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辺境調整官、只今着任 〜左遷に見えた赴任は、辺境を変える第一手だった〜  作者: 瀬川 理久
第十章:あの方の、答え

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第百七話「印が、戻る先」

 着任四百三十九日目、朝。


 監査室から、昨日の照合結果が届いた。


 封は薄かった。


「薄いですね」


 ミラが言った。


「薄い方が、読むのは怖い時があります」


 ロイドが答えた。


「余計なものがないということですから」


 受領記録を残し、封を切る。


 中には、比較表が一枚。


 発行記録の写しが二枚。


 そして、監査室の所見が一枚入っていた。


「部分意匠の照合からです」


 ロイドが読み上げる。


 ——確保者所持品に残った部分印は、地方文書取次系統で使用される受領確認印のうち、旧式第三型と主要意匠が一致。


 ——事件当時、当該印型を現用していたのは、周辺地域では地方文書保全係一部署のみ。


「一部署」


 ダグラスが言った。


「はい」


 ロイドが続ける。


 ——同部署の事件前後二十日間の発行記録を確認。


 ——通常の受領確認票とは別に、「臨時文書回収」の名目で一件の発行あり。


 ——対象地欄、ガルダ。


 部屋が静かになった。


「日付は」


 ライルが尋ねた。


「襲撃の六日前です」


「対象文書は」


「記載がありません」


「発行理由は」


「『旧記録整理』とだけ」


 ライルは、紙を見た。


「承認者は」


 ロイドが、次の写しを置いた。


 ——当時・地方文書保全係主任 エルン・ハルデ。


 新しい名前だった。


 だが、謎として現れた名前ではない。


 発行記録の承認欄に、署名付きで残っている名前だった。


「この人は、今も」


 ミラが尋ねた。


「同じ部署の上位職にいます」


 ロイドが答えた。


「現在は、地方文書保全監理官」


「昇進している」


 ダグラスが言った。


「はい」


「それだけでは、何も」


「何も言えません」


 ライルが答えた。


「事件の六日前に、ガルダを対象とした『臨時文書回収』を承認した。それだけです」


「襲撃を命じた、とまでは」


「まだ言いません」


 監査室の所見には、さらに一つ書かれていた。


 ——当該「臨時文書回収」票の控えは、正規の処理簿には綴じられていなかった。


 ——廃棄予定票を保管する副簿から発見。


「廃棄予定」


 ミラが言った。


「発行した後で、取り消したんでしょうか」


「通常なら、そう読めます」


 ロイドが答えた。


「ただし、取消理由欄は空欄です」


「使われたか、使われなかったか」


「正規記録だけでは、わからない」


 ライルが言った。


「でも、確保者側に残った部分印が、同じ印型と重なる」


「はい」


 ロイドが頷いた。


 ミラが、二欄整理を更新する。


 左欄。


 ——事件六日前、地方文書保全係で「臨時文書回収/対象地ガルダ/旧記録整理」の票を発行。


 ——承認者:当時主任エルン・ハルデ。


 ——同票は正規処理簿でなく廃棄予定副簿に残存。


 ——確保者所持品の部分印は、同部署が当時使用していた受領確認印型と主要形状一致。


 右欄。


 ——当該回収票が襲撃依頼に使用されたか。


 ——エルン本人が暴力的回収を指示したか。


 ——指示紙の作成者。


「ここまでは、かなり近い」


 ダグラスが言った。


「近いです」


 ライルは答えた。


「ですが、承認印を押したことと、暴力を命じたことは別です」


「では、次は」


「監査室が、本人に確認します」


「ガルダからは」


「何もしません」


 ライルは言った。


「この名前が出た時点で、本人への聴取は監査室の権限です」


「会いに行かない」


「行きません」


 迷いのない返事だった。


 ロイドが、もう一枚の資料を見ていた。


「エルン・ハルデについて、過去の担当歴があります」


「事件より前ですか」


「七、八年前」


 その言葉に、全員が顔を上げた。


「当時は、地方文書取次の補佐官です」


「ガルダの人事月報は」


 ライルが尋ねた。


「この取次系統を通っています」


 部屋が、もう一度静かになった。


「病没の月報も」


「経路上は、通っています」


 ロイドが答えた。


「本人が見たかは」


「わかりません」


「受領署名は」


「残っています」


 ロイドが、古い月報受領控えの写しを置いた。


 ガルダ執務所から本局へ送られた人事月報。


 根拠番号のない「病没」を含む月報。


 その取次受領欄。


 ——エルン。


 ダグラスが、目を閉じた。


「同じ人です」


「はい」


 ライルは答えた。


「ただし、ここでも分けます」


 指で二つの紙を示す。


「七、八年前、根拠番号のない月報を取次で受領した」


 もう一つ。


「現在、ガルダを対象とした臨時文書回収を承認した」


「その間に、何を知っていたかは」


「まだ、わかりません」


 ミラが言った。


「同じ人だから、全部同じ理由とはしない」


「はい」


 ライルは頷いた。


「でも、監査室が本人へ聞く理由としては十分です」


 昼過ぎ。


 ヴェクが官倉の点検記録を持ってきた。


「異常ありません」


 ロイドが受け取り、署名する。


「補修したところも」


「問題ありません」


「ありがとうございます」


 ヴェクは、それだけで戻っていった。


 古い事件に具体的な名前が出た日でも、官倉の点検結果は一行だった。


 異常なし。


 必要なところにだけ、必要なだけ書く。


 夕方、監査室から短い追伸が届いた。


 ——エルン・ハルデを聴取対象として確保。職務上の文書へのアクセスを一時停止。


 処分ではない。


 調査のための保全措置。


「もう、こちらからすることは」


 ミラが尋ねた。


「待つことです」


 ライルが答えた。


「ただし、今までの資料は、明日のうちに整理して監査室へ返します」


「追加で、何か推測を」


「付けません」


 ライルは言った。


「二つの時期に同じ名前がある。それ以上は、監査室が本人へ確かめます」


 夜。


 ライルは手帳を開いた。


 ——確保者所持の部分印は、事件当時、地方文書保全係一部署が現用していた受領確認印型と主要形状一致。


 ——事件六日前、同部署で「臨時文書回収/対象地ガルダ/旧記録整理」を発行。承認者、当時主任エルン・ハルデ。票は正規処理簿でなく廃棄予定副簿から発見。


 ——エルンは七、八年前、地方文書取次補佐としてガルダの「病没」月報を受領した記録もある。ただし、当時の認識・関与は未確認。


 ——監査室、エルンを聴取対象として保全。ガルダ側からの直接接触は行わない。


 最後に、一行を書き足した。


 ——同じ名前が二つの時期に出た。だからこそ、こちらで線を完成させない。


 手帳を閉じた。


 線の先に、初めて名前が置かれた。


 だが、名前が置かれたことと、答えが出たことは、まだ同じではなかった。

お読みいただきありがとうございます。


次回は明日19:10更新予定です。

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