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辺境調整官、只今着任 〜左遷に見えた赴任は、辺境を変える第一手だった〜  作者: 瀬川 理久
第十一章:引き継がれた、もの

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第百十六話「閉じる、という答え」

 着任四百六十五日目、朝。


 監査室からの正式便が届いた。


「処遇の決定通知です」


 ロイドが言った。


「ダグラスさんと、ベルクさんの」


「はい」


 ライルは答えた。


「開けてください」


 ロイドが受領時刻と封の状態を記録し、封を切った。


 中の紙は二枚だった。


 一枚目は、ダグラスについて。


 ——過去の不正関与については、本人の自発的申告、継続的な調査協力、証拠保全への協力を含め、事実関係を監査記録へ確定して保存する。


 ——現時点で、新たな行政上の処分は科さない。現在の職務を継続する。


 ——係争・監査対象書類の単独処理を禁じた本人限定の暫定措置は、本通知をもって終了する。


「終了」


 ダグラスがいない部屋で、ミラが小さく繰り返した。


「はい」


 ロイドが答えた。


「ただし、過去の記録が消えるという意味ではありません」


「そこも書かれています」


 続き。


 ——本判断は過去の行為を不存在とするものではない。監査記録・本人証言・関連資料は従前どおり保存する。


 ライルは頷いた。


「処分しないことと、なかったことにすることは別です」


「はい」


 ロイドが二枚目を開いた。


 ——ベルクについて。


 ——旧窓口担当としての調査協力は、現時点で必要な確認を終えたものとする。


 ——正式な復職は行わない。


 ——本通知をもって継続的な協力要請を終了する。新たな具体的事実が確認された場合は、必要な範囲で改めて個別照会を行う。


 部屋が静かになった。


「これで、ベルクさんも」


 ミラが言った。


「宙ぶらりんではなくなります」


「はい」


 ライルが答えた。


「戻すのでも、いつまでも待たせるのでもない。今ある記録で、ここまでと決めた」


 ロイドが、通知の末尾を読んだ。


 ——なお、ガルダ執務所が今後採用する原本取扱手順については、監査室として異議なし。


「原本取扱手順」


 ミラが言った。


「こちらから出した案です」


 ロイドが別紙を置いた。


 ——監査・係争・権利変更に関わる重要原本の開封、持出、訂正、追記、差替えは、二名以上による相互確認を要する。


 ——確認者名、日時、目的を取扱記録へ残す。


 ——役職名ではなく、手順として適用する。


「ダグラスさんだけの制限を、そのまま全員への罰に変えるわけではありません」


 ライルが言った。


「何が危なかったかを見て、必要な部分だけを手順にした」


「誰が筆頭役人でも」


「同じです」


「ライル様がいなくても」


 ミラが尋ねた。


「同じです」


 ライルは答えた。


 その言葉に、ロイドが一度だけ顔を上げた。


 午後、ダグラスを呼んだ。


 通知は、要約せずに本人へ読んだ。


 ダグラスは最後まで黙って聞いていた。


「新たな処分は、ない」


「はい」


「今の仕事は、続けてよい」


「はい」


「以前のことは、記録に残る」


「残ります」


 ダグラスは、ゆっくり頷いた。


「その方が、いいです」


「理由を聞いても」


「消されたくないので」


 ダグラスは答えた。


「悪かったことまで、今の自分で上書きしたくありません」


 ライルは、それ以上を足さなかった。


「単独処理の制限は、終わります」


 ロイドが言った。


「ですが、重要原本の二名確認は、執務所全体の標準手順になります」


「私だけではなく」


「誰でもです」


 ダグラスは、しばらく黙っていた。


「私のための制限が、私がいなくても残る手順になった」


「制限そのものを残すのではありません」


 ライルが言った。


「一人で抱えない方がいい仕事だった、という判断を残します」


 ダグラスは、少しだけ笑った。


「その言い方の方が、いいですね」


「ベルクさんは」


 ダグラスが尋ねた。


「復職はしません。継続していた協力要請も、今日で終了です」


「そうですか」


「必要な事実が新しく出れば、その時に個別に照会する。今は、それ以上追いません」


 ダグラスは、長く息を吐いた。


「私だけが、残るんですね」


「残ることを、罰にも褒美にも変えません」


 ライルは答えた。


「今日決まったのは、職務上の扱いです」


「償ったかどうかは」


 ダグラスが言った。


「私が決める話ではありません」


 ライルは静かに答えた。


「あなた自身がどう受け止めるかも、監査室の通知で決まることではありません」


 ダグラスは、しばらくライルを見ていた。


 それから、深く頭を下げた。


「承知しました」


 立ち上がる。


「では、仕事に戻ります」


「お願いします」


 それだけだった。


 大きな言葉はなかった。


 戻る席も、昨日と同じだった。


 ただ、その席に付いている条件の意味だけが変わった。


 夕方。


 ロイドが、これまでの二欄整理を最後まで見直した。


 閉じた項目。


 第五十六話襲撃事件。


 北西貴族家本家。


 旧書記役タイス。


 呼称「鍵」。


 辞令書余白印。


 ライルのガルダ赴任経緯。


 広域照合の制度対応。


 ダグラスとベルクの処遇。


 そして、最後に一つだけ残っていた。


 ——あの方の実際の生死・失踪理由。


「ここを、どうしますか」


 ロイドが尋ねた。


 ライルは、すぐには答えなかった。


 机の上へ、最後に関係資料だけを並べる。


 あの方名義の書状受付日。


 その後に起きた頁欠落の推定時期。


 人事綴りの「病没」。


 確認者署名なし。


 根拠番号なし。


 医療記録による死亡裏づけなし。


 埋葬・遺体引渡し記録による裏づけなし。


 タイスが残した可能性の高い比較写し。


 ——死亡確認資料、当方では確認できず。


 その後、タイスはガルダを離れた可能性が高い。


 あの方本人については、それより先の移動記録も、生存を示す記録も、死亡を示す別系統記録も見つかっていない。


「新しい照会先は」


 ミラが尋ねた。


「ありません」


 ロイドが答えた。


「これまで確認した記録の外に、具体的に指定できる資料がもうありません」


「証言者は」


「これ以上、直接知っている人物は確認できていません」


 ライルは頷いた。


「では、閉じます」


 ミラが顔を上げた。


「わからないまま、ですか」


「はい」


 ライルは答えた。


「わからないままではなく」


 少し言葉を選ぶ。


「今残っている記録では、確認できないと確定した形で閉じます」


「病没は」


「死亡事実としては扱いません」


 ロイドが新しい整理票を作った。


 ——あの方の生死・失踪理由:現存資料から確認不能。


 ——人事綴り「病没」は、記載された事実として保存するが、死亡事実を裏づける根拠としては扱わない。


 ——生存を示す記録も確認されていないため、生存とも判断しない。


 ——新たな具体的資料・証言が生じない限り、追跡を終了する。


「未解決、という言葉は」


 ミラが尋ねた。


「残します」


 ライルが答えた。


「未解決であることと、調査を開いたままにすることは別です」


 ロイドが、旧帳面の最後にその整理票を綴じた。


 元の頁は消さない。


 「病没」の文字も消さない。


 その後ろに、何が確認できなかったかを残す。


「これで」


 ロイドが言った。


「開いたままの調査帳面は、なくなります」


「未確認は、残っています」


 ミラが言った。


「はい」


 ライルは頷いた。


「ですが、未整理のまま残っているものは、ありません」


 その言葉に、部屋が静かになった。


 夜。


 ヴェクが官倉の点検表を閉じた。


 カイから水路の異常なしという連絡が届いた。


 ゲオルグからは、井戸の水位も変わらないと報告があった。


 ミラが受付の帳面を締める。


 ロイドが重要原本の二名確認手順の初版に日付を入れた。


 ダグラスが、その確認者欄へ署名した。


 ライルは、最後に手帳を開いた。


 ——監査室よりダグラス・ベルクの最終処遇通知。ダグラスは追加の行政処分なし、現職継続。過去の行為と証言は監査記録に保存。本人限定の暫定的単独処理制限は終了。


 ——ベルクは復職せず、継続的な調査協力要請を終了。新たな具体的事実が出た場合のみ個別照会。


 ——監査・係争・権利変更に関わる重要原本について、二名以上の相互確認と取扱記録をガルダの恒久手順として施行。個人ではなく手順へ残す。


 少し間を置き、最後の項目を書いた。


 ——あの方の実際の生死・失踪理由は、現存資料から確認不能。「病没」は死亡事実として採用しない。生存とも判断しない。新規具体的資料が生じない限り、追跡終了。


 最後に、一行。


 ——全部わかったから、閉じるのではない。どこから先がわからないかを、もう動かせないところまで確かめたから、閉じる。


 手帳を閉じた。


 施錠棚には、閉じた帳面が並んでいた。


 答えの出た帳面。


 関係を確認できず閉じた帳面。


 確認不能と記して閉じた帳面。


 形は違う。


 だが、どれも同じように、日付と理由を持っていた。


 窓の外では、水路が流れている。


 明日も、同じように流れるだろう。


 ライルが見なくても。

お読みいただきありがとうございます。


次回は明日19:10更新予定です。

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