第百五話「残ったものを、消しに来た」
着任四百三十二日目、朝。
ロイドが、あの方の時系列表へ新しい列を加えた。
——受信。
——発信。
人事綴りだけを見ても、病没の根拠は出なかった。
なら、その前後に動いた紙を見る。
「期間は、広げません」
ライルが言った。
「病没の記入前後、十日だけです」
「十日」
ミラが確認した。
「広げれば、何かは出てきます」
ライルは答えた。
「何かが出てくることと、関係があることは別です」
ロイドが、受発信の索引を開いた。
一日ずつ。
届いた書状。
出した書状。
差出人。
宛先。
件名が残っていれば件名。
残っていなければ、残っていない。
それだけを並べる。
数は多くなかった。
租税関係。
物品補充。
隣領からの回覧。
定期の人事月報。
「病没の直前に、特別な受信は」
ミラが尋ねた。
「索引上は、ありません」
ロイドが答えた。
「口頭で何かあった可能性は」
「記録からは、わかりません」
ライルが言った。
ダグラスが、少し考えてから口を開いた。
「私の記憶でも、その頃に上から人が来た、というものはありません」
「未記憶として残します」
「はい」
ロイドが記した。
午前の終わり。
病没記入の翌日に、一件だけ、通常とは違う発信があった。
「これです」
ロイドが言った。
——比較用写し、別置保管。
宛先欄はない。
通常の発送記録ではなく、内部の保管移動記録だった。
「比較用写し」
ミラが言った。
全員が、木箱を見た。
「日付が」
ダグラスの声が低くなる。
「病没を書いた、翌日です」
ロイドが答えた。
木箱内の比較写し。
タイスの筆跡である可能性が高い。
末尾には、
——死亡確認資料、当方では確認できず。
とある。
「順番が、見えました」
ミラが言った。
ライルは頷いた。
あの方が姿を見せなくなる。
病没と記入される。
その根拠は、現存記録から確認できない。
翌日、タイスが比較用写しを別置する。
その後、タイス自身がガルダを離れる。
「これで、タイスが何を考えていたかわかりますか」
ロイドが尋ねた。
「わかりません」
ライルは答えた。
「恐れていたのか。命令に従いながら保険を残したのか。誰かへ渡すつもりだったのか」
「ただ」
ダグラスが言った。
「消そうとは、していない」
ライルは、少し考えた。
「少なくとも、残す行為はしています」
「はい」
ダグラスは頷いた。
「それは、書けます」
ロイドが、照合票を更新した。
——タイス:「病没」記入の翌日、比較用写しを別置保管した可能性高。比較写しに「死亡確認資料、当方では確認できず」。
——タイスが「病没」を判断した主体かは未確認。
——比較写しを残した目的も未確認。
ここまで書いて、ライルが木箱の開封記録を取り出した。
「もう一つ、同じ紙の上に置きます」
第五十六話。
執務所へ押し入った者たち。
要求したのは、金でも、公印でも、人事綴りでもなかった。
——原本も、写しも。
——あの方の記録を、ここから消す。
ロイドが、その時の証言記録を読み上げた。
部屋の空気が変わった。
「タイスが残した可能性の高い写しを」
ミラが言った。
「何年も後になって、消しに来た」
「そこは、記録上つながります」
ライルが答えた。
「襲撃者が、タイスという名前を知っていたかはわかりません」
「でも、何を消したかったかは」
「本人たちが言っています」
ライルは頷いた。
「『あの方の記録』です」
ダグラスが、ゆっくり椅子へ座り直した。
「昔、誰かが病没と書かせた」
言葉を切る。
「その一方で、タイスは、確認できないと残した」
もう一度、木箱を見る。
「そして今、その残った方を消しに来た人間がいる」
「そこまでは、並べられます」
ライルが答えた。
「ただし、昔『病没』を作った側と、今の襲撃者が同じだとは、まだ言いません」
「同じ目的に見えても」
ミラが言った。
「同じ主体とは限らない」
「はい」
ライルは頷いた。
ロイドが、紙の上に二本の線を引かなかった。
代わりに、二つの枠を並べた。
過去。
——根拠不明の「病没」。
——タイスによる比較写し別置の可能性高。
現在。
——襲撃者、「あの方の記録を消す」と明言。
その間は、空白のまま。
「次に見るのは」
ロイドが尋ねた。
「襲撃者側です」
ライルが答えた。
「昔の人間を想像しても、これ以上進みません」
「確保した二人の記録」
「はい」
「持ち物」
「はい」
「そして、監査室が引き取った後の聴取」
「そこまで、正式記録だけを見ます」
ライルは言った。
「誰が、今になって残った記録を消そうとしたのか。まず、そこを確かめます」
ダグラスが、少しだけ顔を上げた。
「過去からではなく、現在から戻る」
「はい」
ライルは答えた。
「現在の指示系統がわかれば、過去とつながるかどうかを、その後で見ます」
午後。
ゲオルグが、井戸の修繕日程について確認に来た。
「一軒は、来週で決まりました」
「本人の同意は」
「取っています」
「費用は」
「レオさんと家の方で紙にしました」
それだけ確認し、ゲオルグは戻っていった。
古い記録を追う日も、新しい仕事は、本人同意と条件確認で進んでいく。
夜、ライルは手帳を開いた。
——病没記入翌日、内部保管移動記録に「比較用写し、別置保管」。木箱内比較写しの作成者はタイスである可能性が高く、同写しに「死亡確認資料、当方では確認できず」。
——第五十六話襲撃者は「あの方の記録を、ここから消す」と明言。過去の病没記録作成主体と現在の襲撃者が同一である証拠はないため、線は結ばない。
——次の確認対象を、監査室保管の襲撃事件記録へ移す。確保者の聴取、所持品、連絡経路。現在の指示系統を先に確かめる。
最後に、一行。
——残した人の名前は見え始めた。次は、残ったものを消しに来た人間が、誰の指示で動いたか。
手帳を閉じた。
木箱は、今日も施錠棚の中にある。
消されなかったから、ここまで来られた。
お読みいただきありがとうございます。
次回は明日19:10更新予定です。
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