仮面舞踏会
西部のある国の仮面舞踏会の会場に、甘い香りが充満して行く。
誰もその香りの危険に気づくことはない。
「こーんな簡単に侵入できていいのかなぁ?平和ボケした国のお貴族様は危機感が足りないよねぇ!ぷぷっ。ま、気づいてももう逃げられないけどね!さて、私は窓越しに鑑賞させて貰うよ。醜い情欲劇の始まりだ」
仮面の男は、天窓からダンスホールを見下ろしニタニタと嗤った。
仮面舞踏会に参加しているのは、ほぼ既婚者だ。
この国は、跡取りとなる第一子が産まれると夫妻どちらも恋愛ごっこに興ずる。
愛人を何人も囲う者、あちこちで愛を囁き一夜を共にする者、男女どちらも屑ばかり。
そんな大人達を見ている子供達も、どんどん可笑しくなっていた。
仮面舞踏会は、この国のあちこちにある貸出用のお屋敷で催される。個人を特定されないことをいい事に、いつの間にか若者も交じるようになっていた。
招待状を親からくすねる子供達。屋敷に忍び込む子供達。大人達は、そんな子供達を黙認した。遊び相手は多い方が面白い、と。
今宵の仮面舞踏会は、かなりの盛り上がりをみせていた。この国の、成人したばかりの王子様が、側近を連れてお忍びでやってきたのだ。
女性陣は、王子達を見て嗤った。可愛い獲物達が来たと。
妖艶な仕草で、豊満な身体で、私を選べと誘惑する。
ダンスを踊りながら、身体を密着させ、耳元で囁く。
可愛い獲物達が捕食されるのはすぐだろう。
「王子様間に合ったね〜アハッ!あんな怪しい招待状に興味を持たなければ、これからも生きて行けたのに。かわいそ〜ナンテね!くふっ。
明日からこの国は大騒ぎだ!『爛れた貴族達、仮面舞踏会で大量死!現場には王子の死体も!』ってね。隠そうとしても私がバラしちゃう!あー楽しい!」
仮面の男が招待したメインキャスト、それがこの王子様だ。
王子の執務室の机に置いた招待状、怪し過ぎて来るかは賭けだった。でも、仮面の男の思惑通り、王子は来て、舞台は整った。
“享楽香”がダンスホールを包み込む。
人々の思考が高揚していく。
王子に興味が無い者達は、可愛い獲物達が大人の女性陣に遊ばれてるのをツマミに、媚薬の混ざった酒を飲み、一夜の相手を決め始めた。
仮面舞踏会は、一人の男に複数の女が群がったり、一人の女に複数の男が群がったり、男同士だったり、女同士だったり、普段楽しめないプレイが目的の場だ。
ダンスホールで少しの味見を楽しみながら、彼らは甘い匂いに包まれて、少しずつ狂っていった。
ダンスホールから各部屋に移動しようとした者が、ダンスホールの扉が開かない事に気づいた。
しかし、“享楽香”が焚かれた扉前では狂う方が早かった。その場で始まった情交は、一人、また一人と増えていき、数分後にはダンスホールにいた全ての者が快楽に耽った。
「先生すごい!天才過ぎ!お香焚いて四半刻でコレか〜。あいつらのあの表情、もう理性は全くないね〜。ひゃーなにあれエッグいプレイ!え、あっ、アレ殺しちゃってんじゃん。そっかー、理性がないとそうなっちゃうよね、うんうん」
仮面の男は、愉しそうに眼下の様子を観察した。
ダンスホールに動ける者が居なくなるまで。
ダンスホールは、今では噎せ返るほどの血と情交の匂いで溢れている。
大理石の床には、沢山の男女が着崩れたまま、恍惚の表情を浮かべ絶命している。
仮面の男がソレらを踏みつけながら、“享楽香”の痕跡を消していく。
「外の掃除も終わったし、帰ろっかな。死因は調べてもでなそうだね〜。流石、先生!素晴らしい!
あっ、この国の劣化版魔導具じゃカシムカズラと夢幸の果実は防げなかったね、王子様。ブフッ」
快楽に溶けた王子の死に顔を見て、仮面の男は嘲笑った。
大陸の東側は魔導具が発展しているが、西側は酷いものだ。“穢れの地”の毒はほとんど防ぐことは出来ない。だから、実験場として、とても優秀だ。
「ハァ…愉しかった!早速、先生に報告に行こ〜」
仮面の男が消えたダンスホールは、生者が居なくなったことで沈黙に支配された。
「先生〜“享楽香”最高だったよ〜!またいくつかちょーだい」
「おお、次はもっと即効性を強くできないか研究しよう」
「あはは、先生てば鬼畜だねぇ」