生命神となりタイヨー様と結婚しました。なので東部の街に増援をお願いします。」
ギャーーー!
何を言い出すのですか!!世界樹さま!!
「わーーー!」
タイヨー様が絶叫してます
皆さんは絶句してます
「……タイヨー君……説明を。」
お父様が怖い顔でタイヨー様に迫ってます
これは大変な事になりました
とにかく皆さん落ち着きましょう
まずはノルディカさんから東部の街の視察について説明します
「東部の街では、領主館と街の中心部が贅を尽くし作られていました。特に領主館は高級な調度品で溢れていました。そして街から外れると、そこは貧民層の住む場所で、食べるものもままならない生活をしていました。街の収支を確認すると過剰な収入は無く、何か裏があると私達は疑いました。」
スミス王は黙って続きを促します
ノルディカさんは話を続けました
「夜会の最中、王女がラング財務官から密告を受けました。それは領主が貧民層に住む子供を拐って、人身売買をしていると言う情報でした。領主は意図的に貧民層を作り、生活苦の子供を拐っていると言うのです。私達はその人身売買の現場を押さえ、今、現地では騎士達が証拠を集めている最中です。関与していると思われる領主と執事は捉えています。早急に応援の手配を。容疑は人身売買と王女殺害未遂です。」
「なんだと!?」
王女殺害未遂と聞いて、スミス王は思わず立ち上がりました
それを宰相はなだめます
「王よ。落ち着いてください。ロキシー王女はそこに無事な姿でおいでです。」
スミス王は少し落ち着きました
「そ、そうだな。ではさっそく応援を出すが移動に時間がかかるぞ。」
そこでスミス王は疑問に思いました
「ロキシー王女とノルディカは、なぜこんなにも早くここに着いたのだ?」
「それは深緑竜さまと獄炎竜さまに乗って飛んで来ましたので。」
スミス王は驚きました
「なんと……」
「ですが、ここからは人数が多いため、私が瞬間移動の魔法で送り届けますわ。」
「失礼ですが貴方は?」
「私は森の管理者と呼ばれているドライアドです。私には複数人を送り届ける魔法が使えますので。」
「では、現地で凍らせている犯人共は私が対応しましょう。ところで、私も初めましてですわね。私は北の海の管理者と呼ばれていますウンディーネですわ。」
スミス王と宰相は気を失いそうになりましたが、何とか気をしっかり保つと、即座に文官と騎士を集めました
「では早速、行ってきますわ。」
そう言うと、ライア様は開いた木の扉をくぐって調査隊を連れ出発しました
「さて。これでひとまず現場は大丈夫だろう。次の話だ。」
スミス王はジロリとタイヨー様を睨みました
「それについても、まず私から説明いたします。」
再びノルディカさんが話します
「人身売買の現場を押さえた私達でしたが、彼らは子供たちを孤児院に連れて行くと言いました。確認のために私達も同行しました。後に聞いたのですが、東部の街には孤児院などありませんでした。私達は彼らの罠にはまり、巨大なサソリの住処に置き去りにされたのです。」
スミス王は、再び王女が魔獣に襲われた事に頭を抱えました
「サソリの魔獣は私と相性が悪く苦戦しましたが、そこに紅炎さま、ユキ様、タイヨー君が助けに入ってくれ、ユキ様が魔獣を一瞬で凍らせ撃退してくれました。」
スミス王はホッと息をつきました
「しかし問題はこの後でして……私が魔獣と対峙している間に、王女と子供たちが乗った馬車に小型のサソリが侵入したのです。そして子供たちを守る為に間に入った王女がサソリの毒に倒れました。急ぎ駆けつけたタイヨー君が解毒を行いましたが間に合わず、王女は心肺停止に。ユキ様が身体の時間を止める魔法を王女に使用し危機を脱した後に、タイヨー君の拠点にて治療を行ったのです。」
スミス王は再び、気を失いそうになりました
「ではここからは僕が話します。戯言のように思うかもしれませんが、ひとまず聞いてください。そして今から聞く話は絶対に他言しないでください。」
神さまはそう言うと、続きを始めました
「僕の拠点としている場所には世界樹があります。神話に出てくるようですね。僕は始まりの木と呼んでいましたが。世界樹には意思があります。王女さまは世界樹の意思にとても気に入られました。世界樹は心肺停止の王女を助ける為に、全力で助力してくれました。その結果、王女さまは世界樹の意思と繋がり、世界樹が持つ強大な力と、この世界の歴史をその身に宿し神格化しました。今も常に世界樹と繋がり意思を共有する王女さまは生命神へとなられました。」
今度こそスミス王の意識が飛んでしまいそうです
宰相さまも既にギリギリの状態です
そこで私の中の世界樹さまが話し始めました
「貴方はスミス王ですね。お初にお目にかかります。今は王女さまの身体をお借りして私が話しかけています。私は世界樹の意思です。」
スミス王と宰相さまは、慌てて床にひれ伏しました
「神よ!私達の前に御降臨いただき光栄にございます。」
「スミス王。どうか頭をお上げください。確かに王女は生命神となりましたが、貴方の娘で間違いありません。この目が金色でない時は、ちゃんと娘として接してあげてくださいね。でないとロキシー王女が悲しみますので。」
スミス王は顔をあげて聞きました
「では確かにロキシーは、その身体の中にいるのですね?」
「もちろんです。今は世界樹である私が身体をお借りしているだけですわ。王女の目が金色の時は世界樹の意思が話していると判断していただいて結構ですわ。」
スミス王は起き上がり答えました
「わかりました。ロキシーは私の娘。その想いは絶対に忘れません。」
「よろしくお願いいたします。」
そして話は終わったか……と思ったところで、世界樹さまは本当に忘れていたとばかりに付け加えました
「そうそう。王女さまは生命神になられたので不老不死となりました。そして私と同じ存在であられるタイヨー様と結婚いたしますわ。」
「へ?」
お父様は気の抜けた返事をしました
「それはそうでしょう。神となったロキシー様が人間とは婚姻関係にはなれませんわ。不老不死ですしね。なのでロキシー様が好意を寄せているタイヨー様と結婚するのです。」
スミス王は恐る恐る聞きました
「と言うことは……タイヨー君は……」
「そうですよ。タイヨー様の身体に宿るのは天を照らす太陽の意思で、この世界を造った創造神さまです。」
今度こそお父様は気を失いました
世界樹さまは気を失ったスミス王を王城の人々に任せ、声も高々に言いました
「さあ!皆で東部の街に向かいましょう!」
世界樹さま……少しは自重してください




