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『放課後のシアター・グラビティ』  作者: libero protocol


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『放課後のシアター・グラビティ』

また異性のことなんてわからない頃

こんな思いしたことありませんか?

許せないことがあった。


腹が立って仕方がなかったから、その苛つきの原因を叩き潰すことにした――なんて格好のいい大義名分を頭の中でこねくり回していたけれど、要するに俺は、ただ惨めで、情けなくて凹んでいただけだ。


モテたい盛りの下心が完全に空回った。


昨日デートに誘った相手は、派手で明るく、男慣れしていて露出の激しいギャル系の女子。


少しでも良く見られたくて、なけなしのバイト代をはたいてトレンドのブランド服を新調し、背伸びして予約した小洒落たイタリアンバル。


会計の時、少しでも男としてのプライドを見せたくて「ここ、俺が出すよ」なんて格好をつけて全額奢った。


けれど、返ってきたのは「あ、そ? ありがとー」という、心のこもっていない軽い言葉だけだった。


食事中も彼女はずっとスマホをいじり、会話の端々から「今日、誰でもよかったんだな」という興味なさそうな雰囲気が痛いほど伝わってきた。


俺がいくら話を振っても、大勢の中のひとりとしか思われていない。


勝手に格好をつけて、勝手に財布を空にして、勝手に惨めになっている。


その独り相撲の現実が、俺のプライドを粉々に打ち砕いていた。


「……はぁ」


翌日、気晴らしに入った大学近くの静かなカフェで、俺はこれでもかと深い溜息を吐き出す。 新調したばかりの慣れない服は、どこか肌に馴染まなくて居心地が悪い。


その時、隣の席から不意に、小さく息を呑む気配がした。


「あ……」


声の主は、同じ講義に出ている地味な女子だった。


いつも目立たない席で、体を隠すようなダボっとした服を着て、前髪で顔を隠しがちにしている大人しい子。


あまり話したこともなかったが、彼女の手元を見て俺の心臓が跳ね上がる。 


彼女が大切そうに抱えていたのは、俺が人生で一番愛している作家の、マイナーな小説だった。


「それ……君も読んだ?」


驚いて声をかけると、彼女は一瞬ビクッと肩を揺らした。


だが、俺がその小説のタイトルを口にした瞬間、彼女の瞳が嘘みたいに輝いた。


「あ、あの……っ! 私、この作家さんの言葉の選び方が、本当に、本当に好きで……! 特にこの、滅びかけの世界で二人が静かに肌を重ねるシーンの、冷たいのに熱いような文章の温度が……!」


あまり話さないと思っていた地味子が、堰を切ったように饒舌になり始める。


キャラクターの心理描写、お気に入りの台詞、伏線の美しさ――。


彼女は、俺の話を、俺の言葉を、まっすぐ目を見て聞いてくれている。


背伸びして着飾る必要なんてなかった。


ただ好きなものの話をしているだけなのに、昨日あんなに興味なさそうに無視されていた時間が嘘みたいに、心が熱く満たされていく。


気がつけば、何時間も話し込んでいた。


会話の最後、そのディストピア小説がちょうど最近、実写映画化されて公開中だという話題になる。


「ねえ、もしよかったら、今週末さ……一緒にその映画、観に行かない?」


昨日味わった惨めさなんて完全に頭から消え去っていた。ただ純粋に、彼女ともっとこの時間を共有したかった。


彼女は顔を真っ赤にしながらも、小さく、だけど嬉しそうに「はい……! 是非……!」と頷いてくれた。


正式なデート当日。


映画館の券売機の前で待ち合わせをした俺は、現れた彼女の姿を見て、完全に脳天をぶち抜かれた。


「お、お待たせしました……。あの、チケット、私が払いま――」


「いいよいいよ! 誘ったの俺だし!」


そこにいたのは、いつもの地味子じゃなかった。 ダボダボの服の代わりに、体のラインがはっきりと分かるタイトで綺麗な白のニット。


普段は前髪で隠れていた顔がすっきりとポニーテールにアレンジされていて、白くて細いうなじが眩しい。


何より、ニットの胸元が、歩くたびに目を疑うほど豊かに揺れていた。


俺は恥ずかしくなって彼女を直視できなくなった。


隠されていた彼女の圧倒的な魅力と、清楚さの中に潜む凶悪なほどの色気に、俺は完全にパニックになっていた。


そんな俺の動揺を隠すように、慌てて自動発券機にお札を滑り込ませる。


大学生の2人分。印刷されて出てくる2枚のシートと引き換えに、俺の財布の中からは、昨日ギリギリ生き残っていた最後の千円札たちが綺麗に消え去った。


北里柴三郎の渋い顔を見送る余裕すら、今の俺にはない。


(うわ、マジで端数しか残ってねえ……。今月あと3週間、どうやって生き延びればいいんだ俺……)


一瞬、脳裏をよぎる「ガチの極貧生活」の文字。


あまりの懐の寒さに冷や汗が出そうになる。

だが、チケットを受け取った彼女が「……ありがとうございますっ」と、少し顔を赤くして、俺だけをじっと見つめて嬉しそうに微笑んだ瞬間、そんな現実どうでもよくなっていた。


けれど、本当のハプニングは、映画が始まってから訪れた。


趣味が一緒だという興奮のあまり、俺は完全に失念していたのだ。 原作の後半――あのカフェで彼女が熱弁していた、主人公たちが激しく愛し合う、かなりエッチな描写があることを。


館内が暗転し、スクリーンに鮮烈なラブシーンが映し出される。 静かなシアター内に、吐息と衣擦れの音が重低音のスピーカーからリアルに、生々しく響き渡る。


(しまっ、た……!!!)


頭の中が真っ白になった。なけなしの金を叩いて2人分のチケットを買って、よりによってこんなエッチな映画に連れてくるなんて。


これじゃあ、ただの下心丸出しの最低男じゃないか。


焦りと恥ずかしさで心臓がバクバクと脈打つ。気まずさに耐えかねて、恐る恐る隣に座る彼女の横顔を盗み見た。


スクリーンのピンクがかった妖艶な光が、彼女の横顔を淡く照らしている。


彼女は――怒って席を立つどころか、顔をリンゴみたいに真っ赤にして、両手をそっと口元に当てながら、スクリーンを食い入るように見つめていた。 引くわけでもなく、ただ純粋に、作品の劇的なシーンとしてのめり込み、息を呑んで凝視してしまっている。


ふと見ると、彼女の白い鎖骨のあたりが、緊張からか、うっすらと汗ばんでピンク色に火照っていた。その下で胸元が、スクリーンに合わせて小さく上下している。


そのウブで、だけどストレートな反応が、たまらなく愛おしくて、最高に色っぽかった。


俺の耳にはもう、映画の音響なんて聞こえ


すぐ隣からかすかに聞こえる彼女の浅い呼吸の音と、自分の爆音のような心臓の音だけが、暗闇の中で激しくリフレインしていた。


映画が終わって外に出ると、すっかり街は夕暮れに染まっていた。 劇場の外に出ても、映画館の中のあの熱気と気まずさが、二人の間に重く横たわっている。


「あ、あのさ……っ」


何か喋らなきゃと思えば思うほど言葉がモゴモゴと濁り、俺は恥ずかしさのあまり、無意識に早足になって歩いてしまう。彼女を置いていってしまうようなスピードで、情けなくも逃げるように歩いていた、その時だった。


ちょん、と。


後ろから、上着の裾をかすかに引っ張られる感触がした。 歩みを止め、弾かれたように振り返る。


そこには、夕暮れの街灯の下、一生懸命に歩調を合わせて追いかけてきてくれた彼女がいた。 映画デートのために頑張っておしゃれしてくれた、白いニットの裾を、緊張で少し震える指先でつまんだまま。


彼女は上目遣いで俺を見つめ、まだ赤みの引かない顔で、消え入りそうな声を絞り出した。


「置いていかないで、ください……。まだ、話し足りないから……っ」


夕日の光に照らされた彼女の瞳が、潤んで揺れている。


つままれた裾の先, 彼女の指先がかすかに震えているのが分かって、俺の頭の中の導火線に火がついた。


昨日、大勢の中の1人として、興味なさそうに扱われた傷も、格好悪い自分のプライドも、一瞬でどこかへ吹き飛んでいく。


「……じゃあさ」


俺はあふれそうになるニヤけ顔を必死にこらえながら、彼女に向き直った。


「駅の近くにさ、コーヒーが美味しい純喫茶があるんだ。そこなら静かだし、映画のパンフレット見ながら、続きの話いっぱいできると思うんだけど……どうかな?」


彼女はパッと顔を上げると、今日一番の、本当に嬉しそうな笑顔を咲かせた。


「はい……! 是非、行きたいです!」


並んで歩き出す俺の頭からは、さっき券売機の前であれほど絶望した財布の中身のことなんて、もう完全に消え去っていた。


明日からの生活費がいくら残っているかなんて、どうでもいい。


今はただ、あの映画の聖地巡礼の話をいつにするか、次のデートの約束をすることに、俺は夢中だった。


この後地味子ちゃん目線もあります。

彼女は何を思っていたのか!

読んでみてください。

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