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『放課後のシアター・グラビティ』  作者: libero protocol


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『課後のシアター・グラビティ』〜Side:Her〜

こんなの男には想像できないですよね。


人と上手に話せない。それが私の、ずっと抱えているコンプレックスだった。


いつからか、教室の隅で気配を消して過ごすのが当たり前になり、選ぶ服も体を隠すような地味でダボっとした色ばかりになっていった。


そんな私の秘密の趣味は、お気に入りの小説の主人公に自分を重ねて、頭の中で都合のいい物語を妄想すること。


現実では何もできない私が、本の中ではどこへだって行ける。


あの日も、教室の片隅で静かに妄想の世界に浸っていた。


けれど、ふいに耳に飛び込んできた言葉に、私の心臓が大きく跳ね上がった。


クラスの、少し派手で格好いい男の子。


彼が、私が人生で一番愛している、あのマイナーなディストピア小説の名前を口にしていたのだ。


(……彼も、あの世界が好きなんだ)


その日から、私の妄想の旅には、いつも彼が隣にいた。


滅びかけた冷たい世界を、彼と二人で手を繋いで歩く。そんな誰にも言えない恥ずかしい妄想だけが、私の毎日のささやかな癒やしだった。



そんなある日、お気に入りのカフェで読書をしていたら、なんと彼がやってきた。


頭の中では何度も一緒に旅をしたけれど、現実の私はただの地味なクラスメイト。


話しかけるなんて、天地がひっくり返っても絶対に無理。


けれど、ほんの少しの欲が出てしまった。


気づいてほしい。私の好きなものを、あなたも好きだと言ってほしい。


私は祈るような気持ちで、大切に抱えていた小説の表紙を、彼に見えるように少しだけ持ち上げた。


奇跡が起きた。


「それ……君も読んだ?」


彼が、私に気づいて声をかけてくれたのだ。


頭の中が真っ白になりながらも、私はこれまでの人生で一番の勇気を振り絞って言葉を返した。


話し出したら、もう止まらなかった。ずっと頭の中で彼と共有していた熱量が、堰を切ったように溢れ出す。


彼は引くこともなく、私の言葉をまっすぐ目を見て聞いてくれた。


それだけで天にも昇る気持ちだったのに、会話の最後、彼は週末の映画にまで私を誘ってくれたのだ。



デートが決まった日から、私の戦いが始まった。

少しでも可愛いと思ってほしくて、お姉ちゃんに泣きついてファッションや髪型のアドバイスをもらった。


普段は前髪で隠していた顔をすっきりとポニーテールにまとめて、お姉ちゃんが選んだ白いニットに袖を通す。


『あんたは胸が大きいんだから、少しはアピールできる服にしなさい!』


お姉ちゃんの意地悪な言葉を思い出し、

鏡の前で顔が火を噴くほど赤くなる。


恥ずかしかったけれど、彼に少しでも女の子として見てほしくて、私はその服を受け入れた。

そして迎えた当日。


待ち合わせ場所に現れた彼は、私の姿を見て完全に固まっていた。


(……変、かな。やっぱり調子に乗りすぎちゃったかな)


破裂しそうなほど脈打つ心臓と、慣れないタイトな服の胸元を隠すので精一杯で、映画館に入ってからも生きた心地がしなかった。


だから、完全に失念していたのだ。


この原作のクライマックスに、主人公たちが激しく愛し合う、あの酷く扇情的なシーンがあることを。


館内が暗転し、スクリーンに鮮烈なラブシーンが映し出される。


大音響で響き渡るリアルな吐息と衣擦れの音。


(どうしよう……! 私、彼とこんなエッチな映画を観にきてる……!?)


恥ずかしすぎて、頭がおかしくなりそうだった。顔がリンゴみたいに火照っていくのが自分でも分かる。両手で口元を覆って、必死にパニックを隠そうとした。


その時、隣から彼が私を盗み見ている気配を察してしまった。


(見ないで……! もう無理……っ!)


私は恥ずかしさのあまり完全に硬直して、ただ真っ直ぐスクリーンを凝視し続けるしかなかった。



映画が終わり、劇場の外に出ても、私の口からは上手い言葉が出てこなかった。


こんな時、可愛い女の子なら気の利いた感想を言えるのに。やっぱり私はダメだな、と自己嫌悪に陥りそうになる。


すると突然、彼が何かを誤魔化すように、無意識に早足になって歩き出した。


私を置いていってしまうようなスピード。逃げるような背中。


(嘘……。怒らせちゃった……? 私の反応が、可愛くなかったから……?)


嫌だ。これで終わりたくない。


もっと彼と話したい。もっと、現実の彼と一緒にいたい――。


そう思った瞬間、私の体は勝手に動いていた。


気がつけば、彼の真っ直ぐな背中に向かって手を伸ばし、その上着の裾を、震える指先でキュッと掴んでいた。


弾かれたように振り返る彼。


「何か言わなきゃ」と、焦れば焦るほど涙が出そうになる。私は消え入りそうな声を、必死に絞り出した。


「置いていかないで、ください……。まだ、話し足りないから……っ」


私の言葉を聞いた瞬間、彼は笑顔を噛み潰しながら、駅の近くの純喫茶へと誘ってくれた。


並んで歩き出す彼の横顔を見上げる。


いつも頭の中の妄想でしか隣にいられなかった彼が、今はちゃんと、現実の私の隣で歩調を合わせて歩いてくれている。


夕暮れの街を歩きながら、私はほんの少しだけ、大人になれたような気がした。


少しでも今日1日が気分よく終わってくれることを願って書きました。

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