子爵家のその後2
「ご家族と会ってみませんか?」
言われた言葉に、私の身体はビクリと震えた。
合わせる顔はない、でも、会いたい。
「断っても構いませんよ」
「いえ、会います。直接会って謝りたい」
面会は一週間後になった。
一週間、どう謝ろうかずっと考えていた。
そして、自分の身の引き方も。
私は被害者だけど、やっぱり加害者だ。
大事な家族を、これ以上苦しめたくはない。
そんな決意をしていた面会日、私の決意は早々に粉々に砕かれた。
「マーカス!ごめんなさい!」
面会室に入ってきた妻が、私を見るなり泣きながら抱き着いてきた。
「貴方がおかしいとわかっていたの!でも、いつか元に戻ってくれるって期待だけして何もしなかった!ちゃんと相談していたら、貴方がこんなに長く苦しむことはなかったのに!ごめんなさい!」
妻を傷つけたのは私なのに、まだ私を想ってくれる変わらぬ妻に涙が溢れた。
「私こそ、すまなかった。君をたくさん傷つけてしまった。幸せにすると約束していたのに…本当にごめん、ごめんな…」
嗚咽を堪え、震える声で謝罪を繰り返した。
少し落ち着いてから妻と離れ、後ろにいた息子二人にも、私は深々と頭を下げて謝罪した。
「いままですまなかった」
二人は困ったように顔を見合わせて、部屋まで案内してきたハルトン伯爵に視線を向けて助けを求めた。
「とりあえず、皆さん座りましょう。私は後ろに控えてますから、何かあれば声をかけてください」
席についてから、少しの沈黙の後、長男のローマンがぽつりぽつりと話始めた。
「最初は、呪い魔法の被害者だって言われても許せなかった。でも、マシューから話を聞いて、魔術師団の人からも話を聞いて、父さんが被害者だって理解した。だから、謝らなくていい」
「俺も被害者になったから、アレの異常性はよくわかる。だから、謝らなくていいよ。
俺、アレが家にきて廊下で鉢合わせた時、怒鳴りつけようとしてたんだ。なのに、“仲良くしてね”って言われた瞬間に、アレへの嫌悪感が消えて、仲良くしなきゃって思った。あの変化は、いま思い出しても怖ろしいよ。
父さんは二十年近く被害に合ってたんだろ?もう大丈夫なのか?」
次男のマシューが心配してくれたことに、吃驚した。産まれてすぐに引き離され、たいして話した事もないのに。嬉しくて、また涙が出た。
「心配してくれてありがとう。解呪は終わったよ。後は、私の心の問題だけかな」
私は、涙を誤魔化すようにぎこちなく笑った。
そこに、ハルトン伯爵が説明をいれてくれた。
「マーカスさんは、長期間、二人分の“呪い魔法”をかけられていたので、解呪が終わったのは最近です。後は、傷つけられてきた心の問題です。これは、少しずつ癒やしていくしかありません」
それを聞いたローマンが、姿勢を正して、私に向き直った。
「なあ、父さん。領地に皆で戻らないか?そこで、やり直してみない?」
ローマンの言葉に、息が詰まった。
そんなこと、許されるのだろうか?
隣に座っていた妻のグレースが、そっと私の手を握った。
「マーカス、帰りましょう?貴方は被害者よ。私達も被害者。やり直せるわ」
「……本当に?」
「ええ、大丈夫よ」
「父さん、私達も最近ようやく今回の事件について心の整理ができたんだ。魔術師団の人がたくさん話を聞いてくれて、事件のことも聞いたし、父さんのことも聞いた。
国からも支援をいただいてる。呪い魔法のことも、国中の貴族に説明してくれて、シュトラン家が誹謗中傷されることもない。
私達家族は、全員被害者だよ。諦めないで、やり直してみよう?」
私は諦めないでいいのだろうか。
「私達ね、魔術師団の方といっぱいお話したの。そして、教えてもらって理解したの。私達を傷つけたのは、貴方じゃなくて、あの母娘よ。私達も辛かったけれど、一番辛かったのは貴方だわ。それに、時間は失ったけれど、私達揃って生きてるじゃない。大丈夫よ」
「俺もやり直したい。母さんと兄さんから、父さんとの思い出を聞いた。俺も、家族揃った思い出が欲しい」
マシューの言葉に、胸が苦しい。
「マシューもローマンもずっと私の宝物だよ。グレースも変わらず愛してる。4人で、やり直そう」
数日後、退院した私は家族と領地に戻った。
時間が許す限り、家族でたくさん話をした。
息子の成長を直接喜べなかったことは、今でも悲しい。でも、いま聞くことができて嬉しい。
ハルトン伯爵が、何度も領地に通って、家族のケアをしてくれていた事も聞いた。彼女には、救われてばかりだ。
彼女は「仕事ですよ」といつも言うけど、診察の後に私が不安定だった次の日は、休憩時間や休日なのに顔を出してくれていたことを知っている。きっと、家族のことも仕事ではなかった。
最初の頃は、シュトラン家を責める声もあったらしいが、魔法防御の魔道具の着用が義務化され、“呪い魔法”の説明会で、実験記録が公開され、非難の声はなくなった。
「最初は簡単な願いからだったんだけど、最後の方の“死んで”って言われて、壁に頭をぶつけて自殺しようとしたり、“隣の人を殺して”って言われて、首を絞める記録映像を見たら、黙るしかないよね」
「それでも、危機感の薄い貴族はいたんだ。でも、ルドラ王国の事件が発表されてからは、どこの貴族もシュトラン家にかなり同情的だね」
なかなか怖ろしい実験がされていたらしい。
私が入院してる間、それで家族が無事に過ごせてたなら良かったが、被害者が観ると内容が実感できるだけに悍ましいと思う。
ローマンに爵位を譲り、完全に領地から出なくなった私は、もうハルトン伯爵に会うことはないと思っていた。
「こんにちは。マーカスさんその後どうですか?困ったことはありませんか?」
ハルトン伯爵は、ふらっと手土産を持って顔を出してくれる。たまに、夫のクロード様も一緒だ。
ある日、家族旅行の話を聞いて羨ましいと話した。
ローマンは、まだ長期間家を空けられない。転移で行ける日帰り旅行は魅力的だ。
でも、転移魔法が使える魔術師を雇うなんて子爵程度じゃ出来ない。
「報酬にシュトラン領のワインが貰えるなら、転移魔法で家族旅行の送り迎えしますよ」
軽く言われて冗談かと思っていたら、本当に日程を決めて連れて行ってくれて、ガイドまでしてくれた。
初めての国外だったが、とても楽しかった。
その後も、ハルトン伯爵との家族ぐるみの交流は続いている。
ローマンの結婚式にも招待した。
「これから、たくさん幸せになれますよ」
退院する日、彼女の言った言葉は正しかった。
私はもう諦めない。
人を連れて転移できる魔術師は、かなり希少。
自分だけ転移できる魔術師ならそこそこいる。
魔術師団長は、一度に100人くらい余裕。流石のアンジーも、20人くらいしか一度に転移できないらしいよ!それでもスゴイけど!




