第4話 不死鳥の産声
冬の冷たい風が、土浦城を吹き抜けていた。
氏治は地図を見つめ、小さく笑う。
「……ここからが本番だべ。」
政貞がうなずく。
「小田城の守備隊は疲れ切っております。」
「年貢は集まらず、水も薪も不足。領民たちも、なお抵抗を続けております。」
氏治は指で城を叩いた。
「だったら、まともには攻めない。」
「城の中のみんなと、一緒に戦う。」
正面から城を落とす兵力はない。
だからこそ、頼るのは領民だった。
「風が強くなったら動くべ。」
政貞が静かに頭を下げる。
「御意。」
その夜。
小田城では守備兵たちが疲れ果てていた。
「また飯が焦げ臭い。」
「井戸まで使えんとは……。」
不満が積もる中、
突然、城内に叫び声が響く。
「火事だ!」
台所から炎が上がる。
さらに兵舎。
厩。
城内のあちこちで火の手が上がった。
混乱する兵たち。
その隙に城内の領民たちが動く。
荷車を倒す。
通路を塞ぐ。
見張りを惑わせる。
そして――。
搦手門が静かに開いた。
「今だ!」
氏治が刀を抜く。
小田軍が一気に城内へ雪崩れ込む。
「若殿様だ!」
領民たちの歓声が夜空へ響く。
守備隊は統率を失っていた。
混乱。
炎。
煙。
そこへ小田軍が押し寄せる。
「退くな!」
結城方の城代が叫ぶ。
だが兵たちは動けない。
本丸へ駆け上がった氏治は城代と向き合った。
「ここは俺たちの城だべ。」
城代が斬りかかる。
その刃を政貞が受け止めた。
「ここまでです。」
周囲では小田軍が次々と持ち場を制圧していく。
城代は唇を噛んだ。
「……退け!」
結城兵は城を捨て、夜の闇へ消えていった。
翌朝。
朝日に照らされた小田城には、再び小田家の旗が掲げられていた。
城下では人々が歓声を上げる。
「若殿様!」
「お帰りなさい!」
氏治は照れくさそうに頭をかいた。
「ただいまだべ。」
その一言だけで、歓声はさらに大きくなった。
政貞は苦笑する。
「若殿。」
「今度は年貢を軽くするなどと申されませぬよう。」
「えー、少しくらいいいじゃん。」
「なりませぬ。」
二人のやり取りに、領民たちは笑った。
失った城は戻った。
だが氏治は知っていた。
これで終わりではない。
結城も、北条も、このまま引き下がる相手ではない。
それでも、不思議と恐くはなかった。
振り返れば、自分を待っていてくれる人たちがいる。
その笑顔がある限り、何度倒れても立ち上がれる。
この日、小田氏治は城だけではなく、自分自身も取り戻した。
そして、この小さな勝利は、後に幾度敗れても立ち上がり続ける一人の大名、その長い物語の始まりとなる。




