子爵家のその後1
ローラとその母ナタリアに“呪い魔法”をかけられていた、マーカス・シュトラン子爵は、今も王宮にある医術院で魔術師達に解呪と経過観察を受けている。
事件の被害者の中で、たった一人だけ、二人から長期に渡り“呪い魔法”をかけられていたマーカスは、解呪が上手く行かず長くかかっていた。
もう事件から一年経つので、退院も近いと言われたが、マーカスは喜ぶことはできなかった。
マーカスは愛妻家だった。幼馴染の妻とは、相思相愛で結婚し、二人目の子供が産まれ、幸せに包まれていたはずだった。
視察帰りに、街の花屋で妻への花を選んでいる時に声をかけられた。
「素敵な花ね。私も欲しいわ」
当たり前のように、声をかけてきた女性にも花を買っていた。
「ありがとう。また会いたいわ」
また会うために、女性の泊まる宿屋を手配した。
「明日、また会いに来て」
そこからは、思い出したくもない。
ナタリアに願われるまま、逢瀬を重ね、家族と距離を置き、体の関係を持ち、市街地に家を与え、妾として囲った。
彼女は、帰り際に必ず次の会う日を伝えてきた。私は、その願いをずっと叶えた。妻や息子を蔑ろにして。
子供まで作らされたのだから、吐き気がする。
しかも、子供が産まれると、足枷ができたと言わんばかりに会う頻度は減って、金銭だけ要求されていたのだ。それに何の疑問も抱かずにいたなんて。
ナタリアは、産んだ娘を教育もせず、我侭に育て、病に倒れた時には、私に押し付けた。何故、言われるがままローラを連れて帰ってしまったのか。
妻と長男は、妾の娘を引き取るのに反対して領地に戻っていた為、被害者にならずに済んだ。
学院に通ってた次男は、王都に残っていたせいで被害者となり、友人達に被害を拡大させ、第二王子までローラを辿り着かせた。
結果、“呪い魔法”が発見され、解呪されたのだから不幸中の幸いなのだろう。
でも、もう失った時間も信用も戻らない。私は幸せだった筈なのに。
診察をしにくる小柄な女性の魔術師が、最初の診察の時から私に言い聞かせる言葉がある。
「貴方は被害者です」
そう言って、解呪後の記憶と感情の齟齬を確認する。
最初の頃は、解呪が進まず、私は混乱して声を荒らげることが多かった。彼女は、ずっと冷静に私に対応してくれた。
「貴方は被害者です。悪い魔法使いに、幸せな家庭を壊され、利用された被害者です」
ある日、その言葉がストンとハマった瞬間があり、私は静かに涙を流した。
「ずっと、意思を歪められていたのです。貴方の心は、沢山の傷がつけられています。涙が出るのは、解呪が上手く行っている証拠です。あと少し頑張りましょう」
暫くして、ナタリアは旅人で、偶然、街で裕福そうな私を見つけたから、ターゲットにしたのだと言われた。私もそうだと思う。
また、ナタリアは偽名で、前にいたところでは“呪い魔法”の加減を失敗をし、事件になり逃げていたのではないかと言われた。私への願い方がかなり巧妙で、周りから不自然に見えない様にされていたらしい。
私が恋をし、徐々に家族から距離をとり、金銭は家族から排除されない程度で貢ぎ、仕事には支障がないと見えるように調整されていたのだ。
妻は私の心変わりに胸を痛めたが、妾を囲うのを容認した。周りは、私が操られてるなんて夢にも思っていなかった。
妾として不自由ない立場を手に入れて、隠れていたのではないかと言われ、あまり外出しなかった彼女を思い出し、その仮説に納得させられた。
家の乗っ取りや家族の排除、犯罪の幇助をさせられる等の被害がなくて良かったと言われ、その可能性があった事に、私の身体は震えた。
あの日、花屋に寄らずに家に帰っていたら、被害者にならずに済んだのだろうか。
こんなに苦しまずに、いられたのだろうか。
過去に戻れたら、妻の顔を思い浮かべて、幸せそうに花を選ぶ自分に教えてやりたい。早く家に帰れと。
ある日、いつもの女性の魔術師が苦い顔をしていて、初めて彼女のことを聞いた。
そこで、彼女がアンジェリーナ・ハルトン伯爵だった事を知り、ルドラ王国での“呪い魔法”の被害を知った。
私と同じ被害者は、ルドラ王国の国王だった。
「“呪い魔法”の被害者の数が、我が国の軽く10倍はいます。まだ増えるかもしれません。金銭的被害は、財政難と言われているので、相当です。
今度、交代で私もルドラ王国に行くんです。我が国でも、被害者が婚約破棄したケースはいくつかありましたが、相手の女性は今も普通に過ごしてます。
ルドラ王国では、離縁と婚約破棄が多数行われ、相手の女性は、領地で蟄居されてたり、救貧院や娼館で発見されたそうです。未だに消息が掴めない方もいます。
解呪しにいくのに、今後のことを思うと気が重いですね。“呪い魔法”の被害者もですが、周りの被害者が多そうです」
被害の大きさに、目眩がした。
ルドラ王国の被害者達は、どうなるのだろう。
自分の今後もわからないのに、顔も知らない相手の心が少しでも苦しまないで欲しいと願わずにはいられない。




