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塔の上に異世界転生した私が大魔女の見習いになって自立を目指したら、元騎士の護衛の重すぎる愛に心臓が持ちません!  作者: りこも しの


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10/12

10 這い寄る影


夜会からしばらく経った、ある日の午後。

柔らかい太陽の光が差し込む中、私は畑仕事に勤しんでいた。


ふと、カァッ!、とカラスが威嚇するように鳴く。いつの間にか、クロードが私を守るように隣に並んでいた。



「何者だ!」



二人の男女が塀をよじ登って、私たちを見下ろしている。



「ああ、愛しい我が娘ラプンツェル!

私たちはあなたの実の両親よ。こんな恐ろしい魔女の館に囚われて、どんなに辛かったことか……!」



そう言って、いとも簡単に庭に侵入してきた。



「実の両親……?」


「そうよ。あなたが生まれてすぐ、あの忌々しい魔女が『ラプンツェル』と名付けて、あなたを攫ったの」



彼らは大袈裟に涙を流して両手を広げた。



「お前はあの魔女に騙されているのだ。さあ、早く安全な実家に戻ろう」



突然現れた人物に、そのようなことを言われても、全然理解が追いつかない。

目の前で手を差し出す彼らに対して、ただ嫌悪感しか募らなかった。



「お姉様が帰ったら聞いてみるので……お帰りください」



私は彼らの手を拒絶し、一歩後ろへ下がった。 

隣には、まだ微動だにせず控えるクロードの気配がある。


彼らは私の拒絶に一瞬だけ顔をひきつらせたが、すぐに忌々しげにお屋敷の方向を睨みつけた。



「ふん、あの魔女め、娘をここまで洗脳するとは……今日は引き下がるが、私たちは諦めないからな。

お前のために、王宮との素晴らしい縁談も用意してあるのだから」 


「あの、素敵なジュリアン王太子殿下があなたを求めていらっしゃるのよ。

次はお屋敷の表から入れてちょうだいね」



そう捨て台詞を残し、彼らは去っていった。


私は呆然とその場に立ちつくす。



「……クロード。ジュリアン王太子殿下ってもしかして、あの塔で会った……」



クロードが苦虫を噛み潰したような表情で頷いた。



ーー童話『ラプンツェル』の物語が、今、動こうとしている。

『ラプンツェル』の涙で王子様の目は治る。そして、王子様と結婚して、お城で幸せに暮らすハッピーエンドだから。



……いやだ。それは、決して『私』ではない。

私が、一緒にいたいのは。いつだって私の心臓をうるさく乱すのは……



けれど、少し気持ちが落ち着くと、次第に激しい嫌悪感は薄れ、代わりに底知れない不安が胸を支配していった。


私が実家に戻らなければ、モルガナやクロードにまた迷惑がかかってしまうーーそう気づいた瞬間、恐ろしさで身がすくむ思いだった。



結局、帰宅したモルガナに、日中の出来事を切り出すことができなかった。




コンコン、と静かなノックの音が響いたのは、深夜のことだった。



「お嬢様、温かいハーブティーをお持ちいたしました。……お入りしても、よろしいでしょうか」 



クロードの声だった。私が小さく「どうぞ」と答えると、彼は扉を開け、トレイを手に室内へと入ってきた。 


月明かりだけが照らす部屋の中で、彼はハーブティーをサイドテーブルに置いた。

そのとき、彼の執事服の袖口から、うっすらと覗く煤けた皮膚が見えた。 



ーーあの日、私の前で王子の魔法の短剣を受け止めた、左腕の傷だ。 

私が思わずその手首に触れると、クロードはびくりと肩を揺らし、それから酷く困ったように、同時に愛おしそうに目を細めた。



「……お気になさらないでください、お嬢様。これは、私があなたをお守りできたという、生涯の誇りなのですから」



そして、ベッドの脇にそっと膝をついた。いつもの完璧な執事の仮面の下で、その瞳は酷く痛ましそうに、自分の膝を抱えこんだ私を見つめている。



「……クロード、私、どうしたらいいか分からないの……私が戻れば、お姉様もあなたも、これ以上、巻き込まれずに済むのかもしれない」 



涙が溢れ、声が震える。そんな私の無力な手を、クロードは少し躊躇った後、意を決したように、下からそっと両手で包み込んだ。 


驚いて見上げると、彼の大きな手のひらは、驚くほど熱く、そして固く、騎士時代と変わらない力強さで私を支えていた。



「お嬢様」 



彼は、かつてダンスレッスンの夜に触れたときのように、真っ直ぐに私を見つめた。その真面目な顔が、少しだけ切なげに歪む。



「……申し訳ありません。改めて申し上げますが、私は……あの日、騎士の身分を失ったことなど、一度も後悔したことはないのです」 



クロードの低い声が、静かな部屋に深く響く。



「ただ一つ、心残りだったのは、あなたをあの塔に一人残してきてしまったこと。……私はただ、もう一度あなたの側にいたかった。

お嬢様がどう判断されても、私はあなたの味方です。

……お嬢様が私を必要としてくださるなら、私はこの命が尽きるまで、あなたのためにこの剣を振るいます」 



彼の手が、ぎゅっと私の手を握りしめる。

彼の温もりと、あまりに一途で深い情愛に、私の胸の奥の凍りついていた不安が、音を立てて溶けていくのが分かった。



「……クロード。必要なら、だなんて、言わないで」 



私は涙を拭い、彼の熱い手を握り返した。



「私はもう、ただ守られて泣いているだけのお人形じゃないわ。あなたに追いつけるように、あなたの隣に立っても恥ずかしくないくらい、強い魔法使いになったんだもの。だから……私のこと、ちゃんと隣で見ていてね」 



私の言葉に、クロードは目を見開いた。驚きの後、彼の切れ長の瞳に、愛おしさを堪えきれないような、熱く激しい光が宿る。


彼は深く頭を下げ、私の手の甲に、そっと誓いのキスを落とした。


月光に照らされた部屋の中で、私たちは静かに、誰にも引き裂けない確かな絆を結び合ったのだった。



◇



「お姉様、お話があるの」



翌日の朝食の席。私は真剣な眼差しで、真っ直ぐにお姉様を見つめた。



「お姉様が生まれたばかりの私を、両親のもとから攫ったって本当?」


「本当だよ。恐ろしくなったか、この私が」



モルガナが妖しく笑う。

ただ美しいだけではない。その佇まいだけで『この人を敵に回してはいけない』と確信させるほどの圧倒的な美貌と威厳。そのプレッシャーに、喉がひりついて言葉が消えそうになる。


私は膝の上で拳を強く握りしめた。



「……どうして、私を攫ったの?」


「ただの気まぐれだよ」


「嘘よ。セレン様が言ってた、私の魂に一目惚れしたんだって。ねぇ、本当の理由を教えて?」



モルガナはハーブティーのカップを指先で弄びながら、深く、憂いを帯びたため息をついた。



「……お前の実の両親が、私の庭のラプンツェルを何度も盗んだんだ。身重の妻がそれしか受け付けず、死にそうだから、と言い訳をしてね。

だが、神聖な魔女の庭を荒らすなど万死に値する大罪だ。相応の罰を与えなくてはならない。だから私は、産まれてくる子を差し出すなら、好きなだけ摘んでいいと取引を持ちかけたのだよ」



モルガナはどこか遠い目をし、愛おしそうに目を細める。



「そうして、生まれた赤ん坊は、それはそれは魂の美しい子だった。この手で育て、自分だけのものにしたいと、歪んだ欲を抱くほどにね。だから、お前の両親の罪と、私の独占欲の象徴として、その名を授けたのだ。『ラプンツェル』と……」



初めて知った自分の出自に、頭が真っ白になる。それでも、胸の奥から溢れそうになる一番の問いを、私は震える声で紡ぎ出した。



「お姉様は、私のことを育てていて、辛くなかったの……?」



モルガナは一瞬、弾かれたように目を見開いた。そして、張り詰めていた仮面が剥がれ落ち、諦めたように小さく笑う。



「そんなわけがあるかい。

幼い頃にここで暮らしたときだって、お前を塔に幽閉したときだって、再び魔法を教えることになったときだって……!

いつだって、私はお前が幸せでいてくれるように、それだけを願って、守りたかったのに……!」



視界が涙で滲んでいく。私は溢れる涙を拭いもせず、モルガナに向かって叫んでいた。



「そんなの、幸せに決まってるじゃない……!

私は、お姉様といたい。両親のもとにも、王子様のところにも行きたくない!

……これからも、ずっと『お姉様』って、呼んでいい……?」



モルガナは呆然とした後、目元を片手で覆い、今度は心底愛おしそうに声を震わせた。



「……本当に、物好きな子だね」



私は奥歯を食いしばり、涙を堪えて、最後まで言葉を紡ぐために前を向いた。



「今日、両親に会いに行くわ。実家には戻らないこと、そしてーー王子様との結婚は断ると伝えてくる」


「……私も付いて行こうか?」



おぞましい魔女の気配をすっかり消し、モルガナが心配そうに私を見つめる。それは、世界で一番私を安心させてくれる、温かい瞳だった。



「ううん、自分で決着つけてくる。

……だからね、お姉様。私が帰ってきたら、最高の笑顔で『おかえり』って言ってね」



頬を伝う涙をそのままに、私は精一杯の笑顔を浮かべた。

モルガナは一瞬だけ寂しそうにした後、静かに首を縦に振った。



「わかった。……クロード、頼んだよ」


「御意」



背後に控えたクロードが、絶対の忠誠を誓うように深く頭を垂れた。



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