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不死鳥は何度でも這い上がる 〜戦国最弱の愛され国衆・小田氏治のサバイバル〜  作者: 水川仁


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第6話:軍神、二度怒る

――いったい、この男は何なのだ。


越後の龍・上杉輝虎(のちの謙信)は、小田城を見下ろす本陣で、初めて戦の理を疑っていた。


永禄九年(1566年)。


数年前、この城を攻め落としたとき、すべては終わったはずだった。


領地を失い、兵を失い、城を失えば、国人領主など歴史の闇へ消える。それが戦国の常識である。


だが、小田氏治だけは違った。


城を奪われても、気づけばまた小田城へ戻っている。


兵は少ない。金もない。それなのに領民は離れず、佐竹ら反上杉勢力とも再び結び始める。


何度叩いても立ち上がる。


その姿は執念というより、不気味だった。


「……二度と、小田の旗を掲げさせるな。」


輝虎の怒りは、前回とは比べものにならなかった。


上杉軍の大軍勢が常陸へ雪崩れ込む。


小田方は瞬く間に崩れた。


戦と呼ぶにはあまりにも一方的だった。


城門は破られ、兵は散り、氏治は再び藤沢城へ落ち延びる。


しかし輝虎は、それだけでは終わらせなかった。


「城下も焼け。」


命令は冷徹だった。


「田畑も村も焼き払え。氏治が戻る場所そのものを消し去れ。」


やがて炎が小田を包んだ。


城下町は燃え落ち、黒煙は空を覆う。


豊かな田畑は灰となり、村々は焼け野原へ変わっていった。


輝虎は炎を眺め、小さく頷いた。


「これで終わりだ。」


家もない。


田もない。


民も散る。


ここまで失えば、誰であろうと立ち上がれない。


それが戦国だった。


上杉軍は勝利を確信し、常陸を去っていった。



数日後。


まだ煙のくすぶる焼け野原に、人々が戻り始めていた。


煤だらけの顔。


破れた着物。


家財は何一つ残っていない。


そこへ、一頭の馬がゆっくり近づく。


馬上にいたのは、小田氏治だった。


氏治は焼けた田畑を見渡し、小さく息をつく。


「……全部、焼けちまったな。」


しばらく黙っていたが、やがて領民の前へ歩み出る。


「みんな、本当にすまん。また城を取られちまった。」


頭をかきながら苦笑した。


「越後の龍は、やっぱり強かった。」


深々と頭を下げる。


その姿は敗将というより、近所へ謝りに来た親父のようだった。


沈黙を破ったのは、一人の老農だった。


「はっはっは! 氏治様、相変わらずお弱いですなあ!」


周囲から笑い声が広がる。


「また一からですか。」


「これで何度目です?」


氏治も思わず笑ってしまった。


「いやぁ……面目ない。」


すると別の百姓が肩をすくめる。


「何を言います。」


「殿がおられる限り、小田はなくなりませぬ。」


「そうですとも。」


「家はまた建てればいい。」


「土は逃げません。」


焼けた田を見ながら若い百姓が笑う。


「氏治様。次は何を植えましょう。」


「この灰は肥やしになります。」


「麦にしますか。」


「それとも、また米ですか。」


氏治は目を丸くした。


そしていつもの笑顔になった。


「そうか。」


「なら今度はもっと旨い米ができるな。」


領民たちが一斉に笑う。


「よし!」


「またみんなで田を耕そう!」


「城も、そのうち取り返す!」


「応!」


歓声が焼け野原へ響いた。


輝虎が焼いたのは家だった。


だが、氏治を慕う民の心までは焼けなかった。



復興は驚くほど早かった。


昼になると民は何事もなかったように畑を耕す。


夜になると姿を消す。


そして翌朝には、藤沢城へ米や薪、鉄や材木が運ばれている。


上杉方の役人が取り締まっても誰一人口を割らない。


村人すべてが氏治の味方だった。


「……気味が悪い。」


城代は思わず漏らした。


「この国では、民が領主を守っている。」


それは戦国では考えられない光景だった。



永禄十二年(1569年)。


輝虎が別戦線へ向かうと、小田城の守備は薄くなった。


その瞬間だった。


氏治が立ち上がる。


「みんな。」


「そろそろ城を返してもらおうか。」


その一声で、人が集まった。


畑から。


村から。


森から。


鍬を持つ者。


鎌を持つ者。


竹槍を担ぐ者。


兵ではない。


氏治を迎えに来た領民たちだった。


小田方は一斉に城へ押し寄せる。


軍略などなかった。


あったのは、


ただ一つ。


人望の暴力。


上杉守備隊は笑顔で突撃してくる領民たちに気圧され、戦う前に城を捨てた。


やがて城門の上へ、小田の旗が再び翻る。


「戻ってきた!」


「氏治様だ!」


歓声が城下を埋め尽くした。


その報せを越後で聞いた輝虎は、しばらく無言だったという。


ここまで焼いても戻る。


ここまで負けても折れない。


そして民は離れない。


戦国の常識では説明できなかった。


こうして小田城は三度、氏治の手へ戻った。


軍神の計算を狂わせたのは、名将の知略でも精強な軍勢でもない。


何度負けても笑って立ち上がる主君と、その背中を信じ続けた領民たちだった。


不死鳥・小田氏治。


その伝説は、ここからさらに加速していく。

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