第四十六話「五十七が、二つある」
着任百二十六日目。
収穫が、始まっていた。
カイからの報告が、毎夕届く。
南側二戸、刈り取り完了。
中央一戸、明日から。
人手が足りない日は、近くの家に声をかけたと、一言添えてある。
数字の増減だけの、短い書付だった。
派手な報告ではない。
だが、書き漏らしのない報告だった。
ライルは、それに目を通しては、次の仕事に戻った。
収穫期の間は、これが続く。
執務所の中では、それとは別の作業が進んでいた。
暫定命令を受けて新設した、原本保全記録。
現在の保全番号。
受領日。
封蝋の状態。
保管棚。
確認者と立会人。
まずは係争地に関わる書類から始めたが、ロイドは、これを機に重要書状全般へ同じ形式を広げることにした。
「後から見て、いつ誰が確かめたのかわからない書類が、まだ棚に残っています」
ロイドが言った。
「古いものから、順に確認します」
その作業の一部を、ミラが任された。
判断はいらない。
書かれているものを、そのまま記す。
封蝋の状態を確かめる。
現在の保全番号を、新しく振る。
元から書類についている番号や印は、消さずに別欄へ写す。
地味な仕事だった。
ヴェクが、棚から古い書状の束を運んでは、日付順に並べていく。
「これで、あと三束です」
ヴェクが言った。
「一件ずつ、丁寧に」
ミラは答えた。
「急ぐと、見落とします」
初日は、税に関わる書状。
二日目は、官倉と融通記録に添えられた控え。
三日目、南通り穀物商会と北西家商務分家に関わる書状の束に取りかかった。
三日目の午前。
ミラは、北西家商務分家から届いた最初の正式契約書状——麦二十袋、代理人エーリクの署名がある一件——を前に、手を止めた。
現在の保全番号ではない。
封筒の端に貼られた、古い受領札の番号だった。
「ロイドさん」
「はい」
「五十七が、もう一つあります」
ロイドが、控えを覗き込んだ。
商務分家の契約書状には、受領札番号「五十七」。
だが、旧受領台帳を遡ると、同じ番号は、半年以上前に届いた南通り穀物商会の書状へすでに使われていた。
「同じ番号が、二件あります」
ミラが言った。
「片方を五十八に直しますか」
言い終えてから、すぐに首を振った。
「違います。直したら、最初から五十八だったことになります」
「その通りです」
ロイドが答えた。
旧来の受領札は、二枚一組だった。
一枚を届いた書状へ貼り、同じ番号の半券を受領台帳へ残す。
一度使った番号は、再び使わない。
少なくとも、決まりではそうなっていた。
二人は、商会の書状と、商務分家の契約書状を並べた。
商会のものは、紙の色がわずかに焼けている。
商務分家のものは、まだ新しい。
どちらにも「五十七」と印字された受領札が貼られていた。
「台帳の半券は」
ミラが尋ねた。
「一枚だけです」
ロイドは答えた。
半券に記された日付は、半年以上前。
差出人は、南通り穀物商会。
商務分家の書状に対応する半券は、なかった。
「では、商務分家の書状は」
「通常の受領手続きを通っていないか」
ロイドは、そこで言葉を切った。
「後から、別の受領札を貼られたか。今の時点で言えるのは、そのどちらかを含む可能性がある、というところまでです」
「間違って二枚作った可能性は」
「あります」
ロイドは答えた。
「ただし、その場合でも、半券が二枚残るはずです」
「見つからないだけかもしれません」
「それもあります」
ミラは、二件を並べて記した。
南通り穀物商会書状。
旧受領札番号五十七。
対応する半券あり。
北西家商務分家契約書状。
旧受領札番号五十七。
対応する半券なし。
番号重複の理由は、現時点では確認できず。
元の受領札は変更せず、疑義ありとして保全。
それだけを書いた。
ロイドが頷いた。
「よい書き方です」
「合っていますか」
「今わかっていることと、わからないことが分かれています」
ロイドは言った。
「後で違う理由が見つかっても、訂正できます」
ライルが、記録を確認した。
「商務分家の書状は、いつ届きましたか」
「先月です」
ロイドが答えた。
「暫定命令が届く前です」
「誰が受け取ったかは」
「旧受領台帳に記載がありません。半券がないため、担当者欄も残っていません」
「商会の書状は」
「半年以上前です。こちらは、ダグラスが受領したことになっています」
ライルは、二つの書状を見比べた。
一方には、正規の半券がある。
もう一方には、同じ番号の札だけがある。
「施錠棚へ入れた記録は」
「暫定命令より前は、ありません」
ロイドが答えた。
「いつ、誰が棚に入れたかは、確かめようがありません」
「では、今の時点で確認できる事実は」
ライルが尋ねた。
「五十七の受領札が二枚あること」
ロイドが答えた。
「台帳の半券は一枚だけで、商会の書状に対応していること」
「商務分家の書状が、通常の受領手続きを通ったと確認できないこと」
「はい」
「商会と商務分家が結びついている証拠ではない」
「ありません」
ロイドは、はっきりと言った。
「同じ番号を持っている。それだけで、両者が共謀したとは言えません」
監査室。
北西の貴族家本家。
商務分家。
南通り穀物商会。
四つの目が出揃った時、ライルは、それぞれが別の立場からガルダを見ていると考えていた。
その考えは、まだ崩れていない。
だが、商務分家の書状が、どの経路で執務所へ入り、誰の手で棚へ置かれたのか。
そこだけが、記録の外に落ちていた。
「仮説として、記録しますか」
ミラが尋ねた。
「仮説は、事実の欄には書きません」
ライルは言った。
「確認事項として、別に残します」
ミラが、新しい頁を開く。
「私が見つけたことで、何か変わりますか」
「変えるかどうかを決めるために、見つけたものを残します」
ライルは答えた。
「見つけなければ、確かめることもできませんでした」
「見直せば、わかる。そう言って、採用されました」
ミラは、小さく言った。
「今日は、見直しただけです」
「それで十分です」
ライルは言った。
「大きな発見である必要はありません。数字が合わないと、正直に言えたことが記録になります」
「これから、どうしますか」
「同じ重なりが他にないか、残りの束を確かめます」
ロイドが答えた。
「旧受領札の未使用束と、半券の欠番も確認します」
「商務分家には」
ミラが尋ねた。
「書状を誰に渡したか、受領証の控えが残っているかを照会します」
ライルは言った。
「南通り穀物商会にも、同じ番号の書状について、発送時の控えを確認します」
「監査室には」
ロイドが尋ねた。
「伝えます」
ライルは答えた。
「結論ではなく、書類保全上の異常として。確認できた事実だけを、今日の日付で報告します」
「まだ理由は、わからないのに」
「わからないことも、監査に必要な情報です」
ライルは言った。
「後で理由が見つかった時、いつ異常を把握し、何を保全したかが残っていなければなりません」
商務分家との二十袋の引き渡しは、三日後に予定されている。
「取引は、止めますか」
ロイドが尋ねた。
ライルは、契約書状を見た。
受領経路に疑義はある。
だが、契約内容そのものが偽造されたと示す事実は、まだない。
「今は止めません」
ライルは答えた。
「ただし、エーリク本人に契約書状の内容と署名を再確認してもらいます。支払い先と受領権限も、原本とは別の経路で確かめます」
「書状だけでは、足りない」
「足りないとわかった以上、確かめ方を増やします」
窓の外では、カイからの報せが、また一つ届いていた。
南側一戸、搬入完了。
東側二戸、刈り取りを一日延期。
理由、朝露が抜けず。
遅れそうだと、先に届ける。
カイは、言った通りにしていた。
畑の順番と、書類の順番。
どちらも、予定通りには進まない。
だからこそ、何がずれたのかを残す。
執務所の机には、二つの帳面が並んでいた。
一つは、麦の数を数える帳面。
もう一つは、五十七が二つあることを記した帳面。
どちらにも、まだ答えはない。
だが、答えがないことだけは、もう隠れていなかった。
お読みいただきありがとうございます。
次回は明日19:10更新予定です。
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