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るい's Journey!  作者: コリドラスA
第一章『咒紋府』
18/21

第拾漆節『条文』 Der siebzehnte Abschnitt : “Paragraph”

天環暦2110年03月04日。


 三日の間に、るい(・・)がやったことは三つである。一つ目は、ブルクマイアを訪ねることであった。紙屋の主は、奥の帳場でるい(・・)を迎え、そしてるい(・・)の頼みを聞くと、太い指で卓を二度叩いた。

「……ローゼンハイム家の、取引の記録でございますか」

()ちらと取引がおありか」

「ございます」

 男は、少しも隠さなかった。

「先々代の頃からのお得意先にございます」

「……では、頼めぬな」

()れは、」

 ブルクマイアは、初めてるい(・・)の言葉を遮った。

お聞きになってから(・・・・・・・・・)、ご判断くださいませ」


          *


「手前どもは、商人にございます」

 男は、太い指を組んだ。

「お客樣の帳簿を他所に漏らせば、商いが立ちませぬ。()れは、シュタインエック樣の帳簿とて同じにございます」

「……」

「ですから、ローゼンハイム樣の帳簿を、シュタインエック樣にお見せすることはできませぬ」

「うむ」

「ですが、」

 ブルクマイアは、卓の上で指を開いた。

手前どもの帳簿は、(・・・・・・・・・)手前どものものにござ(・・・・・・・・・・)います(・・・)

 るい(・・)は、顔を上げた。

「……というと」

何時(いつ)、誰に、幾ら売ったか(・・・・)()れは、お客樣の帳簿ではなく、手前どもの(・・・・・)売上の記録にございます」

「……」

()つ、何時(いつ)代が払われたか(・・・・・)も」

 男は、ひどく穏やかな顔をしていた。

「……先ほど、参事会の監査が入ったと申し上げました。三日で三つの取引を失いました、とも」

「うむ」

()のうちの一つが、ローゼンハイム家にご(・・・・・・・・・・)ざいます(・・・・)

 るい(・・)は、(しばら)く沈黙した。

「……取引を切られたのか」

「はい。昨日(さくじつ)、使いが参りまして。……監査の入った店とは取引できぬ、と」

 ブルクマイアは、初めて、僅かに笑った。目が、全く笑っていなかった。

「……シュタインエック樣。手前どもは、商人にございます。損も得も商いのうちと申し上げました。()れは本当にございます」

「うむ」

「ですが、監査を入れさせておい(・・・・・・・・・・)て、(・・)其れを理由に切られる(・・・・・・・・・・)のは(・・)、」

 男は、卓を一度、強く叩いた。

商いではございませぬ(・・・・・・・・・・)


          *


 二つ目にやったのは、咒紋學院(アカデミア)の書庫に行くことであった。読んだのは、咒紋(ツァウベライ)の書ではない。()(おしえ)の、教義書である。るい(・・)は書庫の隅で、三日のうち二日を、教義書の読解に費やした。ルイーゼは信心深い方ではなかった。貴族として最低限の作法は身に付けているが、教義を体系的に學んだことは無い。塁に至っては、環の教という宗教の存在を二年前に知ったばかりである。だが、二人とも、文献を読むことにかけ(・・・・・・・・・・)ては玄人であった(・・・・・・・・)。二日で、るい(・・)は必要なものを見つけた。三つ目にやったのは、()の写しを取ることである。紙は、六百枚のうち四枚を使った。


          *


 ローゼンハイム邸は、帝都の中心に近い一等地にあった。門構えは立派である。石造りの門柱に、家紋が彫られている。庭は広く、手入れが行き届いており、春の花が咲いていた。だが。

『……庭師が、居ないな』

 るい(・・)は、馬車を降りて庭を見た。花は咲いている。だが、咲き方が均等でない。手入れをした場所と、していない場所がはっきり分かれている。玄関から見える範囲だけが整えられ、奥は伸び放題であった。玄関の扉の蝶番が、僅かに軋んだ。

『……油が、差してない』

 東部で十七の州咒紋所を見てきた目である。建物の手入れの度合いは、()の家の懐具合を、正直に語る。通されたのは、南向きの応接室であった。調度は上等である。卓も、椅子も、壁の織物も。ただ、織物が二枚、(・・・・・・)掛かっていない(・・・・・・・)。壁に、跡がある。日に焼けていない四角い跡が二つ。そこに何かが掛かっていて、()れが最近外されたのだ。

『……売ったな』

 るい(・・)は、銀器を半分売った家の主である。跡の見分け方は、心得ていた。


          *


「これは、シュタインエック伯令嬢」

 ヴォルフガング・フォン・ウント・ツゥ・ローゼンハイムは、実に丁重に一礼した。

「よくお越しくださいました」

「お招き、有難う存じます」

ツゥ(・・)──いや、失礼。もう間違えませぬ」

 男は、上品に笑った…茶が出た…上物である。それから半刻、二人は花の話をした。庭の薔薇の品種、今年の開花の早さ、去年の霜の被害。ローゼンハイムは実によく喋り、るい(・・)は相槌を打った。半刻が過ぎた頃、男は茶碗を置いた。

「……ところで、」

「はい」

貴女(あなた)樣は、随分とお忙しいご樣子で」

「有難いことに」

「東部の巡察。皇女殿下のご講義。……それから、ダニエラ嬢の妹御の治療も、お引き受けになったとか」

「……お耳が早うございます」

「社交界のことでございますので」

 男は、扇を軽く広げた。

「ダニエラ嬢は、随分と貴女(あなた)樣をお持ち上げになっておられますな。宴の度に、貴女(あなた)樣のお話をなさる。……お陰で、貴女(あなた)樣に治療を頼みたいという方が、既に何人か」

「……存じませんでした」

()れは、大層な商いになりましょう」

 男は、扇を閉じた。

「……ただ、」

「はい」

環問所(リンググリヒト)の審議に掛かれば、()れも難しゅうございましょうな」


          *


 るい(・・)は、茶碗を置いた。

「……よくご存知で」

「風の噂にございます」

「風は、まだ吹いておらぬはずですが」

 男の眉が、僅かに動いた。

「……と、申されますと」

環問所(リンググリヒト)には、咒紋府(ミニステリウム)から月末に纏めて回付されます。今月末までは、まだ八日ございます」

「……」

吹いてもおらぬ風の噂(・・・・・・・・・・)()、閣下はご存知でいらっしゃる」

 ローゼンハイムは、(しばら)るい(・・)を見た。それから、扇で自分の膝を軽く叩いた。

「……なるほど」

「はい」

貴女(あなた)樣は、咒紋府(ミニステリウム)の書記に、随分とお顔が利くようで」

「書記は、書類を回す者にございます」

「……」

「回る前の書類の在り処を、(わたくし)は存じません。ただ、」

 るい(・・)は、微笑んだ。

咒紋府(ミニステリウム)の書式と規程は、存じております。月末回付は、規程に書いてございます」

 男は、扇を膝の上に置いた。そして、口調を変えた。

「……単刀直入に申し上げましょう」

「どうぞ」

貴女(あなた)樣は、咒紋(ツァウベライ)で人の体を作り替えられる。()れは、この帝國で貴女(あなた)樣お一人にございます」

「届け出は、公開されております。誰でも使えます」

「使える者が、まだ居りませぬ」

 ローゼンハイムは、身を乗り出した。

()の技を、(わたくし)に、お預けくださいませんか」


          *


 るい(・・)は、返事をしなかった。

貴女(あなた)樣お一人では、捌ききれますまい。ダニエラ嬢の妹御一人に二年を掛けられると伺いました。……()の間、他の方はどうなさいます」

「……」

(わたくし)が、取り次ぎ(・・・・)()しましょう」

 男の目に、初めて生気が宿った。

(わたくし)は社交界に顔が利きます。誰が何を病んでいるか、誰が幾ら出せるか、()れを存じております。……貴女(あなた)樣は治療に専念なさればよい。手続きも、交渉も、代金の徴収も、(わたくし)が引き受けます」

「……取り分は」

「六と四で」

(わたくし)が四で」

「……いえ、」

 男は、慌てて手を振った。

貴女(あなた)樣が六にございます。(わたくし)が四」

 るい(・・)は、少し驚いた。思ったより、控えめである。

『……本当に、困っているな』

()つ、」

 男は続けた。

環問所(リンググリヒト)の件は、(わたくし)が取り下げさせましょう」


          *


 るい(・・)は、茶碗の縁を指でなぞった。

「……閣下が、取り下げさせる」

「はい」

咒紋府(ミニステリウム)第十二座の専決事項にございますが」

「……伝手がございますので」

 なるほど、とるい(・・)は思った。これで、絵が全部繋がった。監査も、旅費も、告発も、教会への照会も、そして薬師の資格停止も。全ては、この一言を言うためのお膳立てであった。追い詰めて、逃げ道を一つだけ用意する。その逃げ道が、自分と組むことである(・・・・・・・・・・)

『……いや、待て』

 るい(・・)は、指を止めた…順序が、おかしい。教会への照会は、まだ出ていない。出ていないものを取り下げるとは、どういうことか。書かれ、判が押され、机の上に置かれている。あとは月末に束ねて出すだけである。()れを「取り下げさせる」と言うなら、出さぬようにする(・・・・・・・・)ということだ。書かれた文書を、出さぬようにする。咒紋府(ミニステリウム)の内部で。

『……この人は、第十二座を動かせるの(・・・・・・・・・・)()

 いや。るい(・・)は、もう一度考え直した。動かせるのなら、そもそも照会を書かせる必要が無い。咒紋府(ミニステリウム)の内部で潰せる立場なら、もっと直接的な手が幾らでもある。では、なぜ照会を書かせたのか。書かせて、出さずに、机の上に置かせているのか。

『……ああ』

 るい(・・)は、目を閉じた。

『……置かせているのではな(・・・・・・・・・・)()

 置かれてしまっている(・・・・・・・・・・)のだ。第十二座は、ローゼンハイムの求めに応じて照会を書いた。書いたが、出すとは言っていない(・・・・・・・・・・)。月末までに撤回する余地を、残している。

『……第十二座は、迷っている(・・・・・)


          *


「……閣下」

「はい」

「一つ、伺っても宜しゅうございますか」

「何なりと」

 るい(・・)は、顔を上げた。

ローゼンハイム家の、(・・・・・・・・・・)今年の紙代は、(・・・・・・・)まだお支払いでないと(・・・・・・・・・・)伺いました(・・・・・)

 男の顔から、表情が消えた。完全に、である。

「……何を、」

「三年前からにございます」

 るい(・・)は、懐から紙を出した。四枚のうちの一枚である。

「ブルクマイアの店の、売上の記録にございます。ローゼンハイム家への売り上げは、三年前から掛けのまま。()つ、」

 るい(・・)は、紙を卓の上に置いた。

昨日(さくじつ)、閣下は()の店との取引を切られました。監査が入った店とは取引できぬ、と」

 ローゼンハイムは、動かなかった。

「……閣下」

「……」

監査を入れさせたのは(・・・・・・・・・・)閣下でございましょ(・・・・・・・・・・)()


          *


 男は、(しばら)く黙っていた。それから、ゆっくりと椅子の背に体を預けた。

「……お若いのに、良い目をお持ちだ」

「恐れ入ります」

「ですが、()れは商人の帳簿にございましょう。()のようなものを他所に漏らせば、()の商人は──」

「漏れておりませぬ」

 るい(・・)は、静かに言った。

()れは、ローゼンハイム家の帳簿ではございません。ブルクマイアの店の、売上の記録(・・・・・)にございます。誰に幾ら売り、何時(いつ)代が入ったか。……商人が自分の商いを記録するのに、お客樣の許しは要りませぬ」

「……」

()つ、」

 るい(・・)は、二枚目の紙を出した。

帝國自由都市(ライヒスシュタット)の商業慣例に、こうございます」

 掛け売りの代金、三年を経て支払われざる時は、

 債権者は都市参事会に届け出ることを得。

 参事会は()の旨を公示す。

「……公示」

「はい」

 るい(・・)は、微笑んだ。

掛けを三年払わぬ家と(・・・・・・・・・・)して、(・・・)都市の掲示に貼り出さ(・・・・・・・・・・)れます(・・・)


          *


 ローゼンハイムの手が、扇の上で震えた。

「……ブルクマイアが、()れを」

「まだ届け出ておりません」

「……」

()の者は、先々代からのお得意先だと申しておりました。三年掛けを溜められても、届け出ずにおりました」

 るい(・・)は、二枚目の紙を折り畳んだ。

「……ですが、昨日(さくじつ)、切られました」

 男は、答えなかった。

「監査を入れさせておいて、()れを理由に取引を切る。……()の者は、()れを『商いではない』と申しました」

「……」

「商人は、損には慣れております。()の者は、三日で三つの取引を失って、一言も文句を言いませんでした。ですが、あれだけは(・・・・・)、卓を叩いておりました」

 るい(・・)は、紙を懐に納めた。

「……閣下。ご提案の件でございますが」

「……」

「お断り申し上げます」


          *


 ローゼンハイムは、(しばら)く天井を見ていた。それから、乾いた(わら)いを漏らした。

「……脅しに参られたか」

「いいえ」

「では何だ」

「取引に参りました」

 るい(・・)は、姿勢を正した。

「三つ、申し上げます」

「……」

「一つ。ブルクマイアの店との取引を、元に戻して頂きたい。()つ、参事会の監査を取り下げて頂きたい」

「……」

「二つ。治療術師協会ハイルクンストラーツンフトに、(わたくし)の屋敷の薬師の件を再審議させて頂きたい。二年前の照会に今更不備を見つけるような協会に、(わたくし)は今後、症例を報告する気になれませぬ」

「……」

「三つ」

 るい(・・)は、一拍置いた。

環問所(リンググリヒト)への照会は、出して頂いて結構にご(・・・・・・・・・・)ざいます(・・・・)

 ローゼンハイムが、顔を上げた。

「……何」

()れは、お止めくださらずとも構いませぬ」

「……正気か。環問所(リンググリヒト)に掛かれば、貴女(あなた)樣は数年動けぬぞ」

「はい」

()の間に、ダニエラ嬢の妹御は死ぬ」

「……はい」

 るい(・・)は、頷いた。

「ですから、出す前に(・・・・)片を付けます(・・・・・・)


          *


 るい(・・)は、三枚目の紙を卓に置いた。()(おしえ)の教義書からの写しである。

「……閣下は、()(おしえ)の教義に、こうあることをご存知でいらっしゃいますか」

 咒紋(ツァウベライ)は、輪主の刻みたる(ふみ)なり。

 人これを読むこと(あた)わず。

 ただ、なぞることのみ許さる。

「……存じております」

「照会は、()の条を根拠に、(わたくし)が己の身を作り替えたことを問うております」

()の通りにございます」

「では、」

 るい(・・)は、四枚目の紙を置いた。

()ちらは、ご存知でいらっしゃいますか」

 (いや)しは、輪主の()す業に非ず。

 環神の一柱、癒神(ゆじん)(たまもの)なり。

 人、癒神(ゆじん)(たまもの)を用いて他を癒すは、

 (これ)(とが)むべからず。

「……」

()(おしえ)の教義において、咒紋(ツァウベライ)は輪主の(ふみ)にございます。ですが、(いや)しは輪主の業ではございませぬ。癒神(ゆじん)(たまもの)にございます」

 るい(・・)は、二枚の写しを並べた。

(わたくし)が己の骨を直したのは、(いや)しにございます。(いや)しであれば、癒神(ゆじん)の項が適用されます。……輪主の項ではございません」

 男は、二枚の紙を見比べた。

「……()れは、」

()つ、」

 るい(・・)は続けた。

咒紋府(ミニステリウム)は、既に()の判断を下しております」

「……何」

(わたくし)の届け出書は、八十九件全て受理されております。()のうち骨格に関わる二十三件は、咒紋府(ミニステリウム)の判定により、」

 るい(・・)は、微笑んだ。

癒系に準ずる(・・・・・・)、と扱われております。第一座のご判断にございます。二年前に」


          *


 ローゼンハイムは、動かなかった。るい(・・)は、静かに続けた。

環問所(リンググリヒト)が審議するとして、()の第一の証拠は、咒紋府(ミニステリウム)の届け出記録にございましょう。()の記録には、癒系に準ずと(・・・・・・)書いてございます」

「……」

「そして教義には、癒しは咎むべからずと書いてございます」

「……」

環問所(リンググリヒト)は、何を審議なさるのでしょうか」

 男は、口を開いた。開いたが、言葉が出なかった。

審議するべきものが(・・・・・・・・・)、無いのでございます」

 るい(・・)は、四枚の紙を集めた。

「……ですから、照会は出して頂いて構いませぬ。出れば、環問所(リンググリヒト)()の二つの条文を突き合わせ、そして門前払いにするでしょう。……ただ、」

 るい(・・)は、紙を懐に納めた。

()の時、環問所(リンググリヒト)は考えるはずにございます」

「……」

これだけ明白な条文が(・・・・・・・・・・)あるのに、なぜ(・・・・・・・)咒紋府(ミニステリウム)は照会を出したのか(・・・・・・・・・)、と」


          *


 ローゼンハイムの顔が、白くなった。るい(・・)は、立ち上がった。

咒紋府(ミニステリウム)第十二座は、教会連絡を職掌とする座にございます。教義書は、(わたくし)のような素人よりも遥かにお詳しいはずにございます」

「……」

()のお方が、癒神の条を見落として照会を書いた。……見落としたのでなければ、見落としたふりをした(・・・・・・・・・・)のでございます」

 るい(・・)は、卓の向こうの男を見下ろした。

環問所(リンググリヒト)が問うのは、(わたくし)ではございませぬ」

「……」

咒紋府(ミニステリウム)第十二座が、(・・・・・・)何故教義を曲げてまで(・・・・・・・・・・)一人の末席の(・・・・・・・)咒紋司(ツァウバマイスター)を審議に掛けようとし(・・・・・・・・・・)たのか(・・・)

 男は、両手で顔を覆った。

「……そして、()の第十二座に頼み込んだのが、どなたであるか。……環問所(リンググリヒト)は、必ずお調べになるでしょう」


          *


 長い沈黙があった。やがて、男は顔から手を離した。十歳ほど、老けて見えた。

「……取り下げる」

「三つとも」

「……三つとも」

「有難うございます」

 るい(・・)は、深く一礼した。そして、扉に向かった。扉に手を掛けたところで、背後から声がした。

「……シュタインエック」

「はい」

貴女(あなた)樣は、」

 男の声は、掠れていた。

「……なぜ、(わたくし)の紙代のことを、口外なさらなかった(・・・・・・・・・)

 るい(・・)は、振り返った。

「……と、申されますと」

貴女(あなた)樣は、()れを社交界で言えばよかった。ローゼンハイム家は三年、紙代を払っておらぬと。……()れだけで、(わたくし)は終わっておった」

 男は、卓に肘を突いていた。

貴女(あなた)樣は、此処(ここ)に来て、(わたくし)一人に言った(・・・・・・)

 るい(・・)は、扉の前で足を止めた。そして、正直に答えた。

「……人前で言えば、閣下は引くに引けなくなりますので」

「……」

逃げ道を残さぬのは(・・・・・・・・・)、……以前、一度やりました」

 るい(・・)は、少し苦い顔をした。

()の時は、二年、口を利いて頂けませんでした」


          *


 三日後、ブルクマイアの店への監査は取り下げられた。五日後、治療術師協会ハイルクンストラーツンフトはユリアーネの資格停止を撤回した。「審議に手続き上の瑕疵があった」との理由である。ユリアーネはその日、厨房で一日中泣いていた。そして月末、咒紋府(ミニステリウム)から環問所(リンググリヒト)に回付された文書の束に、るい(・・)に関するものは含まれていなかった。第十二座が、机の上の照会を、自分で破った(・・・・・・)のである。誰にも見られぬように、と本人は思っていた。だが、咒紋府(ミニステリウム)の書記は七十人おり、廊下ですれ違い、書棚の陰を通り、そして紙屑を集めて回る。紙は、高い。破られた紙は、反古買いに渡される(・・・・・・・・・)


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