12 私の物語
それから、数日後。私たちは、住み慣れたお屋敷の前に立っていた。
私の背には小さなリュック。そして隣に立つクロードの手には、二人の荷物が詰まったトランクがしっかりと握られている。
私たちは、ここを出て、隣国へ向かう旅に出ることに決めた。自由になった私が選んだのは、まだ見ぬ世界を、この足でどこまでも歩んでいく未来だった。
「本当に、行ってしまうのね」
見送りに立ってくれたモルガナが、隠しきれない寂しさと、それを遥かに上回る誇らしさをその美しい瞳に宿して、私たちを見つめる。
私は一歩進み出ると、モルガナの華奢な身体を私から抱きしめて、その耳元で囁いた。
「お姉様、今まで本当にありがとう。
生まれたばかりの私をあそこから連れ出してくれて、ずっと一緒にいてくれて、私は最高に幸せだったわ。
ーー世界で一番、お姉様が大好きだよ」
「ふん、私はただの気まぐれよ。……それから、クロード、私をそんな目で睨むんじゃないよ。もし、ララを泣かせるようなことがあれば、この私が、魔法で跡形もなく消し炭にするからね」
モルガナはツンとそっぽを向きながらも、その声はどこか名残惜しそうに震えていた。
「命に代えても、そのようなことは決していたしません、モルガナ様」
クロードはいつもの鉄面皮のままだったが、その眼差しに絶対の誓いを宿して、深く頭を下げた。
モルガナはそんな私たちを見て、ふっと、この世界で一番美しい笑みをこぼした。そして、愛おしそうに私の背中に手を添える。
「元気でね、私の可愛いララ」
ぽんと優しく、背中を押してくれたモルガナの、手の温もり。
「いってきます、お姉様!」
私は何度も振り返り、大きく手を振りながら、クロードと並んで歩き出した。
住み慣れたお屋敷が、そして見送り続けるモルガナの姿が、朝霧の向こうへと小さくなっていく。
青空が広がる草原の道を二人で歩く。通り抜ける風が、私の髪を優しく揺らした。
「……ララ様、私は世界で何番目なのですか?」
隣を歩いていたクロードが不意に足を止め、私の顔を覗き込んできた。
「えっ?……もしかして、さっきの、お姉様への言葉のこと?」
逞しい体躯には似合わない、どこか子供のように拗ねたような彼の表情。それがたまらなく愛おしくて、私の胸の奥がぎゅっと切なくなる。
「あ、あのお姉様はね、家族として世界で一番大好きなの。クロードには……こ、恋しているから、あなたは別で、世界で一番だよ」
恥ずかしさに耐えかねて、真っ赤になって俯いてしまった。けれど、私は勇気を奮い起こして再び顔を上げ、彼を真っ直ぐに見つめた。
「クロード、大好きだよ」
私が微笑んだ、次の瞬間だった。
どさりと足元にトランクが落ちる音が響くと同時に、彼の逞しい腕が、私を壊しそうなほど強く抱きしめていた。
互いの吐息が触れ合うほど近くで顔を見合わせると、彼の長い睫毛がゆっくり伏せられる。
こぼれ落ちるような、優しいキスが何度も私を包み込んだ。
「……ずるいな。そんなことを言われたら、もう『護衛』のフリなんて、していられない」
耳元で響いた声は、いつもよりずっと低くて、少しだけ掠れていた。
「クロード……」
「……一目惚れだったんだ。ずっとこうしたかった」
「私も……同じだよ……」
紡いだ声は、再び重ねられた唇に塞がれる。深い、深いキスの波にのまれて、熱い体温に溶かされ、呼吸の仕方さえ忘れてしまいそうだった。
「これからは、お嬢様と護衛という肩書きすら、縛るものは何もなくなった」
離れた唇から零れたのは、どこか切実な告白だった。
「俺は騎士を辞め、あなたの護衛兼執事となり、そして今は……ただの、あなたを愛する一人の男だ」
覗き込んできた切れ長の深緑の瞳は、熱く、甘く、見たこともないほど潤んでいる。
「ララ、どうかあなたのこれからの長い旅路を、生涯俺の隣で歩んでくれないか。あなたを守る剣として、あなたと共に生きる伴侶として。俺はあなたに、永遠の愛を捧げる」
生真面目な彼が、不器用に、これ以上ないほどストレートに紡いでくれた求婚の言葉。
私を呼ぶ言葉から『様』が消えたことに気づいた瞬間、心臓が跳ね上がる。
胸がいっぱいで、涙が溢れそうになるのを堪えきれず、私は彼の胸へ飛び込んだ。
「うん……っ、私は、あなたじゃなきゃ絶対に嫌……ずっと、ずっと、一緒にいて……っ」
その言葉を待っていたかのように、クロードの腕が、私の身体をさらに強く、強く抱きしめた。
ーー塔の上で王子の到来に怯えていた私は、もうどこにもいない。
私は『ララ』として、大好きな人と共に、新しい未来へ羽ばたくのだ。
「ララ、行こう」
差し出された無骨な手を、私は迷わず握り返す。
繋いだ手の温もりを確かめ合うように、私たちはもう一度固く手を結び直した。
輝く太陽の向こうへと、私たちは力強く一歩を踏み出した。
『ラプンツェル』の物語はもう終わり。ここから始まるのは、大好きな人と紡ぐ、私だけの甘く自由な新生活だ。
(THE END)
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました!
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11月には投稿を開始する予定です。
また皆さまと新しい物語でお会いできるを楽しみにしております。




