召喚魔法
仮面の男が隠れ家に入ると、久しぶりに会うメンバーがリビングで寛いでいた。
「あれぇ?珍しい〜。教授がいるー」
「研究の目途がついたから休憩だ」
「ナニナニ?楽しいこと?」
「ふっ。すぐにわかる。大陸に混乱が起こるからな」
「なにそれ教授カッコイイ!」
“教授”と呼ばれた男は、膝下まである黒いローブをいつも着ている。フードを深く被り、黒いストールで鼻まで顔を隠している為、組織内でも素顔を知る者はほとんどいない。
仮面の男が、彼の隠されていない目元を覗くと、特徴的な赤く濁った眼は愉悦に浸るように細められていた。
「いつ見ても素敵な眼だねぇ。血溜まりみたい」
「お前の何も映さない漆黒の瞳も美しいぞ」
「ふふふーありがとッ」
仮面の隙間から見える光の消えた瞳は、軽薄で呑気な雰囲気の男からは想像できないほど冷めている。
「ああ、忠告だけしよう。来月はあまり出掛けるな。外は危険がいっぱいだ」
「ええ!それだけ〜?わかんなーい」
「ハハッ、数ヶ月かけて各地に仕掛けた、私の研究の最後の実験だよ」
「ふーん?お楽しみにってやつ?」
「ああ、完成したら教えてやる」
“教授”は、過去に事件を起こした召喚魔法の研究者の子孫だ。
研究者の一族は、代々魔力が多く、色々な魔法を研究し国に貢献していた。
それが、召喚魔法の研究者が捕まり処刑され、一族は居場所を追われた。
他国の隠れ家に逃げのびた者が、一族の研究資料を保管し、代々研究を引継いでいった。
何代にも渡って色々な研究は進み、召喚魔法に必要な魔力を魔素から補う魔導具の研究を“教授”は引継いだ。そして、完成させた。
「今はまだ変異種が限界だが、この実験で新種への道が開かれる。早く会いたいものだ、人を超える存在に。この世界を壊すモノに」
うっそりと彼は笑う。未だ姿形もわからぬ存在に想いを馳せて。
ラビスタ王国で魔物の群れの襲撃があった同日に、他国でも魔物の群れが現れたという報告が続々と届いた。
数日後、北東部の国で、森に入った冒険者がとうとう魔物が召喚されている現場を目撃した情報が届く。
召喚魔法の疑惑は確信となり、各国を震撼させた。
しかし、どの国も魔導具の周りには既に人影はなく、犯人が単独犯なのか複数犯なのかも特定出来ず日々は過ぎる。
各地で回収された壊れた魔導具の解析を試みたが、刻まれた魔法陣は精密かつ、圧倒的な情報量が込められていた。
はっきり言って、どうやってこの魔導具が機能しているのかわかる者がいない。
“積層型魔法陣”と名付けられたこの魔法陣に、各国の魔術師達は魅了された。
「確かに素晴らしい魔法陣だが、これを作った者が犯罪者だと忘れるな」
魔術師団長が警告を発するほど、崇拝するような空気が産まれていた。
「他国も似たようなものらしい。まずいな」
「ええ。魔法陣に刻まれている言語が、滅んだ国の言語としか判明していない事も興味を引く理由でしょう。不老不死を手に入れた魔術師が表に出てきたんじゃないかって馬鹿な話もあります」
「秘密主義者が作り出す独自言語じゃなかっただけマシなんだがな」
アンジェリーナも、いっそ芸術といえる魔法陣の素晴らしさは認めている。
だが、彼らの魔法陣に入れ込む姿は異様に映っていた。
「犯人は何がしたいんでしょう」